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62.つないだ手、解ける指

「一体どうやって結界も破らずにここへ入ったのでしょう? 流石ご主人様ですね、私の想像の範疇を超えてきます」

「ちょっと待ってくれよ…。もう今頭が真っ白なんだ。思考がまとまらない」

 俺は頭を抱えて思考をまとめようとしているが、ヴェルは眉一つ動かさずにこちらを見ていた。

 もう背中は変な汗でびっしょりで、立っているのがやっとである。


「おそらく、少し前にここに侵入した無法者が手引きをしたのでしょうね。玄関にご主人様が、二〇〇年前に開発したオリジナルの青玉が転がっていましたので。いやはや、保管していたご主人様製の転移玉を盗まれて利用されるとは。それかもしかしたら自分で作ったのかもしれませんね」

「…そうだよ。ここに連れてきたのはグエン王子だ」

「やはりですか。それで、真実を知ってしまったと」


 随分と他人事のようにヴェルは無表情で告げる。

 やばい、思考が全くまとまらない。

 彼女の不自然なまでの落ち着きが、余計に俺の思考を狂わせた。


「…一旦今住んでいる小屋に帰って落ち着きましょうか。そこですべての真実を話します」

「う、うん…」

 彼女はそう言ってポケットから転移玉を取り出したて地面に落とした。

 しかし、そのガラス玉は割れてもいつものように光を出すことはなく、色を失い地面に透明な粉となって散らばった

「っ!? まさかこれは…」

 ヴェルが俺の手を掴み、引き寄せたと同時に老朽化した床が限界を迎えたのか、嫌な音と共に底が抜けた。

 俺は彼女の手を掴むことが出来ず力が抜けたままだったが、彼女は俺のことを抱きしめ何かの魔法を発動させ一切の衝撃を逃がしてくれた。

「ヴェル!? 大丈夫か!」

「はい、私は大丈夫です。ご主人様は大丈夫ですか?」

「うん、おかげさまで」


 俺がそう言った後に、落ちてきた穴の上を見上げるとそこには不敵な笑みを浮かべた男が俺たちのことを見下ろしていた。


「どうだ? 今の気分は。いいなその顔、俺の大好物だ」

「お前っ、何のつもりだ!」

「なんだ、さっきまで敬語使ってくれていたのに、もうお前呼ばわりか。別に俺は構わないが。寛大だから許してやろう。それでどうだ? 真実を知った気分は?」

 奴はそう言いながら、先ほどまで俺たちが居た部屋から、今俺たちがいる部屋へと飛び降りた。

「なんだよ、なんなんだよ一体! もう何が何だか分からないよ!」

「先ほどお前も見ただろう? あれが真実だ。そして…、お前はヴェル・フィセルか。初めましてになるな」

「」

 グエン王子は俺の叫びを耳障りそうに流し、ヴェルの方を見つめた。

「初めまして、私がヴェル・フィセルです」

 そしてその視線の先の彼女は先ほど俺と話した時と同じように、冷静な口調で彼に答えた。

「随分と速い到着だったな。もう少し遅れてくると思ったが。貴様らの家は大丈夫なのか?」

「なっ、家!? あの家に何かしたのか!?」


 俺が思わずそう大声を張り上げると、ヴェルは未だ掴み続けている俺の手を軽く握りなおした。

 その手は恐怖と覚悟で震えているようであった。 


「やはりあれは貴方の仕業でしたか。ご安心ください。それについては、私たちの仲間には腕利きの者が多くいますので心配には及びません。そして優秀な諜報員のおかげで、最悪の事態になる前に駆けつけることが出来ました」


 俺の知らないところで着々と何かが進んでいるようだが、何も知らない俺は目を伏せた。

 こんな時になっても俺は何の役にも立てない。


「この家にかけた認識阻害魔法も自信があったのだがな。これを破るとはさすがエルフといったところか」

「それはこちらのセリフです。よくこの家にたどり着きましたね」

「それで? 何をしに来たんだお前は?」

「何をしに? それもこちらのセリフですね。いったいあなたは私たちのご主人様に何をするおつもりですか」

「こいつに真実を教えてやっただけだ。そうすればこいつはお前らのことを信じられなくなるからな。それほどまでのことをしてきただろう?」

「確かにそうかもしれません。でも、たとえ私たちはご主人様に嫌われても、軽蔑されても、拒絶されてもその身をお守りすると決めたのです」

「その血にまみれた手で何が守れるというんだ」

「ご主人様のすべて、そして王国の未来です」

「エルフと人間が共存しているこの世界をか。反吐が出る」


 先ほどから繰り広げられている静かな戦いに、いくつもの不穏な単語が出てきたが少しずつ、俺の気持ちも落ち着いてきた。

 ヴェルの想いに嘘はない。そして彼女たちは俺と共に思い描いた未来のために羽ばたき続けている。この手の温もりは俺が守ってきたものだ。

 だから俺は彼女たちともう一度話さなければならない。

 彼らの邪魔にならない限り、俺はエルフたちと共に生きていくと決めたんだ。

 この俺よりも少し小さく綺麗な手を、離してはいけない。


「そうだ。俺はエルフたちと共に歩んでいくと決めたんだ。誰にも邪魔させない!」

 俺が顔を上げてそう言った瞬間、三人の周りを邪悪な何かが包み込んだ。

 先ほどまで掴まれていただけだったヴェルの手を俺は強く握る。

「…お前は何を言っている? そんなことが許されるとでも思っているのか。できれば自分の足でこちら側に来てもらいたかったが、なるほどこの程度では貴様たちの絆が断ち切れないということか。これは再教育が必要なようだな」

「ヴェル!?」

 グエン王子がそう吐き捨てたと同時に、不意にヴェルと繋いでいた手が解けた。

 すぐに繋ぎなおそうとしたが、その手は虚しく空を切る。

 そして黒い霧に包まれていくと同時に意識が遠のいていき、俺の手は何者かによって津再び掴まれた。だが明らかにヴェルのそれではない。

「ご主人様!? ルリ!」

「お兄ちゃんを離せええええええ!」

 失いつつある意識の片隅に、どこから来たのかルリの声が響く。

 次の瞬間、部屋の隅に佇む窓からルリがガラスを蹴り破り入ってきたが、もう顔はよく見えなかった。

「お前は誰だ! お兄ちゃんに何をした!」

「おぉ、怖い怖い。お前がSランク冒険者のルリ・フィセルか。本当に殺しに来ているではないか」

「そんなことは聞いていない、早くお兄ちゃんから離れろ!」

「おぉ怖っ。殺気で空気が振動してるじゃねぇか。別にただ少し行動を制限させてもらっただけだ」

「じゃあお前はここで死ね! 全部燃えて骨まで灰になってしまえ!」

「ご主人様! 返事をしてくださいご主人様!」

 二人のエルフの声が混ざるが、もう俺に声を発するほどの気力は残っていない。

 そして今、俺の腕を掴んでいる者は誰なんだ。

 最後の力を振り絞り、闇に歪む視界がとらえたのは先ほどまで相対していたグエン王子ではなく、見たことのある初老の男性であった。

「申し訳ありませんね、フィセル様。ではいきましょうか」

 この声の正体は間違いない。王城の執事であるはずのスミスさんだ。

 王城であった際には、エルフと人間は共存できると言った彼がどうしてグエン王子と共に?

 なんで? まさか黒幕はグエン王子だけじゃなくて…。

 そして俺の意識はここで途切れた。


 ◇◆◇◆


 ……どこだここは。

 目隠しされていていて見えないうえに、手足も椅子か何かに固定されている。

 というか俺はどれくらい気を失っていたんだ?

「やっとお目覚めか」

 俺が暗闇の中藻掻いていると、前方からあの糞王子の声が聞こえてきた。

 ということは彼らの拠点に連れ込まれてしまった感じなのであろうか

 そして今、この場にスミスさんがいるかどうかはちょっとわからない。

「それにしてもこの転移玉は便利だな。お前のおかげで自分で作れた。やはり俺は天才だな」

「どういうことだ?」

「お前もあの家の中を見ただろう? あそこにはお前が開発したと思われる魔法具とかの作り方も残ってたからな。試しに自分で作ったら出来たのだ。だから先ほどエルフたちと交戦したときもこの魔法具のおかげで逃げられた」

「お前の目的はなんだ!? 何をしようとしているんだ!?」

 ガタガタと、体全体を使って括り付けられている椅子から逃れようとするが俺の貧弱な力では到底壊れる様子もなく体力だけがどんどん減らされていく。

 だけど動きを止める気にはなれなかった。

「目的? そんなもの決まっているだろう。エルフを昔のように、奴隷にすることだ。一人残らずな」

「は?」

 あまりの衝撃に俺は言葉を失い動きを止めてしまった。

 本当に、目の前の男が何を言っているのかが分からなかった。

「というかあの家の書類からおおよそ見当はついているだろう。奴らは人間の国を滅ぼして、その後五十年間ほど人間を支配していたのだ。だから今度は人間がやり返す。何かおかしな話か? この話を聞けば多くの人間がこちら側につくことであろうよ。隠された過去では人間がエルフに支配されていたのだからな。それに容姿の綺麗なエルフを好きにできるとなったら醜い人間どもは躍起になるだろうよ。かくいう俺も、あの家を調べるまでは、更にその昔はエルフの方が奴隷だったなんて知らなかったがな」

 ガツンと頭を打たれたような衝撃が走る。

 当たり前のことのように、一番聞きたくなかった言葉が俺の耳を通過した。

 エルフが人間を支配していたという言葉、そしてあの家で見た『人間奴隷化計画』という文字。

 すべての点と点がつながってしまった。

「だから俺は少し前から王城でエルフの悪評を広め始めて、少しずつ派閥を増やしていった。何も知らない奴ほど簡単に操れるからな。そしてこれからは、新聞や放送器具を使って全人間に呼びかけてすべてのエルフを捕らえるという算段だ。だがこれにはどうしたってこの国の中心部に巣食う六人のエルフたちが厄介だからな。お前を人質に取らせてもらう」

「人質…」

 それは俺が一番恐れていたことである。

 考えうる最悪のことが目の前で繰り広げられている事に俺は、ようやく気が付いた。

「今生きている、普通のエルフたちはあの六人によって行動が制限されているのであろう? そしてあのエルフたちは元を辿ればお前のために動いている。ということはお前を人質にとり、あいつらの機能を停止させればエルフの動きも停止するという訳だ。何という簡単なことか」

 …いや、前に彼らに伝えてあるから大丈夫なはずだ。

 俺が何かに巻き込まれたときは、エルフのために動けとそう伝えてある。

 だからきっと彼らなら自己判断で動いてくれるはず。

 この平和な世界が保たれるのなら、俺は死んでも構わないから。

 もうぐちゃぐちゃの脳内で俺は、それでも彼らを信じたかった。

「だが、もしもの事を考えてだな。お前にはこちら側についてほしいのだ」

「な、なんだ!? やめ、やめろ…! やめてくれ!」

 だがそんな思いも虚しく、かすかに場の空気が変わってきたと思えば、突然俺の頭の中が真っ白になっていく感覚に襲われた。

「知っているか? 今の王族の奴らは、それぞれ相手の何かを『止める』固有の魔法が使える。パトラは相手の動きを、確かクレアは相手の視界であったか。それで俺はなんだと思う?」

 奴が何か言っているがもう俺にはよくわからなくなってくる。

 頭がグワングワンしてもう右と左も分からなくなっていくようだ。

 マテ、今ナニガ起コッテイル?

「俺は相手の思考を止められる。ふ、ふははは! だからこれからは俺の話を受け入れることしかできぬ。今お前の心には絶望とあいつらに対する不信感しか残らぬのだ!」

 脳裏にあのエルフたち六人の顔が浮かぶがどんどん黒い靄に包まれていく。

 やめろ、頼むやめてくれ。

 頼むかラ…。

 あ、あれ? このエルフたちの名前は…?

 もう、何も見えない…。

 何も聞こえない。

「あぁ…」

 …エルフ? なんだその言葉は。

「さぁ、エルフを恨め。悲しみの底に落ちろ。ともにエルフを排除しようではないか」


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