61.気配のその先
「…どこだここ?」
転移玉の光が徐々に消え失せ、少しづつ目を開けるとそこはとある建物の玄関のようであった。
だけれども中はもうぼろぼろで埃にまみれており床は朽ち、今にも倒壊しそうだ。
試しに先ほど外に出てみようとドアの鍵を開けたはずなのに、扉は開かなかったから恐らく普通の家ではないのであろう。
どうやら俺はあのグエン王子とやらによって完全に閉じ込められてしまったようだ。
「ここにずっと立ってても何も起こらないし、先に進んでみるか」
俺は恐る恐る廊下へと踏み出したが、その拍子に床からありえない音がした。
ほんとに大丈夫だろうか。
こんなところで誰にも看取られることなく死にたくはない。
そんな不安を抱えながら、なんとか一歩一歩確認しながら前へ前へ進むことにしたのだが、特に今誰かが住んでいる様子もなく、明かりは外から入ってくる日の光だけでどんどん不安が募っていく。
いや、明かりの少なさが不安なんじゃない。
見覚えがあるから不安なんだ。
もうわかっている。ここがどこなのかくらい。
「ここは…、二〇〇年前俺たちが住んでいた家だ」
◇◆◇◆
一通り小屋の中を探索してみたが、やはりここは昔の家のようだ。
もうぼろぼろになってしまっているが、間取りは今の小屋とも一致するし、リビングの柱につけてあった、ルリの成長を傷にして残したものもなんとなくではあるが発見した。
エルフたちに俺が与えた部屋も試しに一通り見て回ったが、埃まるけで床がぼろぼろになっていること以外は特に目新しい物はなく、残すは二階のみとなっていた。
なんとか軋む階段を上がり、ほかの部屋を探索した後俺の部屋の前まで到達する。
ドアに手をかけてみると鍵はかかっていないことが分かった
だから入ろうと思えばすぐに入れる。
だけれども俺はこの部屋を開ける勇気が持てなかった。
ここには俺が目をそらし続けた真実がある気がしたから。
何回もドアノブに手を掛けようと伸ばし、引っ込める。
もう何回繰り返したかわからない。
「どうする…、俺」
迷いに迷った俺はこれまでの事を考えてみることにした。
グエン王子がここに俺を転移させた理由はなんだ?
あいつは言ったな。「俺の仲間になれ」と。
すなわち、あの人からすればこの家にはこの国が隠してきた真実があるということになる。
そしてそれを見れば俺がエルフたちと縁を切ると確信を持っているのだろう。
まるで人間とエルフは分かり合えないと言われているようだ。
ふざけるな。
何も知らないあいつにそんなこと言われる筋合いはない。
そうだ。別に今までの一年間で目をそらさなくてもよかったじゃないか。
多分俺は全部を知ってもあいつらを受け入れることができる。
あんな糞王子の思惑に乗ってやるかよ。
俺はここですべての真実を知って、そのうえでエルフたちと手を取ればいい。
だから今、俺がすべきは…。
俺はドアノブを握る手に力を籠め、扉を開けた。
◇◆◇◆
開けた視界のその先には、昔俺が住んでいたままの状態の部屋におびただしい量の書類や本が乱雑に散らばっていた。
勿論ベッドや机は他の部屋と同じように埃まるけになっているが、何とか書類の文字はまだ見えそうである。
というか書類や本だけ、明らかに誰かに障られた形跡が残っていた。
「ベッドとか机は俺の物だけど…、この書類たちは見たことないな。俺のじゃない」
床に散らばっている紙の一枚を拾い上げ内容を少し流し読みしてみる。
てっきり俺が昔書き残した魔法薬や魔法具の作り方のレシピが氾濫してしまったのだと思ったが、どうやらそうではないようだ。
そしてところどころ見たこともない文字で書かれていることから多分、エルフたちが書いたものなのだろう。
書類から目をそらし、部屋の壁に沿っておかれている本棚にも目をやるが正直何が何だかわからないしどれが大事なのかもわからない。
分からないことだらけだ。
「結局なんかよくわからないな。手あたり次第見るのも骨が折れそうだし、もうこのあたりで探索は…」
一人でつぶやきながらぐるりと一周目を滑らせていたところ、俺はとあるものを見つけた。いや、見つけてしまった。
なぜだか俺の目に、その物体だけ浮いて見えたのだ。
「…こんな金庫、俺の部屋にあったか?」
ドアから入ったときはちょうど見えなかったが、机の後ろ側に少し大きめの金庫が佇んでおり、ゆっくりと近づいていくとその金庫だけはなぜかあまり古くはなっておらず鍵は差しっぱなしになっていた。
それから俺は金庫を開けてから、なぜか不自然においてあった、人間の言語とエルフの言語の変換表を片手に、夢中で中に入っている書類を床にばらまき読み漁り始めた。
するといろいろな事実が浮かび上がってきたのだった。
エルフが人間と戦争を起こした。
書類にはその計画書及び、結果のようなものが綺麗にまとめられており、全部読んだがあまり衝撃はなかった。
変わらない街並み、発展しない魔法・魔法具、消したい過去。
これ自体は彼らと再会してすぐに俺がたどり着いた仮説とほぼ一致していた。
俺が二〇〇年前に思い描いたシナリオは、あくまで六人のエルフたちがなんとかして全てのエルフを救出するというものであったが、彼らは俺の予想に反し、戦争による救出を試みた。正直、事実ではあってほしくなかったことだが、おそらく彼らが悩みに悩んだ末にたどり着いた結論だったんだろう。
確かに俺はエルフを助け出す魔法具を開発しながら、どうすればエルフが完全に開放されるかはあまり考えていなかった。
エルフの寿命は長いからその間になんとかなるに違いない。
その程度でしか思い描いていなかった。
それに俺が転生することになった以上、早めに全てを終わらせたかったんだろうし、それには戦争という手が有効なのも分かる。
人間に対してやり返したいという思いが生まれても仕方がないというのも分かる。
その選択によってどれほどの犠牲者が出たか分からないけど、俺が彼らを攻める権利なんてどこにもない。
言ってしまえば俺も共犯者だ。
だけど、だけどもう一つの書類の束に目を通したとき、俺の思考は一文字目を進めるごとに、完全に止まってしまった。
書類の一番上に書かれていた文字。
『人間奴隷化計画』
この文字を見て俺は膝から崩れ落ちてしまった。
床が嫌な音を立てるのを聞いて、無意識に金庫に手を伸ばし何とか立ち上がったがもう感覚はない。
呼吸は荒く、視界が徐々にぼやけていく。
一体、一体何が起こっているんだ。
俺の知らない二〇〇年にいったい何があったんだ。
嘘だ、これはグエン王子の策略だ。
そう願いたかったが、この書類の字には見覚えしかなかった。
この柔らかくもどこか芯の感じられる文字を書くのは、俺の知る限りで一人しかいない。
その者の日記を読もうとしたが解読できずに諦めた記憶が、全身を雷のように通り抜ける。
ほぼ放心状態のまま、目の前の書類たちに目を通し続けていると、先ほど俺が通った扉の方からかすかな音と気配を感じた。
間違いなく誰かがいる。
振り返ってはいけない。頼むから振り返るな。
そう理性も本能もが泣き叫んでいたが俺は振り返るのを止めることは出来なかった。
ゆっくりと、視線をずらしていく。
「ようやく私の気配に気が付くようになったんですね、ご主人様」
俺が見つめたその先には、二〇〇年前俺が暮らしていた部屋のドアの前には、無表情で凛と立つ銀髪のエルフの姿があった。
そのきれいな瞳を見つめ、何か言葉を発しようと思うがまったく出てこない。
「それが、私たちの歩んできた二〇〇年の真実です」
そして彼女はいつもと同じ口調でそう告げた。




