66.ジブン
暗くてぼやけていてよく見えない。
もう自分が何者なのかもわからない。
だけれども、なぜか目の前のエルフだけは顔が見えないが姿は鮮明に映し出されている。俺はこのエルフを殺せばいいのか。
全ての元凶であるエルフを。
剣を握る力を強める。こいつを殺せば…。
『違う! 君は何をやっているんだ!』
だが、急にどこからか声が聞こえる。
どこからか? いや違う。俺の内側からだ。
体の内部から響く声は、不愉快に俺の全身を波打ち、思考をぐちゃぐちゃにする。
「黙れ! 俺はこいつらを殺して人間が平和に暮らせる世界に…」
『何を言っているんだ!! 君が目指した世界はそんなものじゃないだろう!?』
「でもエルフは人間を支配していた過去があるんだろう? ならやり返すべきだ! それが自然の摂理じゃないか!」
心の声に対して反論する。
何故か言葉は実際に口からは出なかった。
『君は何を言っているんだ!? 二〇〇年前は逆だったじゃないか! それにあのエルフたちが人間を奴隷のように扱うと思うか!?』
「知らないよ! でも、でも…じゃあこの記憶は何なんだよ! 今の俺の頭にはエルフが人間を虐殺して陥れた映像しかへばりついていないんだ!」
『それは全部嘘の記憶だ! 彼らと一度しっかり話し合って、その後考えるんだ。まだ全部が全部本当だと確信はできていないだろう?』
「それは……」
『いや、それは全部本当の話だ。エルフは人間に酷いことをしてきた。だからともにエルフを駆逐しようじゃないか。なぁ、フィセル!』
更にもう一人心の声が増える。
そうだよ、俺はこの王子と共にエルフをハイジョするんだ。
『止まれ、止まるんだ!!』
「だからエルフは全員殺すんだぁああああああああ!!!!!!」
そう叫び、剣を突き刺さっているエルフから抜こうと力を込めた時だった。
「~♪♪♪~♪」
…なんだ? どこからか懐かしい声が聞こえる?
俺はこの歌を、どこで聞いた?
靄がかかってほとんど見えない視界とは違い、その歌声は鮮明に耳から入ってくる。まるで迷っている俺への道標となるように。
使われていつ言語は俺の知る者ではないことも分かるが、俺はこの歌を聞いたことがある。
「これは…、ご主人様が気に入ってくださった、エルフの…子守歌です」
エルフ?
いや、エルフは殺すべき…。
ズキン。
なんだ、頭に痛みが…。
「ご主人様、思い出してください私を、私たちを!!!!」
思い出す?
一体何を?
「あなたの名前はフィセル、そして私は貴方に命を救われた一人のエルフです!」
「おいフィセル! 何を歌ごときで動揺しているのだ、さっさとそいつを殺せ!」
少し焦ったようなグエン王子の声hが、部屋に木霊した。
そうだ俺はエルフを…。
あれ? 手が動かない。
体が拒絶している。このエルフを傷つけることを。
俺の全細胞が動きを止めろと鳴き叫んでいる。
そして次の瞬間、顔はしっかりと見えないままだが六人のエルフたちと楽しく笑いあって過ごした日常が、記憶の乱流のように頭を駆け巡った。
そうだ。このエルフは俺の仲間で同居者で、すぐに俺をからかうけれどそこには確かな愛情があって…。
でも名前が思い出せない。
あと少し、あと少しなのに…。
「おいフィセル!! いいのかお前はそれで!? エルフは人間の敵なのだぞ!」
遠くから叫び声が聞こえるがもう知ったことではない。
俺はこのエルフと、二度出会ったことがある?
「君は、君はなんていう名前なの?」
俺が頭を抱えながら、目の前の女性にそう尋ねると、彼女は涙を流しながらも笑みを浮かべて俺の手を握った。
「私の名前は、ヴェルです。二〇〇年前にあなたから、素晴らしい名前をいただいたエルフです」
「そうだよ、ヴェル、ヴェル! ヴェル!!」
俺は剣を握る手を放してそのまま目の前のエルフに抱き着いた。
俺が傷つけてしまった大切な仲間に。
「ヴェル、ごめん俺は…」
「いえ、…。悪いのはこちらもです。おかえりなさい、ご主人様」




