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伯母の来訪 ①

 平和な、とある日の午後。

 わたしは城の中庭にある、人通りのない一角で睨みあいをしていた。


 対峙している相手は大農園を営んでいる男爵、ハンスとそのお仲間の職人達。はじめは彼の経営する農場で採れた果物を、ここバルテリンク領の特産品として商品化できないかという相談をしていた……はずなのだけど。

 彼等との方向性の違いというか、意見が分かれて真っ向から対立していた。


「ユスティネ王女。こんな所にいたんですか、探しましたよ」


 お互い一歩も引かず睨みあっている中、ふいに声をかけられて振り向いた。

 スラリとした立ち姿と冷たさを感じるほどのアイスブルーの瞳。

 バルテリンク辺境伯であり、今はわたしの正式な婚約者であるリュークの姿があった。


「あっ、リューク! いいところにきたわ。聞いてちょうだい、ひどいのよ!」


 好機とばかりに彼に駆け寄ると、ハンスが怯んだ。


「ズ、ズルいですよ! 領主様を味方につけるなんて……」


 後ろで何かを言ってるけど、知った事じゃない。

 わたしは勝つためには手段を選ばない女なのだ。


「わたしは領地を豊かにするためにも、今までにない新しい何かを作りたいの。なのに、ハンスが反対ばかりして邪魔をするのよ。ひどいわよね?」

「うっ……そ、それは……!」


 リュークは訴えを聞くと、ほんの少し片眉を上げてわたしとハンスを見た。次に中庭のそこらに散乱している瓶の数々を見てから腕を組んだ。


「彼女はこう言ってるが、貴方の意見は?」

「い、いや……その、間違っては無いのですが……」


 気の弱い彼はリュークの視線に気おくれしたようで、ごにょごにょと声を小さくさせる。

 仮にも王族の第四王女。しかも最近婚約したばかりで仲睦まじいと噂されている相手。きっと辺境伯は婚約者の肩を持ち自分達は罰せられるのだろう、という諦めが顔に浮かぶ。


 普通ならばそうなるかもしれない、しかし……。


「ところで、このガラスの破片はどうしたんです? 見た所、瓶か何かが割れたようですが……」


 わたしはギクリとした。


「は、はい。それが王女殿下が提案される通りに実験したところ、爆発しましてですね」


 ハンスは汗をかきながら説明し始めた。


「爆発……?」

「ええ、それが、実は王女殿下が考案された商品というのが大変画期的でして……少々画期的すぎまして。果実を絞ったジュースに、一手間加えて『発泡飲料』にしようというアイディアを出されたんです」


 そう。この世界の地下水の中には、『泡の出る水』が湧き出すものがある。実際に飲んだこともあるけど、普通の飲み物とは全然違う飲み心地でとても美味しかった。

 知り合いの錬金術師が『あれは地中の天然ガスが水に溶け出したものです』と説明していたのを思い出し、ならば人工的にガスを加えることが出来れば、夢の発泡ジュースが飲めると思ったのだけど……。


「発想は素晴らしいのですが、魔法を利用してガスを加えようとすると、加減がとても難しいのです。それなのに王女殿下は私どもが提案した分量では泡が足りないと、強引にガスを追加しようとなさって……。最終的に瓶の方が持たずに爆発したんです。ですから私は、王女殿下の安全の為にもお止めした次第でして!」


 喋っていくうちに自分の言葉と、黙ってうなずくリュークの様子に勇気づけられたのか、ハンスの言葉がだんだん力強くなっていく。


「それで貴方が止めてくれた、と?」


 リュークの問いに彼はいよいよ勢いよく頷いた。


「そうなんです! 人が口にするものに、ましてや王女殿下に万が一にも危険があってはいけません。ですから恐れ多いとは分かっておりますが、なんとかお考え直し頂こうとですね……!」


 ハンスの周りにいた職人たちも深く頷き合っている。

「いくらなんでも無茶だ」とか「経験も無いのに感覚だけでやって成功するもんか」とか……。

 普段行動を共にしている侍女のアンに至っては、絶対上手く行かないし危なすぎると阻止してくるので、休暇である今日を狙って実験を強行したほどだ。


(むむむ、急に旗色が悪くなってきた!)


 周囲の非難の目に思わず後ずさると……。


「ユスティネ王女、あちらの言い分が正しい。少なくとも安全性が保障されるまではこの話は保留です」

「ええーーっ! そんなぁ!」


 無条件に味方してくれると思っていたわたしは肩透かしをくった。

 ……いや、素直に認めよう。

 実は最初からあまり期待していなかった。

 いつでも公平公正な氷の辺境伯様は、仲良くなろうがそうでなかろうが関係無く、それはそれは平等な采配をなさるのだ。……ふんっ!


 リュークの鶴のひと声を聞くや否や、ハンスと職人達はそそくさと実験道具をしまった。そしてわたしが駄々をこね始める前にとばかりにさっさと引き上げていった。


「うう、リュークはわたしの味方になってくれないのね……」

「もちろん味方です。だからこそ貴方がとんでもなく道を間違えないよう気をつけているのではありませんか」


 恨みがましく睨んでみても、嫌味なほど涼しい顔だ。

 もっと甘やかしてくれていいのに!


「それにしても、わざわざ実験にまで参加してるんですか? 書類のやりとりだけで十分でしょうに」

「だって直接結果を見たいんだもの。その場で意見もしたいし」

「……それに男爵との距離が近すぎます。こんな所を誰かに目撃されたら誤解されかねません」


 ん? それはいくらなんでも難癖じゃないだろうか。

 確かにハンスはまだ独身で、年齢も20代後半あたりだった気がするけど……二人きりで密会していたわけでもなし、わたしと彼の仲を勘ぐるような人はいないだろう。

 言い返そうと顔を上げると、普段あまり表情を出さないリュークがなんだか機嫌が良くないようにみえる。

(……ちょっと勝手にやり過ぎたかしら)

 いくらわたしが王族とはいえ、ここは彼の領地で、彼の城だ。

 許可も無くあれこれ好きに実験やら商品開発やらを始められたらいい気はしないかもしれない。これはまずいかもと、空気を変えてみることにした。


「あら、なあに。もしかして妬いてるのかしら」


 わざと茶化すような軽口を叩く。

 それでいつもの呆れたような目を向けられてこの場は終わり、のはずが……。


「そうですが?」


(…………んんっ?!)

 今のは、聞き間違いだろうか。

 でも、何だろう。あまりこの話題を掘り下げ無い方が身の為な気がする…!


「と、ところでわたしを探していたようだけど、なにか用があるんじゃない?」

「ああ、そうでした。貴方がずっと行きたがっていた演劇の、特別席を用意できたのでいかがかと思いまして」


 わたしは目を輝かせた。


「本当に? 開催場所が少し遠い都市だから行けないって言ってたのに、大丈夫になったの?」

「いえ、私は用事があって行けません。ですが貴方だけでも楽しんできてください」


 なんだ。リュークは一緒に行けないのか。

 とても観たいと思っていたお芝居なのに、何故だか急に色褪せて感じた。

 ならいいわ、と言いかけるわたしにさらに言葉が掛けられる。


「日帰り出来る距離でもありませんし是非あちらで二、三泊、いえ一週間くらいゆっくりしてくるといいですよ」


 付け加えられた言葉に不自然なところなどなかった。

 だというのに何か引っかかる。

 そもそもいくら観たがっていた劇の特別席とはいえ、多忙な領主様がわざわざ探し歩いてまで伝えに来るだろうか???


「……なにか、わたしに居なくなって欲しそうね?」

「まさか。そんな事はありません」


 そう言いつつ視線を外す。

 知らない人なら気がつかない程度のわずかな仕草だが、わたしは知らない人では無い。


「リューク?」

「………………大したことでは無いのですが」


 リュークはしぶしぶといった風情で口を開いた。


「つい先程、私の母方の伯母が……ドリカ・クライフ伯爵夫人がここに来ると連絡が入りました」


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