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 目の前で轟音をとどろかせながら生き物のように活動を続ける巨大な機械を俺は見上げた。これを止めないとこの国に住むすべてのエルフが死んでしまうし、人間にも被害が出るかもしれない。

 もし俺がこれを止められなくてもほかの五人のエルフたちが何とかしてくれていると願いたいが。

 ただこっちの問題点としては…、

「どうすんだこれ。カッコつけたはいいものの今の俺じゃこれを止めるのは無理じゃないか?」

 確かに過去の俺ならなんとかできたかもしれない。

 だが今ここにいるのは残念ながら魔力もセンスもないただの凡人だ。

 回復薬を作ろうとして、何故か若返りの薬ができてしまう訳のわからない人間にすぎない。

 過去に知識は確かにあるが、正直だからどうしたレベルである。

 この装置には俺が考案した魔法が使われている?

 違うな、過去の俺の魔法だ。

 今の俺にはどうにもできない。

 情けないが先までの自信はもうどこかへ行ってしまった。

「た、試しにこのボタン押してみるか?」

 そういって目の前にある、他のよりもやや大きめのボタンを慎重に押してみたところ、目の前のパネルに『魔力不適合』という文字とサイレンが鳴り響き、驚いた俺は何歩か後ずさる。

 多分押してはいけないボタンだった。

 もう心臓はバクバクだし、思わず尻もちをついてしまったのは内緒にしておこう。

 だがそんなのんきなことも言っていられない。

何とかしないといけないと思いつつも迫りくるタイムリミットとどうしようもできない不安が俺の心を駆け巡る。

「だけどこのまま終わるわけにもいかないもんな。落ち着け、思考を放棄するな」

 深呼吸とともに自分に強気な言葉を言い聞かせる。

 多分今回において俺が何とかできる可能性があるのはやはり『すべてのエルフの居場所がわかる魔法』をどうにかすることか。

 可能かどうかわからないが、その座標をうまいことずらせれば違うところに光線を誘導できるかもしれない。

 …いや、駄目だな。

 もし成功したとしてどこに何があるかわからない以上変なところに光線を集めるわけにはいかない。

 いっそのことこの装置を破壊するか?

 この辺一帯が消し飛びそうだけど、この状況では一番現実的な選択だ。

 ヴェルの言う歴史を変えるための犠牲というのが俺らなのかもしれない。

 この建物が一体どこに位置しているかわからないが最終手段はそれでいいだろう。

 この国に平和が訪れるなら喜んで犠牲になってやる。

 そんなことをスミスさんが簡単にやらせてくれるとは思えないけど。

 どうする、どうする、どうする、どウスル、ドウスル?

 あぁ、もう頭が回らない。

 あの時は後ろにヴェルがいたからカッコつけたけどもう駄目だ。

 今の俺にはもう何も。

 あぁ、なんて俺は弱いんだ。

『あきらめるな馬鹿野郎!』

 だが諦めかけていたその時、どこからか声が響いた気がした。

 辺りを見渡しても誰もいない。

 だけどこの感覚はついさっきも味わった気がする。

 この、俺の内側から声が聞こえてくる感覚——。

『さっきまでの威勢はどうした、君は俺なんだろ、もっとシャキッとしろ!!』

「だ、誰だお前は!?」

 どこから聞こえてきているのかわからない俺は、とりあえず大声を張り上げた。

『誰? さっき闇に染まりかけていた君を助けたのは誰だと思っているんだ』

 そうだ、さっき俺はこの声で踏みとどまれたんだ。

 この声がなければおそらく俺はヴェルを手にかけていたかもしれない。

 でも今はそんなこと関係ない。今更なんだ。

 どうしようもできないことに変わりはないのだから。

「誰だか知らないけどもう無理だよ、あきらめよう。他の五人のエルフを信じよう。今の俺じゃ何もできない。世界を変えられないルールを、常識を社会を変えられない。俺がやったことが正しかったのかどうかも分からない」

『ふざけるな! 君は俺なんだ、できないわけないだろう!?』

「君は俺? 何をばかなことを」

 思わず誰もいない空間に向かって罵声を浴びせてしまう。

その間も機械の向こうからはヴェルとスミスさんがぶつかり合う音が響いてきたが、何故かどこまでも他人事のように響いた。

そんな、中内側からの声は気にも留めない様子でつらつらと話し続けた。

『なにも間違ったことはいってないよ。俺は二〇〇年前の君であり、君が作り出したもう一つの人格さ』

「はぁ!? ど、どういうこと? 俺にはちゃんと二〇〇年前の記憶が・・・」

『言っただろう? 俺は君の作ったもう一つの人格だって』

「だから意味がわから…」

 意味が分からない。

 そう言おうとしたが頭の中の声にかき消されてしまった。

『君は転生した自分の非力さに絶望して、仕えていたエルフの変わりように驚いて過去の自分を別の人格として分離させてしまったんだ。だから君は、どこか過去の自分を別人のように思う時があるんじゃないかい?』

「い、いや、俺はちゃんと過去の記憶があるし、この目で見てきたのは確かだ! あのエルフたちを救ったのは他の誰でもない俺だ! だから俺は過去に転生魔法を使って今この世界に転生したんだろ!?」

『そうだよ。だけど君は転生前の記憶を取り戻してから、エルフたちと再会しながらゆっくりと俺という別の人格を作っていった。今、君が言った過去エルフたちに慕われていた、エルフたちを救った英雄である二〇〇年前のフィセルという人格を』

「いや訳わかんないよ! 何が言いたいんだ!」

『君だってフィセルという男が二人いるということはなんとなく感じていただろう? 過去の優れたフィセルと、今の落ちこぼれのフィセル』

「実際そうだろう? 昔の俺と今の俺は別人だろ!? 昔の俺がエルフたちを救って、転生したら魔力もセンスも全部失った状態の新たな俺が生まれたんだ」

『それは違うよ。どっちも同じ人間さ。君はその体で二〇〇年前も生きていたんだよ』

「なっ!?」

 思わず俺は自分の両手を開き、まじまじと見た。

 だけれども、その声の言っている意味がまだ分からないままだった。

『それに君が一番わかっているはずさ。だって君の開発した転生魔法は自身を生まれる前まで若返らせて、いつかの未来に無理やり飛ばすというものだっただろう? そして若返りという言葉に心当たりがあるはずだ。ここまで言えばもうわかるだろう? 君はその体で200年前を生きていたんだよ。フィセルは二人もいない』

「…君は何者なんだ」

 意味がよく理解できないままでいた俺が俯くと、心の中の声は一つ息をついて更に続けた。

『だから俺は、君が作った二〇〇年前のフィセルだってば。君は昔の自分に嫉妬して、憧れて自分の中にもう一つ人格を無意識のうちに作ってしまったんだ。過去にエルフを救った英雄の自分を。…そして人間が戦争によって敗れ、廃れる原因を作ったこの国の大罪人でもある自分をあたかも別人としてね』

「!?」

 そして不意に戦争という言葉が脳をかすめ、思わず顔を上げた。

『簡単にいうと、君は二〇〇年前の記憶や魔法センスとかを、無意識にまとめて今のフィセルとは別物として分離しちゃったんだね。そして、「過去の俺ならこう考える」みたいな感じで俺というもう一つの人格を作っちゃったんだ。それが俺だよ』

「もうわけわかんないよ! じゃあなんで今頃急にノコノコ出てきたんだ!」

『それに関してはグエン王子のおかげだね。主人格である君が壊れたおかげで精神が乱れて、俺が君に介入することができた。…あぁ、もう時間がないね。せっかく君が俺を作り出したから、もう少しこの世界を見ていたかったんだけどね。君が気づけないようだから返してあげるよ。本来の君を』

「何を…?」

『二〇〇年前も、今も君は君さ。ほかの何者でもない、君が努力して血反吐を吐くような思いをしながら机に向かって身に着けた頭脳は、センスは君だけのもの』

「ま、まってくれ、まだ消えないでくれ! よくわからないけど、君は二〇〇年前の俺なんだろ!? 俺がやったことは正しかったのか!?」

『さあね、どうだろう。結果として君はエルフを救ったけれど、その代償として多くの人間を苦しめた。そのことを忘れてはいけないよ。そしてそのために君がすべきことはもうわかっているだろう? 二〇〇年前も今も君は君。犯した罪も、得たかけがえのない仲間も全部君のものさ。フィセルという男はこの世に一人しか存在しないんだ。もっと自信をもって。あの六人のエルフは君の帰りを待ってる』

「まっ———」

『俺らは二人で一人。そのことを忘れてはいけないよ』

 俺は思わず誰もいないはずの虚空に手を伸ばした。

 もう声は聞こえない。

 だけど心の何かが消えると同時に内側からじわじわと湧き出す何かがある。

 なにか大事なものが抜け落ちてしまった気分になるが、さっきまでの不安はもうどこかへ行ってしまった。

 そうか、俺はずっと過去の俺を他人のように扱ってきたんだ。

 それは今の自分に自信がないから。

 彼らの横に立って一緒に暮らす自信がないから。


 そして自分自身が多くの人間を苦しめた発端だということから逃げるために。


 本来俺は転生した時点で、少しづつ昔の素質を取り戻し始めていた。

 だけれども、過去に仕えていたエルフとの再会を重ねるごとに、今の自分は彼らにとって不要なのではないかという思いが強くなっていき、彼らと離れる理由を探し始めていた。

 そして少しずつ、空白の期間についての推測がついてきた段階で、完全に俺は過去の俺と今の俺を分離してしまった。

 過去の自分がやったことだから。と言って無意識に、責任を『過去の俺』に押し付けるために。

 そうしないと俺は人間の敵になってしまったことに対する罪悪感で押しつぶされそうだったから。

 目からあふれ出る涙をぬぐってもう一度装置に向き直る。

 すると、さっきまでとは違い、目の前の機械に緻密な魔法陣が施されているのが見えた。

 しかもどこに何が書いてあるのかも全部わかる上に、どこの部分を変えれば今俺がやりたいことが果たせるかも瞬時に理解できた。

 どこか懐かしいその感覚に少し笑みがこぼれる。

「ここを書き換えてこれをこうすれば…」

 もう時間がないのはわかっている。

 だから早くこれを解除しなければ。

 今の俺ならできる。



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