65.魂の叫び
10/15に第二巻が刊行予定です。
一巻と二巻の表紙の対比が個人的に気に入っておりますので、一目見ていただければ嬉しい限りでございます。
ここに来るのに私たちは完全に無策できたわけではない。
というよりも、たとえ敵が何人いたとしてもアイナとバン、そしてルリがいれば敵になるような者なんていないと思っていた。
「アイナ、ここにいるたくさんの騎士の方たちと面識は?」
「もちろんありますよ。…というか『クリーガー』の人たちが多いですね」
『クリーガー』
アイナが苦虫を噛み締めたような表情でその単語を述べた。
それは騎士になるための能力を、生まれた時から持ち合わせている最強の戦士。
過去に戦ったことがあるからその強さは骨身にしみている。
「ですけど、アイナたちなら大丈夫ですよね?」
「はい。むしろ殺さないように気を付けるほうが大変ですね」
「だね。死なない程度に痛めつけようか」
そう言い切ったアイナとバンの表情はいつも家で見せるような顔とは違った。
よし、こっちは大丈夫そうだ。
「ではアイナとバンとダニングは騎士の方たちをお願いします。ルリとシズクはあの王子を」
「じゃあご主人はお前に任せていいのか? ヴェル」
「心配しなくても大丈夫ですよシズク。私が何とかして見せます」
「じゃあ行くぞ」
「エルフ? エルフはオレガ全員コロス!」
目の前でふらふらと焦点の合わない目を泳がせている、私の命の恩人は苦しそうにそう叫んだ。
ご主人様がこうなってしまったのは全て私の所為。
さんざん覚悟も決意も固めたはずなのに、いざご主人様と再会したとなれば急に怖くなり全てを隠そうとした、私の弱さの所為だ。
あなたの目には、今私がどう映っているのでしょうか。
ともに長い年月を過ごした仲間に映っていますか?
それともあなたの種族を一度滅ぼし、支配した、醜い種族に映っていますか?
私たちは再会しない方が良かったのでしょうか。
私は、私たちが歩んできた道を後悔していません。
だけど、もしあなたがそれを許せないというのなら…。
私は一つ息を吐いて、呻きながら頭を掻かる一人の男性を見据えた。
◇◆◇◆
騎士団と双子たちの戦いはかなり優勢であった。
というのも、アイナとバンが騎士の人たちを気絶させて、ダニングが薬草から調製したしびれ薬で動きを封じてしまえば、殺さずとも動きを止めることが出来た。
そしてルリとシズクはと言うと、本気であの王子に向かっていったが、騎士団に妨害されたり密室である以上、強い魔法が放てなかったりと中々攻めきれずにいた。
そして何よりご主人様を巻き込まない保証がなかった。
更に、元からここはグエン王子のアジトであるために様々なトラップが仕掛けられており、上手く立ち回れていない様子が絵に映った。
だがそんなことは一旦どうでもいい。
私は私の事をしなければならない。
「お前らはオレノとうさんとかあさんヲ!」
そう叫びながら振りかざしてきた剣を交わし、ご主人様に弱めの魔法を打ち込む。
だが何度倒しても死霊のように何度でも起き上がってくる。
そしてさっきの発言からわかるように、今のご主人様は完全に様々な出来事が混乱してしまっているようだ。
恐らく、彼の瞳には私たちエルフが悪者に映っているのでしょう。
回復薬で治るかともおもったが、精神的なダメージから来る傷は治せないことを、過去にルリの件で学んでいることから恐らく無意味なのでしょう。
精神的な傷は治せないのだ。
ならば私がするのは一つ、彼が正気に戻るまで相手をし続けることである
しかしさっきも言ったようにこの部屋はグエン王子によってたくさんのトラップが仕掛けられており、集中していないと下から上から針が突き出してくる。
先ほどから騎士団の人にも問答無用で命中していることから、恐らく動くものに反応して出てきてしまうのでしょう。
現にご主人様にも何発かかすっている。
「お前らエルフは全員死ねばいいんだ! 俺から全部を奪いやがって! 死ね、死ねよ!」
中々当たらないことに痺れを切らしたのか、彼の語尾に力が増していく。
それと同時に彼の発言が棘のように私の心に突き刺さり、抉る。
辛い、悲しい、怖い、苦しい、痛い、痛い、痛い。
愛する人から受ける罵詈雑言が、ここまで辛いものだとは思っていなかった。
ご主人様に嫌われてもいいから、私たちはエルフと人間が共存できるようにとこの道を選んだが、どうやら私の心はそこまで強くなかったようである。
ご主人様だけには嫌われたくなかった。
彼の発言で傷ついた心の破片が涙となって、私の目からこぼれていく。
必死に拭いながら彼のおぼつかない斬撃を躱していたが、不意に一瞬だけ気が緩んでしまった。
「ヴェル!?」
グエン王子の相手をしていたシズクの声が遠くから響くと同時に、床から伸びてきた刃が、私の右太ももを貫いた。
崩れる体制、手放す剣。そして———。
「死ねぇ!」
ご主人の刃が私の左肩から私の体内へと侵入していった。
私はそのままなすすべなく崩れ落ちる。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで近づいた私とご主人様。
その目は、先ほどまで淀んでいた真っ暗な闇色に、少しだけ困惑の色が垣間見えているように見えた。
「いけ、フィセル! そのエルフの首を撥ねるのだ!」
「お前は黙ってろ! んぐっ!? また、この頭に直接…、痛っ」
死角からグエン王子とルリの声も追って響いてくるが、もう私は真っ白だ。
左肩の痛みは徐々に全身の痛覚を支配していき、赤く染めていく。
少し遠くにいるルリも、少し危なそうな声をしていましたが大丈夫でしょうか。
いや、あの子なら大丈夫でしょう。
アイナとバンも一瞬こっちに向かうそぶりを見せたが、すぐに騎士団の追っ手に阻まれてしまったようだった。
一瞬、騎士団に向けられた殺気が感じられたが、どうにか抑えられたようである。
ここは私がやるしかない。
未だ私の肌を貫いている剣を握るご主人様の右手を、動かしづらくなってしまった私の左手で握る。
「はぁ、はぁ。私はご主人様に死ねと言われればすぐにでも死ぬ覚悟は持ち合わせていました。ですけど…、我を失っているあなたの命令は…、聞けません。だからまだ死ぬわけにはいきません。あなたの本心はどうなんですか? っ!?」
彼の眼を見詰めると同時に再び剣が押し込まれる。
でももう逃げるものか。
「思い出してください、私を…、私たちを」
グエン王子は言った。
『お前らがやってきた過去の事を事細かに説明してやっただけ』と。
確かに私たちがやったことは彼が望んだ方法ではなかった。
でも今の世界を作り上げるには必要な事だったし、ご主人様の存在があったからこそ私たちは人間を奴隷にするようなことなんてしなかった。
だけれどもご主人様は今、すべての元凶がエルフだと思い込んでいる。
そして先ほど、グエン王子と戦っているルリが頭を押さえてうなっていた。
恐らく彼には洗脳か何かの特殊な魔法がある。
もちろんここまでご主人様に言ってこなかった私たちにももちろん問題はある。
でも嫌われたくなかった。
軽蔑されたくなかった。
血で汚れた私たちを知られたくなかった。
また一緒笑顔で暮らしたかった。
ご主人様の目には、純真無垢な姿で映っていたかった。
こんな欲望は無いと思っていたのに、いざご主人様に会うと突然芽吹き、花を開いた。
だけど今となってはもう遅い。
彼は私たちの手が血に染まっていることを知ってしまった。
ならば今私がやることは、例え正気のご主人様に「死ね」と命令されることになったとしても、今掛けられている彼の洗脳を解くことだ。
困惑の色が見受けられる今なら、彼の耳に届くかもしれない。
痛みと悲しみから涙が止まらないがもう知ったことか。
「だから…、思い出してください私たちを! 私たちとの絆はそんなものだったのですか!?」
最終話まで投稿予定ですのでよろしくお願い致します。




