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63.消し去られた50年の歴史

「よぉ、気分はどうだ?」

 薄暗い部屋を唯一の光源である、さびた魔法具が天井でゆらゆらと揺れる中、一人の男が椅子に座らされているもう一人の男の前に立ち、その頭を掴んだ。

 だが掴まれた男は何も発することはなく、ただ一人でぶつぶつと何かを呟いていた。

「………」

「ふっ、やっと壊れたか。そろそろあのエルフたちにこの拠点が割れそうであったから、何とか間に合ったというところか。まったく、早いことだ」

「……」

「他に話してない話はあったか? 人間のふりをして騎士団に忍び込み、王女から情報を抜き取るだけ抜き取っただけでなく、最終的に自分の手で始末したエルフの話も、人間を潰すために他の種族を飼いならした料理人の話も、かつて仕えていた主人が大好きだった街だと知りながらすべてを塵にした女の話も、大量に人を殺めた少女の話も、計画を立てた中心人物たちの話も話し尽くしたのだが」


 エルフ? エルフは人間を戦争でホロボシタ?

 ニンゲンはエルフの奴隷にナッタ?

 俺がやったことはスベテマチガイダッタ?

 ワカラナイ、モウナニモ。

 タシカナコトは、エルフがニンゲンを滅ぼしたということだけ。


「ここまで行けば十分であろう。ようやく最後のピースがそろった」

「グエン王子、恐らくこの場所が割れました。直にエルフたちが来るかと」

「スミスか。わかった。というよりも、まさかこの国の情報媒体が全部、エルフに掌握されているとは…、そんなこと聞いたこともないぞ。くそっ、元諜報員のエルフとやらの仕業か! もしかしたら、最初からこの国の情報は全てエルフが支配しているのか? いや、そんなはずはない。だが…、いや、まぁいい。この男がこうなったのなら話は別だ。まだどうにでもなる」


 立っている男は、そう言って近くにあったゴミ籠を蹴り上げた。

 だけどそんな音も、闇に項垂れている彼には届かない。


「…グエン王子はエルフを再び奴隷にしようとお思いで?」

「当たり前だ。スミス達は建国前に、奴隷として扱われていたのだろう? ならやり返せばいいではないか。やられたらやり返す。それが今この時代で起ころうとしているだけであろう。それにこの騒ぎでエルフを排除出来れば、俺がこの国の王になれるからな。親エルフの奴らは全員排除してしまえばいい」

「奴隷、までは言いすぎですがね。支配されていたのは確かですけれども」

「変わらないさ。今までエルフたちは俺たち人間を見下していたのだろう!? ならば

排除されて当然だろうが! たとえ昔奴らが人間に支配されていたとしても知ったことではない。俺はエルフたちのあの、俺たちを下に見た態度が大嫌いなんだ」

「なるほど…。おっと、来ましたね。六人ともいらっしゃっております」

「よし、じゃあ計画の最終段階と行こうではないか。立て!」


 エルフがクル?

 六人? 

 エルフはニンゲンノテキ。

 エルフはドレイ。

 エルフは・・・ゼンインハイジョスル。


 ◇◆◇◆


 話は少し遡り、フィセルがグエンに連れ去られた直後。

「ごめんなさいごめんなさい、私が弱いからお兄ちゃんが、お兄ちゃんが!」

「ルリ落ち着きなさい。こうなったのは私たちのせいでもあるのですから」

 二〇〇年前の時代を過ごした家から帰ってきた私たちは、他の同志たちが待つ家に戻り、リビングルームにおけるいつもの定位置にそれぞれ腰を掛けた。

 先ほどと違う点は、ご主人様がいないことくらいだ。

 アイナがルリの背中をさすり、宥めているところを横目に見ながら、私は小さく息を吐いた。

 ルリはこういう時に、非常に脆くなる。

「…私の失策です。ご主人様があの家にいたという時点で、もっとグエン王子に警戒しておくべきでした。ご主人様に見られたことで気が動転して、協力者のことにまで気が回りませんでした」

 ご主人様にあの家の中が見られたことで、私はあの時は完全に頭が真っ白になっていた。

 今考えればもう少しうまく立ち回ることが出来たが、当時は上手く頭が働かなかった。

 だがどこかでいつかはこうなる気がしていたのは確かであるし、これによってわかりやすく事態が動いたというのも確かだ。

 恐らくこうまで突発的に仕掛けてきたということは、向こうもそこまで準備はできていないはず。

 そして、恐らくご主人様を手にかけるなんてことはないはずだ。

 そんなことをしたら、私たち六人のエルフがどうなるかくらい向こうも分かっているだろう。

「謝罪より、今からどうするかだろ。相手方が完全に動き始めたってことだろ?」

「シズクは主に発信機を付けていないのかい?」

 シズクにバンがそう質問すると、彼女は頭を掻きながら面倒くさそうに答えた。

「発信機というか、幾つか魔法をかけておいたが解除されていた。どうやったのかは知らねぇ。正直私も驚いている」

「そうか、それで、これからどうするんだ? まずは俺らができることと、奴らがやろうとしていることを一旦整理しないか」

「そうですねダニング。いったん整理しましょう」

 ダニングの提案に乗っ取り、私たちは今の状況を整理することにした。

「まず、事の発端はアイナと一緒に行った騎士団の訓練ですよね?」

「はい、気が付いたらいなくなっていて、まさかグエン王子と接触しているとは…。本当にごめんなさい」

「今そこを気にしている暇はありません。そしてグエン王子はご主人様を二〇〇年前の家に転移させて真実を見せたと」

「っていう事は少し前に小屋に来やがった侵入者ってのは、グエンって野郎だろうな。私の結界を簡単に破りやがって…。これは私の所為でもあるな。ちっ、しかもご主人が作ったオリジナルの転移玉を盗んでったってことだろ? 腹立って仕方がねぇ」

「そうですね。あそこにはレシピも保管してありましたから恐らく自分でも作ったのでしょう。先ほどご主人様を連れて逃げた時も転移玉を使っていたようですし、他にも盗まれたものがあるかもしれません。どうやってあの家の位置を特定したのかは分かりませんが」

「そしてご主人は連れ去られたと。ここまでが今日あった事実だな」

 ダニングのまとめにみんなが頷く。

 よし、整理ができ始めてきた。

「そして次はグエン王子の目的ですね。シズクはこれまでで何か掴めていますか?」

「特になんにもだな。…いや、一個だけあったな。王城に仕掛けた盗聴器の情報なんだが、最近エルフに不満を持つ奴が多いっていう話し声は耳にしたな。まぁ、そのうち情報媒体に何らかの情報が流れてくると思うから、それ待ちだな」

「やはりグエン王子の目標はエルフの排除なのでしょうね。そして私たちの動きを止めるためにご主人様を拉致した。そう考えるのが一番妥当ですね」

「じゃあなんでわざわざご主人様を一度あの家に転移させたのでしょうか?」

「多分、主に俺たちへの不信感を募らせるためだと思う。現に俺らは一年以上も主に言えなかったことを隠してきたわけだからね」

 アイナの疑問に、同じ色の目をしたバンが答える。

「バンの言う通りです。そしてもしかしたら、もうご主人様は私たちを仲間と認めてくれないかもしれません」


 場が一気に静まり返る。

 だが最初から覚悟していたことだ。

 そもそも最初からあの家を焼き払っていればこんなことにはなっていないのだが、それは私たちがしてきたことへの否定及び逃げだと思い行動に移せなかった。

 そしてまんまとグエン王子の計画の一つに使われてしまったということだ。

 唯一後悔していることは、結局一年以上も何も明かさずご主人様とずるずる共同生活を送った結果、この幸せを手放したくないと思ってしまうようになったことか。

 要するに、私たちは全員過去と向き合うことから逃げてしまっていたということだ。

 だけどもう遅い。


「ご主人様は何としてでも救出します。そしてグエン王子の謀りも打ち砕きます。もしご主人様に拒絶されたとしても、私たちの使命は人間とエルフが笑いあえる世界を守ることなのですから。それに、そのため準備はしてきました」

「そうだな。っていうかグエンってやつは、過去に人間はエルフに支配されていたからやりかえすっていう理由でまたエルフを支配しようとしてんのか? あほらしい」

「そうでしょうね。それに今の人たちはかつて私たちが人間の奴隷だったことなんて知らないでしょうし、エルフも私たちが制限しているので言えないから不満を抱くのは当然でしょう。何者かが彼に吹き込んだ目先の情報に踊らされて」

「今回の件がエルフたちに知られたら怒りは爆発してしまうだろう。『お前たち人間のほうが我々に酷いことをしてきた』とな。そして人間とエルフに溝ができ対立する。最悪のシナリオだ」


 ダニングがそう不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。

 私たちはご主人様が亡くなった二〇〇年前から計画を動かし始め、五〇年かけて準備し、五〇年で戦争を終わらせた。そして今、建国から約五〇年経っているということは戦争の終結から現在までに空白の五〇年間がある。

 私たちがご主人様にずっと言えなかった空白の五〇年。

 再会したご主人様にずっと言うことのできなかったこの期間で、戦争に勝った私たちエルフは確かに人間を支配していた。

 その時の王国の名を『エルフィセオ』。

 そして初代国王は私こと、ヴェルが勤めた。

 どうして、そんなことをしたのか。


 理由はいくつもあるが、一番の大きな理由としては、戦争に勝った私たちエルフがすぐに人間と平等に手を結ぶとなると、過去にひどい目にあわされたエルフたちの不満が爆発してしまうからだった。そして何を隠そう、いざ戦争に勝ち人間を蹂躙したときに私たち六人も人間に対する憎悪が暴発してしまったのだ。


 無様に泣いて媚びる人間を見ると余計にその思いは重みを増し、私たちの心を蝕んでいった。

 戦争という手段を取ってしまったのもご主人様という心のブレーキがいなくなった結果、失せたと思っていた人間への恨みが制御しきれなくなってしまったからであろう。

なんと醜いことだろうか。そこにはご主人様への忠誠なんてものは、もうなかった。

 だから私たちは五〇年間という期間を設けて、エルフをかなり優遇する政策を行った。


 というよりも我に返り、五〇年を過ぎたあたりでその政策を打ち止めにした。

それが今でも一部の人間が経験し、後世に語り継ぐことを禁止している暗黒の時代で、それが存在したのは確かであり、およそ五〇歳を超えている人間はこの時代を経験しているということになる。

 そしてこの計画を、エルフの自尊心を保つためにも『人間奴隷化計画』として展開していった。

 もちろん実際はエルフが人間に対して奴隷のような扱いをすることは禁止していたし、当時それを厳重に取り締まっていたのが、今シズクの運営している『黒の組織』である。


 しかし、扱いは平等ではなかった。

 こうして五〇年かけエルフの鬱憤を晴らすことによって最終的に王権を人間に戻し、今のような国となったということだ。だからエルフからしてみれば、妥協に妥協を重ねたのに人間側が都合のいいところだけ切り取って発信しているようにも思えてしまうし、人間からしてみればそんなことを隠していたのかという不満が爆発してしまう。


 これを利用して王国内を混乱に陥れ、それに乗じて王権を勝ち取ろうとしているのだろう。

 彼からしたら嫌なエルフも排除出来て、さらには王権も取れる。

 最高の展開なのだろう。

 そしてそのためにご主人様を拉致して私たちの行動を制限した。

 これがダニングも言っていたシナリオだ。


「さて、相手の狙いも分かったところですし今後について考えましょう。まずはシズク」

「なんだ?」

「あなたは出来るだけ早くご主人様の場所を特定してください。どれくらいでできますか?」

「多分すぐできる。だが、見つけてすぐに動くのはスマートじゃねぇな。準備が完璧に整ってからまた報告する。あと、王都の情報網は一通り確認しておく」

「分かりました。ではダニングはもしもの時のために貯蔵できる食材や日用品などをありったけ収納袋にでも確保しておいてください」

「わかった」

「そしてアイナとルリはシズクが怪しいと思ったところを伝えられるたびに特攻してください。あなた達ならできますよね?」

「わかりました」

「うん…、グスッ、絶対お兄ちゃんを助ける」

「じゃあ私とバンは諸々の指揮を執ります。エルフ、人間問わず混乱が生じるまでに手を打たなければなりませんからね」

「わかったよ。…懐かしいねこの感じ」

「では各々最善を尽くしましょう。そして、ご主人様に手を出したことを後悔させて差し上げましょう」

 そしてシズクからご主人様の場所を特定したとの連絡が入ったのはわずか数時間後の事だった。


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