伯母の来訪 ⑤
氷の辺境伯とまであだ名されるリュークがどれほど婚約者を大切に思っているか。とくと教えてやろうと啖呵をきったわたしを、ドリカ夫人は信じられないような顔で見ている。
「そんなはずは無いです。特に、私の夫よりも大切にしているだなんて絶対にあり得ません!」
「どうかしら? ならお互いに実例を出しあってみましょうよ」
挑発してみるとドリカ夫人は一瞬ためらったが、相当自信があるらしくはっきりと頷いた。
もちろん、こちらだって負ける気はさらさら無い。愛されているから……ではなく、こんな勝負は勝ったと言い切ったもの勝ちだと知っているからだ。
「……ご自分が負けても後悔しないで下さいね」
「夫人は相当自信があるようね?」
「当たり前です。私と夫は恋愛結婚。真実の愛で結ばれた仲ですもの」
「ふふ。それは楽しみだわ」
わたしの余裕たっぷりな態度に、ドリカ夫人はカチンときたようだった。リュークが直情的と評した通りかなり分かりやすい性格らしい。
(さて。この状態からどうやって納得してもらおうかしら)
当然だが伯爵とリューク、どちらがよりパートナーを大切に思っているかなど分かるわけがないし、そもそも比べるような話ですらない。しかしああも言いたい放題に言われて引き下がってはいられない。
とにかく、こういう場合は後だしできる後攻の方が圧倒的に有利。わたしはドリカ夫人をさらに挑発することにした。
「それほど言うならお先にどうぞ。さあ、クライフ伯爵はどの程度大切にしてくれているのかしら?」
「ええ、言われなくとも教えて差し上げます!」
心底勝てると思っているのか、何も気がついていないのか。彼女は自信満々に語り始めた。
「夫は本当に私が好きで、特に朝晩の見送りと出迎えを喜んでくれますの。私の顔を見て出発すれば今日も頑張ろうという気持ちになるし、どんなに疲れて帰ってきても疲れが吹き飛ぶのだそうです」
なるほど。最初は喜んでいてもだんだん慣れるにつれて当たり前のように受け取る夫が多いと聞く中、確かに良好な関係を思わせるエピソードだ。
隣のアンなどはすっかりうっとりした顔つきだ。
「相変わらず仲がよいですね。羨ましい」
アンの素直な称賛に、ドリカ夫人は自信を深めたようだった。
「ふふ、貴方は一体どうなのです? この無愛想で心の冷たい男が貴方の出迎えに温かい言葉をかけることがありますでしょうか」
「……無いわ」
「でしょう! ですから私の言った通りなのです! この冷たい態度が何年も、何十年も続く事を考えてみて下さいな。今はまだ出会って日が浅いから耐えられているのかもしれないですが、いつか私の言ったことが分かるはず。いいえ、今からでも遅くありませんわ。正式な婚姻を結ぶ前に婚約を解消すべきです!」
勢い込むドリカ夫人。
しかしわたしは首を振った。
「いや、そういう意味じゃなくて……見送りや出迎えなんか、したことないわ?」
「……は?」
「だって、寒くて眠いし」
リュークは大抵、朝は早いし夜は遅いのだ。
それでも一応やった方がいいかと聞いたことはあるのだが、しなくていいと言ってくれたので今日までしっかりお言葉に甘えさせてもらっている。
「だからそういうのはやってないの」
「えっ……ちょっと……さすがに少しぐらいはやりますでしょう? せめて、ちょっとくらいは!」
「残念ながら一度も無いわね」
「一度くらいはやってあげてさしあげて!? 別に遊びに行ってる訳じゃないのよ!」
「ド、ドリカ様。王女殿下に不敬ですよ!」
掴みかからんとばかりの勢いに、ひかえていた中年男が慌てて止めに入る。
わたしは構わないから話を続けるようにと促した。
「し、失礼致しました。……そ、そうですね。例えば夕食時などはその日にあった出来事を何でも話してくれますの。包み隠さず、秘密の無い夫婦であることは私の自慢ですわ」
「へえ。わたしは長々とリュークの話を聞く気は無いけど」
「聞いてあげて! 会話は特に大切な事だから!」
主が全力で突っ込まれているというのに、アンを筆頭に誰も咎めてくれる様子は無い。むしろ深く頷いてる。どちらの味方なのだ。
「だって私の方が話したい事がいっぱいあるんだもの。あ、でもリュークはどんなに疲れていても黙って話を聞いてくれるし、ちゃんとわたしが言ったことは覚えてくれてるわ」
「うう、会話はキャッチボールなのです。一方通行なのは会話って言わないのですよ……」
そういうものなのだろうか?
でも、リュークは自分が話してる時よりわたしの話を聞いてるときの方が楽しそうな感じがするけれど。それにわたしも他の誰に聞いて貰うよりリュークに話すのが楽しい。それじゃ駄目だろうか。
「まあいいわ。他には無いの?」
「あ、ありますとも。夫は私の気遣いにはすぐに気がついてくれます。特に彼の持ち物はいつでも使う前日までに準備してピカピカに磨かせたり、しわ一つ、ほこり一つ無いように手配しているけど、いつだってちゃんと気がついてくれます。そしてその度に感謝の言葉をくれるのです」
「ああ、それはわたしが実行するのは無理ね。だってリュークは何も言わなくても自分で完璧に身支度を整えて、私が手を出す隙なんてないもの。むしろ書かなきゃいけない手紙の返事だとか馬車の手配だとか、うっかりしそうになる度に教えてくれるぐらいだし」
「辺境伯! 貴方は本当にそれでいいの!?」
ドリカ夫人が思わず振り返ると、リュークは堪えきれずといったように笑い出した。彼女の目がますます丸くなる。
「くく……すみません、でもパートナーに何を求めるかは人によって違いますからね。私は今のままの彼女に満足していますし、こんな風ですが彼女もまた私を愛してくれていますから。そうでしょう? ユスティネ王女」
そう言ってリュークはわたしを抱き寄せた。
(近い!!!)
反射的に逃げ出したくなるが、ここで拒絶するような素振りをみせればあっという間にドリカ夫人が元気になるのは分かりきっていた。
ちらりと見上げるとどこか面白そうにわたしを見下ろすアイスブルーの瞳と目が合う。
(くうう~! おぼえておきなさいよ!)
「も……もちろんよ!! わたし達は誰よりも相思相愛の仲睦まじいカップルデスモノ!」
若干無理をしたが、根性で最後まで言い切った。
ドリカ夫人を黙らせるためとはいえ、我ながら自己犠牲が過ぎる。
しかし、痛みは伴ったがその効果はてきめんのようだ。
「ううっ……そんな、そんなはず……っ!!」
ドリカ夫人は悔しそうに歯噛みし、二の句がつげない様子だった。
――勝った!!