王女アナスタリアは自分で道を切り開く!
この国の王女である私アナスタリアは、王である父親の命令で、この国を魔王軍から守った勇者ガルセインと婚約することとなった。
なぜこんなことになったかというと。
魔王軍を退けたことを喜び開催されたパーティーにて、酔っ払ったガルセインが言ったのだ。金もいいけど王女が欲しい、と。それを本気で言っているのだと理解した父親は、私を彼に差し出したのだ。
とんでもない話である。
私は一人の人間で、物ではないのに。
とはいえ、私も最初は受け入れた。父親が言うなら仕方がない、と。だがそれは、こんな仕打ちが待っていると知らなかったから。ただ王女だというだけで皆からこんな目で見られるなんて考えてもみなかった。
ガルセインの横にいたら「勇者様に嫁いでさぞいい気分でしょうね」とか「勇者の妻という肩書きくらい他の恵まれない子に譲ってあげればいいのに、強欲」とか言われる。
しかし、彼から少し離れたところにいれば何も言われないかというとそうでもなくて。
少し離れていたら今度は「どうして勇者様の横にいないの、婚約者なんでしょ。あ、それともただの噂?」とか「傍にも置いてもらえないなんて、王女様なのに可哀想ねぇ」とか言われる。
本当に、溜め息しか出ない。
色々面倒で。
しかも、当のガルセインも、私にはあまり関わろうとしない。直接嫌みを言ったり嫌なことをしてきたりはしないのだけど、積極的に関わろうとはしてくれない。しかも、私以外の女性に対しては物凄く積極的だったりするから、複雑な気持ちを抱かずにはいられないのだ。
そもそもの始まりは彼が王女を欲しがったこと。
やはり、あれは酔っ払って言ってしまっただけで本心ではなかったのだろう。
ならばもっと早くそうだと表明してくれれば良かったのに。そうすれば私たちが婚約することもなかったのだ。あの発言は間違いだった、そう言ってくれれば、私も彼も自由なままでいられた。小さな小さなことなのに。あの時の発言は酔った勢いで言ってしまっただけ、と、一言告げてくれれば。
「アナスタリア様! こんにちは!」
話しかけてきたのは、ガルセインの仲間である少女。
茶色い髪を後頭部の高い位置で結んでいる。
「こんにちは」
「ガルセインのとこ、行かないんですか?」
「えぇ。邪魔してしまっても悪いですので……」
私がガルセインと離れたところにいる時、彼女はよく話しかけてくる。いつも明るい表情で接してくれるのだけれど、どことなく不穏な雰囲気を漂わせているから、何となく心穏やかに接することができない。
「えー、そんな気にしなくて良いんですよー。あ、声かけてきましょっか?」
「いえ……構いませんよ。お気遣いありがとうございます」
ガルセインの周りにはたくさんの少女がいる。彼女もそのうちの一人。ただ、ガルセインが一番可愛がっているのは、彼女ではない。見ていて察した感じだと、多分、彼女は三番目くらいだ。
ちなみに、私はもっと下の方。
順位外かもしれない。
ガルセインが一番可愛がっているのは、勇者仲間で回復術を得意としているレイビアという少女。さらりとした銀色の長い髪に青い瞳が特徴的な美少女である。魔王軍退治の際には活躍したらしい。お上品な笑顔を振りまく、同性から見ても『いかにも愛らしい』という感じの少女だ。
「レイビア、ちょっとこっち来いよ!」
「はい。ガルセイン様。参りますわ」
「ここに座ってくれないか? 怪我してるのを治してほしいんだ」
「ふふ、もちろん構いませんわよ」
レイビアはガルセインと私が婚約していることを知っている。にもかかわらず、何の躊躇いもなくガルセインに近づく。私への遠慮なんて欠片ほどもない。彼女はいつも、ガルセインを丸く大きな目で見つめ、甘い声を放つのだ。
彼女は特にガルセインを好んでいる。
距離も異様に近い。
単なる仲間とは思えないような雰囲気が、二人にはあった。
そんなことが続いたものだから、ふと気になって、私は城の者に二人の関係の調査を命じた。妙に親しげなのが気になるから、という、第三者からすればどうでもいいような理由だけれど。けれども、私にとっては、それはとても知りたいことだったのだ。
数週間後、調査結果が上がってきた。
ガルセインとレイビアが大人の関係に発展しているところが確認できた、という調査結果。私は何なとなく納得できた。考えないようにはしていたけれど、そんな気がしていたから。
調査結果といつくかの証拠を手に、私は父親のところへ行く。
そして、婚約を継続することはできないと、このまま話を進めることはできないと、そう説明した。が、父親はちっとも聞き入れてくれなくて。それどころか、彼は、私を責めるようなことを口にした。お前が積極的でないのが悪いのではないか、などと。
もう耐えられない。
私は数名の知人と共に家を出た。
その後色々あって、私たちは、魔王軍の手下に誘拐されることとなってしまった。だがそこで出会った魔王と親しくなり、最初こそ思想の違いで反発しあっていたのだが分かり合えるようになって。最終的に私たちは魔王軍に味方することを決めた。
生まれた国に牙を剥く。
悲しいことだけれど、仕方がない。
私は確かにあの国に生まれた。あの国の王女だった。けれども、物のような乱雑な扱いをされるくらいなら、国を出た方がずっとまし。そういう思いで、私は魔王軍についた。
そのことが明らかになると、私はガルセインから婚約破棄を告げられた。
もちろん直接会って告げられたわけではなく、間接的にだけれど。
それからガルセインはレイビアを含む仲間たちと共に抵抗した。一度は退けた魔王軍だから今度も大丈夫、そう考えていたようだ。だが甘い。一度退けたから次も退けられる、なんて決まりはどこにもない。
◆
その後、魔王軍は侵略を着々と進め、私が生まれ育ったあの国を占領した。
かつての戦いでは活躍した勇者たち。しかし、あの戦いの後に遊び過ぎたがために情けない状態になってしまっていて、今回は活躍できなかったらしい。
ガルセインは一度は戦場に出たが、敵の強さに慄いて逃げようとし、その最中に胸をひと突き。悲鳴をあげる暇もなく、鼻水と唾液を垂らして死亡したそうだ。
レイビアはずっとガルセインの傍にいたそうだが、倒れた彼を治療しようとしている時に拘束され、闇市場に売り飛ばされたらしい。その後は詳しく分からなかったが、女性を売る商売をしている商人たちの間で行き来していたものと思われる。
私に時折声をかけてきていた少女も、戦いに巻き込まれて死亡。その他の勇者や勇者の仲間と呼ばれていた人たちも、その多くが、戦いの中で命を散らせていったと聞いている。
国王であった私の父親も、降伏宣言の後、投獄されたまま亡くなった。
◆
それから数年、この国は魔王軍が統治する国となった。
私は今、この国の王妃だ。
なぜなら、魔王軍を率いている魔王の妻となったからである。
戦争で一度は壊された街は着実に復興への道を歩んでいる。本当に小さな一歩ずつだが、それを重ねることが大切だ。少しずつでも進めていくことで、明るい未来が見えてくる。大抵そういうものである。
希望ある、明るい未来へ。
この国はまだ歩み出したばかり。
◆終わり◆