Episode of Loki
1.モニカとの出会い
食卓には、食パンと色とりどりの野菜でできたサラダが並んでいた。3日ぶりの飯だ。僕は勢いよく、パンにかじりついた。
すると、台所から新緑のワンピースを身に纏い、金色の長髪をきれいに結ったスレンダーな若い女性が現れる。彼女の名前はモニカ、僕の命の恩人だ。
「いやー、家の前に倒れていたからびっくりしたよ♪久しぶりの食事なんでしょう?ゆっくり食べてね。」
「食事を恵んでくださり、ありがとうございます。あなたに助けてもらわなければ、のたれ死ぬところでした……。」
「まあまあ、困った時はお互い様ってことで♪ところで、ヒロキ君はどうして餓死寸前で倒れていたのかな?お金が無いようには見えないけど?」
僕がお金が無いようには見えないのは、学ランを着ているからだ。僕は三日前、高校に行く途中に死んだ……らしい。その後、死後の世界で女神に会い、この世界に送られたことははっきり覚えている。ただ、ところどころ記憶が抜け落ちており、女神の姿や死後の世界であったことなどは記憶にモヤがかかっている。
「こことは違う世界から来たって言えば、信じてもらえますか?」
僕はかなり言葉を選んで伝えたが、信じてもらえなくて当然だ。
「ああ、転生者ね。噂には聞いたことがあるけど、私も実際に会ったのは初めてだよ♪変な名前だと思ったよ!」
「知っているのですか!?」
「うん、たまに転生者はいるよ。実際にはもっとたくさんいるのかも知れないけど、自分が転生者であると明かす人はいないからね。」
「どうして転生者であるか明かさないんですか?」
「昔、有名な転生者が次々と不審死を遂げた事件があってね、それ以来"転生者狩り"を恐れて誰も転生者を名乗らなくなっちゃったんだ……。君も転生者であることは言わない方がいいよ。あとヒロキって名前も目立つから……そうだね、ロキって名乗った方がいいよ。」
"転生者狩り"の存在は眉唾ものだが、モニカさんの忠告は聞き入れることにした。ロキという新たな名前を気に入ったことも大きい。
「わかりました。今後はロキって名乗ろうと思います。」
「改めてよろしくね、ロキ君♪」
モニカさんが手を差し伸べ、僕は彼女と握手をした。女子の手を触る機会に恵まれなかった人生だったので、胸が高まりを感じる。
「ところで、どうやって転生してきたの?」
「どうやってと聞かれても……よく分からないです。ただ女神様に会ってこの世界に送られたことしか分からないです。」
「女神様って何?」
"何"と聞かれても困る。女神というのはそもそも概念的存在であり、僕が出会ったのが本当に女神だったのか分かる人もいない。
「それもよく分からないですね……。」
「そっか。じゃあ、ロキ君のいた世界のことを聞かせてよ♪それなら分かるでしょう?」
僕はモニカに僕のいた世界のことを語った。きっと完全に理解できているわけではないだろうが、モニカさんが聞き上手であるためかついつい話しこんでしまった。これ以上語っても仕方ないので、僕はこの世界について聞いてみた。
「もう僕が語れることはないです。今度はモニカさんの話を聞かせてください。例えば……モニカさんって何をしている方なんですか?」
「私はね。冒険者をやっているの。冒険者は人をモンスターから人を守る仕事ね。ロキ君の世界にもそういう仕事があるでしょう?」
モニカさんがモンスターと戦っているなんて予想だにしなかった。どんなモンスターがいるのか分からないが、きっと人に危害を成す凶悪な生物だろう。
「僕の世界にはそもそもモンスターがいないです。モンスターと戦っているなんて、すごいですね。」
「そこまででもないよ。私が相手にしているのは弱いモンスターだけだし、仲間もいるからね。」
モニカさんは恥じらいながら、そう答えた。僕に飯を与えてくれたところからずっと思っていたが、モニカさんこそ女神ではないだろうか。
「そういえば、さっき言った有名な転生者も冒険者だったんだよ♪転生者は冒険者に向いている人が多いって聞いたことがあるし、ロキ君も冒険者やってみない?」
「ぼ、僕なんて無理ですよ!これまで戦ったこと無いですし、運動神経も良くないですから向いていないに決まってます!」
「えー、ダメなの?じゃあ、もし冒険者を一日体験してくれたら、ロキ君が住む場所が見つかるまでうちに住んでいていいよ!これならどう?」
これは願ってもない提案だ。今の僕には衣食住全て揃っていない。一日冒険者をやることでそれらが手に入るならものすごくありがたい。しかし、一度この提案を受け入れてしまったら、なし崩しで冒険者を続ける羽目になりそうだ。悩んだが、僕はこの提案を受け入れることにした。
「わかりました。ただ、絶対向いていないと思うんで、本当に一回だけですよ!」
「やったー!パーティーのみんなに伝えておくね♪」
モニカさんは心から嬉しそうに答えた。改めて考えると僕はこれから、モニカさんと共同生活をするのか!転生前と比べると、とんでもない役得だ。この世界に来て初めてよかったと思えた瞬間だった!
2.冒険者
翌日、モニカさんに連れられて、冒険者ギルドを訪れた。冒険者ギルドの中にはテーブルで酒を飲んでいる者、掲示板の前でなにやら議論を交わしている者、何かしら賭け事をしている者などそれぞれ様々なことをしていたが、全員に共通点があった。それは、全員が武装していることだ。学ランを着ている僕は明らかに浮いている。当然、モニカさんも昨日と打って変わり、その手には弓を携え、皮の胸当てを装備し、下は動きやすそうなズボンを履いていた。
「あっ!いたいた!」
モニカさんは、テーブルで談笑している二人に声をかけた。
一人は、黒鉄の鎧を装備した剣士だ。モニカさんと変わらない年齢の女性であるが、僕よりも背が高く、180cm近くあるだろう。長い黒髪を雑に結び、どことなくワイルドな印象を感じる。もう一人は、白い修道服に身を包み、装飾のついた杖を手に持っている。さっきの女性とは対称的で、背は低く、やや幼い外見を桃色の髪が引き立てていた。とても穏やかな雰囲気で戦えるようには見えない。
「二人ともおはよう♪この子が昨日紹介した冒険者見習いの子ね♪」
「は、初めまして、ロキです。よろしくお願いします。」
気がつくと、僕は冒険者見習いとなっていたが、ここではスルーする。
すると、黒髪の剣士が大きな声で答えた。
「君がロキか!初めまして、私の名前はグレス!君には私といっしょに前衛の仕事をやってもらう!気軽に師匠と読んでくれ!」
元々パーティーで前衛をやることになっていたが、不安が倍増した。グレスさんは、他人を指導した経験に乏しいことを察することができる。悪い人ではないと思うが、この人に指導してもらうのは不安しかない。
次に修道女の方が話しかけてきた。
「ロキ君、初めましてー。私はカルムといいますー。プリーストをやっていますー。回復魔法が得意ですー。ロキ君が傷ついたら私が回復するので安心してくださいー。」
この世界には魔法があるのか!今詳しく聞けば、間違いなく転生者ということがばれてしまう。モニカさんも魔法があるのが当たり前と思って、特に何も言わなかったのだろう。帰ったら聞いてみよう。
「じゃあ、早速これを装備してくれ!私が以前着ていた鎧と練習用の剣だが、今回の依頼なら十分だろう!」
渡された鎧はグレスさんの鎧よりも軽そうではあるが、それでも動きにくそうであることには変わりなかった。剣も手入れはされているが、明らかに傷だらけである。グレスさんに急かされて装備すると、案の定結構な重さがあった。
「よし、装備したな!それじゃあ、準備運動で素振り100回だ!」
「えっ!グレスさん、僕そんなに剣振ったことなんて無いですよ!」
「なんだ!100回も剣を振れないのか!じゃあ、私が100回振れるようにしてやる!あと、私のことは師匠と呼べ!」
「師匠!モンスターと戦う前に疲れるのは、良くないと思います!」
「大丈夫だ!現場で危なくなったら、助けるから!」
俺は師匠に手ほどきを受けながら100回素振りをした。案の定、腕が上がらない。もう二度と冒険者なんてやるか!始まる前であるにも関わらず、心の底からそう思った。
3. 初めての狩りと覚醒
疲れ切った僕はモニカさん達に連れられて大きな門の前にいた。何も知らない僕にモニカさんがフォローを入れる。
「ロキ君はサントルの街を出るのは初めてだっけ?門を出たら完全にモンスターの領域だから気を付けるんだよ。」
「は、はい!」
カルムさんが衛兵に話しかけると、衛兵たちは重々しく門を開けた。
門の先には荒れた一本道とその周りに広がる森が見えた。こんな風景は元の世界ではほとんど見ない光景だ。改めて僕は異世界に来たと実感する。気がつくと、パーティーのメンバーは先に進んでいた。
「おい、さっさと行くぞ!」
「すみません、師匠!」
素振りで疲れ切った体に鞭を打ち、僕は走って追いついた。これからが本番だと思うと泣けてくる……。
僕たちは道に沿って歩いて行った。あまりにも荒れていて、とてもじゃないが、荷車などは通れそうにない。この道はどこに繋がっているのだろうか?
「いったい、どこに向かっているんですか?」
「この道を2時間ほど進んだ先にあるゴブリンの集落だ。ドュオルフへの移動の邪魔になるからな、ゴブリン自体は脅威ではないが、殲滅の依頼がきた訳だ。」
なるほど、この道はドュオルフという場所に繋がっているらしい。道の荒れ具合から推測すると、サントルとドュオルフにはあまり交易は無いのだろう。人がたまに行き来することがある程度だと思われる。ついでに、これから戦うゴブリンは大した脅威ではないと知れたことも収穫だ。
だが、実際に2時間歩くと、鎧を着ていたこと、素振りで疲れていたこともあり、体力の限界をとっくにオーバーしていた。スルーしていたが、元の世界で2時間も歩いた事が無い。帰りも2時間も歩くと思うと憂鬱だ。
「見えてきたぞ!」
師匠が指を差した先には、確かにゴブリンがいた。狭い洞穴に100匹以上いるのが見える……。緑色の肌が蠢き、密集して1匹の境界すら見分けられない。集合体恐怖症の人にとっては失神してもおかしくないだろう。
「ゴブリンってこんなにもいるんですか!?」
「実際に見て怖じけづいたか!師匠の戦い方をしかと見るとよい!」
師匠がノリノリで飛び出して行き、モニカさんとカルムさんがそれに続いた。師匠が最前線で洞穴に押し入るとゴブリン達は混乱を極めた。その中で襲いかかるゴブリンを師匠が斬りふせ、逃げ出すゴブリンをモニカさんとカルムさんが矢と光線で射貫いている。100匹以上いたゴブリンは数分も経たないうちに最後の1匹になっていた。モニカさんは謙遜していたが、間違いなく強い。
「おい、ロキこっちに来い!」
師匠から呼ばれた方向に向かう。すると、洞穴の奥にゴブリンが1匹残っているのが見えた。
「よし、じゃあ、あのゴブリンを狩れ!」
「はい!?」
いやいや、初めて剣を持った者にいきなり狩らせるなんて無理だろ!ここは誰か他の人にやってもらうしかない。
「モニカさん!」
「ゴブリンの強さは子どもぐらいしかないから大丈夫だよ♪」
「カルムさん!」
「死んでも、すぐに処置すれば蘇生させられるので大丈夫ですよー。」
どうやら僕が狩らないといけないらしい。ゴブリンは手に棍棒を持っているとはいえ、大きさは子どもくらいだ。勝てそうにも思えるが、本気で殺しに来る子どもを侮ってはいけない。人なんて簡単に死ぬんだ、とにかく急所への攻撃だけは避けなければ。そんなことを考えていると、ゴブリンが急に襲いかかってきた。突然の攻撃に驚いた僕は目を瞑りながら剣を振った。剣は空を切り、僕は衝撃を覚悟した。なかなか来ない衝撃を不思議に思った僕はゆっくりと目を開ける。すると、ゴブリンの体は両断されており、洞穴の壁には斬撃の跡が残っていた。
「今のは、魔法か……?」
師匠が呟く。
「窮地に追い込まれることをきっかけに魔法に目覚める人もいるって聞くけど、ロキ君の魔法の才能が開花したのかな?カルム、分かる?」
モニカさんが不思議そうに尋ねる。それに対してカルムさんは黙ってジッと僕のことを見ていた。
「カルム?」
「わ、私?そうだね。確かに窮地で魔法に目覚めることもあるけど……。」
カルムさんはその後に続く言葉を言わなかった。
僕の力は本当に魔法なのだろうか?素振りの時に何も起こらなかったのは、ゴブリンに襲われた時に覚醒したから何だろうか?何かが引っかかる。
4. 不器用の挫折
次の日、昼頃に筋肉痛で苦しみながら起きた。素振りを100回してから往復4時間も歩いたこともあり、これまでに経験したことがない痛みだった。寝室を出るとモニカさんの姿が見えない。しばらく探すと意外なことに玄関で師匠と話しているモニカさんを見つけた。
モニカさんはこちらに気づいたようで、視線でここから去るように指示を出す。僕はモニカさんの表情にどこか鬼気迫るものを感じてすぐに物陰に隠れた。僕が隠れると、モニカさんが師匠をリビングに連れてきた。師匠の様子は昨日よりも明らかに覇気が無いことが印象的だった。
「本当に冒険者を辞めるの?」
「ああ、あんな才能を見せられると自信無くすよ……。」
師匠は僕がモニカさんの家に居候していることを知らないのだろう。これから交わす会話は、師匠にとって絶対に僕に聞かれたくない会話だという予感がする。僕はきっと立ち去るべきなんだが、そうと分かっていてもついつい聞きたくなってしまった。
「ロキ君は剣の振り方もままならない素人だし、グレスの力が必要だと思うわ。」
「あの魔法さえあれば、剣の振り方なんて然したる問題じゃない。それに私も剣士としてさほど優秀でも無いしな。正直、あの魔法を使われたら、私だって勝てそうにない……。」
「でも、これまでチームを支えてきたのはグレスじゃない。」
「これまではな……。これからロキが成長していくにつれて、段々私のいる意味が薄れていく。私はそれが嫌なんだ……。」
「グレス……。」
「私は元々冒険者に向いていなかったんだよ。私には、モニカのような弓の才能もカルムのような魔法の才能もない。それでも、剣士なら体を張れば役に立てると思っていた。だが、ロキに会って私の考えの甘さに気づいたよ……。」
気がつくと、グレスさんは涙を流していた。昨日の師匠はもういない。けして悪いことをしたわけではないが申し訳なさを感じる。それに加えて言葉で表せない疎外感も。モニカさんが慰めているが、どう転ぶかは分からない。冒険者を続けるとしても、辞めるとしても、一度失われた自信は二度と取り戻せないだろう。
さすがに盗み聞きに罪悪感を感じ始めたので、この場を立ち去ることにした。時間を潰すなら、冒険者ギルドに向かえば良いだろう。昨日は武装せずに行ったせいで周りから浮いていた。だから、今日は武装して行こう。鎧と剣を装備して、昨日の報酬のお金少しを持ち、こっそりモニカさんの家を抜け出した。抜け出す直前に二人に目をやると、完全に泣き出したグレスさんとそれを慰めるモニカさんが見えた。
冒険者ギルドに着いた僕はテーブルに座り、適当な食事を頼んだ。ギルド内には昨日と同様に武装した人達が自由に過ごしている。すると、見覚えのある顔がこちらに話しかけてきた。
「あら、ロキ君?ギルドに何かご用ですかー?」
「あ、カルムさん、ただ……食事を食べにきただけですよ。」
食事を食べにきたという理由は嘘ではないが、冒険者ギルドに食べにきたというのは不自然だ。休日なら普通、他のレストランに食べに行くだろう。そこに突っ込まれると非常に困る。僕が転生者だとバレるきっかけになり得るからだ。仲間とはいえ、転生者とバレるのはあまり良くないだろう。
「そうなんですねー。ご一緒してもよろしいですかー。」
幸い突っ込まれることは無かった。表情に出ないように気をつけつつ、ほっと胸を撫で下ろした。
「はい、もちろん大丈夫ですよ。ところで、カルムさんはどうしてギルドにいらしたんですか?」
少し間を置いてカルムさんが答えた。
「次の依頼を探してたんですー。」
依頼は前日に受けているのか。であれば、グレスさんが冒険者を辞めようとしていることをあらかじめ伝えておいた方が良いかもしれない。
「実は、グレスさんのことでお話ししたいことがありまして……。このことは内密にして欲しいんですが、グレスさん、冒険者を辞めようとしているらしいんですよね。」
「グレスちゃんが!どうして……。」
僕よりもグレスさんとの関わりが深いからだろう。カルムさんは明らかに取り乱していた。
「昨日の僕の斬撃を見て自信を無くしたみたいで……。」
「グレスちゃんは傷つきやすいですからね。意外でしたが、想像はつきます。……気にしなくていいのに。」
カルムさんの顔は真剣だった。後半は一部聞き取れなかったが、グレスさんのことを気にかけているのが分かる。
「今、モニカさんが説得していますが、どうなるか分かりません。」
「モニカちゃんは私よりもグレスちゃんと付き合いが長いですから、何とかしてくれるかもしれません。それまでここで待つことしかできませんね。」
カルムさんの話に少し引っかかる部分があった。ここで?確かに僕はモニカさんとグレスさんの話が終わるまで僕は帰れない。だから、言っていることは正しい。しかし、カルムさんに僕がモニカさんの家に居候している事実を教えたことは無い。モニカさんがカルムさんに教えたのだろうか?
このタイミングで僕の頼んでいた料理が届いた。頼んだものはよく分からないモンスターの肉を挟んだサンドイッチだ。見た目はなかなか悪くない。
料理を置いた後、ウェイターがナイフセットを置こうとする。その中の一本がやけに鋭利であることに気づき、何となくそちらを見ていた。次の瞬間、ウェイターはそのナイフを手に取り、こちらの首を目がけて斬りかかって来る。体をよじり、紙一重で避けたが、椅子から転げ落ちてしまった。次の攻撃に備えてテーブルに立てかけてある剣に手を伸ばす。剣は掴めたが、何者かに思い切り引っ張られた。いや、剣に手が届く人物は一人しかいない、カルムさんだ。そちらに気を取られていると、ウェイターの攻撃が首元に決まった。首に深々とナイフが突き刺さっている。僕はそのまま気を失ったのであった。
第4章 倫理と誓い
目が覚めると、僕は手足を縛られ、ギルドの床に倒れていた。どうやらナイフに刺された傷は治療されたようで少々痛みは残っているが、皮膚は元通りになっており、出血はない。おそらく回復魔法の効果だろう。
「ようやく起きましたか。」
カルムさんが話しかけてきた。これまでと違った恐ろしい雰囲気を纏っている。もしかしたら、これがカルムさんの本質なのかもしれない。この時、ギルド内にカルムさんと僕以外に誰もいないことに気づいた。
「カルムさん、あなたは僕を襲った奴の仲間だったんですか!?」
「確かに仲間ですが、少し違います。私が協力を要請したのです。」
「それじゃあ、カルムさん、あなたが転生者狩りなんですね……!」
「転生者狩り?ロキ君、大きな勘違いをしていますよ?」
意外な答えが返ってきた。僕が襲われる原因は転生者以外に考えられない。他に何の理由があるのだろうか?
「ロキ君、例えば人は100mを2秒で走れますか?」
「無理です。それが何か関係あるんですか?」
「じゃあ、逆に100mを2秒で走れる存在は人ですか?」
僕は少し考えて答える。
「人の形をしているならそれは人だと思います。」
「私はそうは思いません。人に化けたモンスターか人によく似たモンスターだと思います。私の言いたいことが分かりますか?あなたが人間だと思っていても、私からすれば、モンスターなんですよ。」
めちゃくちゃな理論だが、確かに僕も転生先で姿が似ているから同じ人間だと思っただけだ。本当にこの世界の人間が僕と同じ存在かは分からない。カルムさんは見た目に加えて、能力を基準にして人間かどうかを判断しているようだ。その結果、モンスターと判断して殺しているならば、転生者だから殺すという言い分よりも納得はいく。
「カルムさんの言い分は分かりました。でも、どうして僕がモンスターだと思ったのですか?」
「昨日の斬撃、覚えていますよね。モニカちゃんもグレスちゃんも魔法だと思っているようですが、あれは魔法ではありません。魔法なら魔力の高まりを感じるはずですが、ロキ君には一切感じませんでした。つまり、ロキ君の斬撃は未知の力ということです。人間に出来ることではありません。だから、私はモンスターだと思いました。」
あの斬撃は魔法ではなかったのか。しかし、元の世界では使えなかったのに、何でこの能力に目覚めたのだろうか?転生したことが何か関係しているのかもしれない。そして、カルムさんの話を聞き、これとは別にもう一つの疑問が生まれた。
「ところで、どうして僕を他のモンスターと同じように殺さないんですか?」
「教会の方針です。意思疎通のできるモンスターと友好的な関係を結べるのであれば、殺しませんよ。」
僕は少し安心した。しかし、教会とは何だ?それに今度は僕を殺した理由が分からなくなってきた。次から次へと矛盾と疑問が現れる。
「話がどんどん分からなくなってきました。まず……意思疎通ができるのに、僕を殺した理由は何ですか?」
「それも教会の方針です。人間に制御できないモンスターは例え協力的だとしても、殺す必要があるという教えがあるからです。」
なぜかこの話を聞いた時、僕はグレスさんを思い出した。僕程度の力でさえ、一人の女性の心を傷つけてしまった。きっとカルムさんの言いたいこととは違うのだろうが、力を持っている存在の脅威がなんとなく理解できた。
「さっきから話に出てくる教会って何ですか?」
カルムさんはこの言葉に大きく呆れた顔をした。
「そこからですか……。本当に何も知らないんですね。教会と言えば、モスラス教会しか無いじゃないですか。冒険者や衛兵の上位組織で、実質的にこの街を管理しています。あなたへの対応もモスラス教の人類中心思想に従って決まったものです。」
なるほど、僕を襲ったのは組織的犯行だったということか。それなら、カルムさんがウェイターを協力者にしたことにも納得がいく。モスラス教については分からないことが多いが、聞き始めたらキリがないだろう。ただ、ここまでの情報からモンスターを敵対視していることだけは分かる。
「概ね理解できました。僕がモンスターだということも甘んじて受け入れますし、人に対して敵対する気もありません。だから、解放してください。」
「いいでしょう。ただし、先に教会の洗礼を受けてもらいます。よろしいですね?」
「はい、殺されないならば。」
カルムさんはこれまでと違ったハキハキとした声で話し出す。
「汝、教会に従属し、人のために命を費やすことを誓いますか?」
「誓います。」
「よろしい、あなたの罪を許しましょう。これよりあなたもモスラス教会の一員です。」
カルムさんが最後の言葉を放った瞬間、ギルドの外から拍手が鳴り響く。明らかに数が多すぎる。この拍手が僕を祝うものではなく、彼らの勝利を祝うものであるものだろう。僕はその鳴り止まない拍手の圧に押されていた。
よく考えてみれば、襲われる前にはギルド内にいた人が襲われた後には誰もいなくなっていた。少なくとも、ギルド内の人物は全員協力者だったということになる。
「もし、僕があのウェイターの襲撃を退けたら、ギルドにいた冒険者達が僕を殺す予定だったんですか?」
「はい、ギルド内の冒険者があなたを殺し、それでもダメなら、外にいる一般の方々も動員してあなたを殺す予定でした。あなたが途中であなたが誰かを殺した場合、あなたを治療することは無かったですね。」
僕は思わず絶句した。冒険者だけでなく、一般人まで動員して殺しにくるとは思いもしなかった。犠牲をどれだけ出しても僕を殺すという思考には狂気を感じる。この世界は命を軽視していることがひしひしと伝わってきた。おそらくこの死生観もモスラス教の教えなんだろう。本当に恐ろしい宗教だ。
ここで、カルムさんの雰囲気が初めて出会った時と同じような穏やかなものに戻った。
「それではモスラス教会に入会したということで、ロキ君には特務機関で働いてもらいますー。」
「特務機関?」
「ロキ君みたいに人に協力的なモンスターを集めて、特別なモンスターを狩る組織ですー。」
カルムさんの言うモンスターは本当にモンスター何だろうか?僕と同じ転生者かもしれない。狩る側も狩られる側も。
「最後に何か聞きたいことはありますかー?」
カルムさんが優しく微笑みながらそう言った。
「質問は無いですが、最後にお願いがあります。」
僕はこれからの不安感や恐怖を押し殺し、カルムさんに微笑み返す。目は涙で潤んでいただろう。
「モニカさん達には、僕がモンスターだと言わないでください。」
黄昏の空に夕日が沈んでいく。その眩い光はけして僕らを照らすことは無く、宵闇へと消えていくのであった。
次回予告
今回はほとんど世界観説明とロキの特務機関入りまでの過程に使いましたが、次回はもっとサスペンス寄りの展開になると思います。あらすじにも視点人物を毎回変えると書きましたが、次回の視点人物は新キャラです。ちなみに、2話にロキは出ません。2話を読めば、ロキが出ない理由も納得すると思います。期待してお待ちください!
※次回の更新は来週中を予定しています