60.すべてはここから
お久しぶりです、破綻郎です。
突然いなくなってしまい申し訳ありませんでした。
半年ほど空いてしまいましたが、再び投稿の方を再開させていただきます。
最後までお付き合いいただければ幸いです。
俺がかつて生まれ育った国にはエルフの奴隷制度が存在していた。
それはそれはひどい扱いであった。
とあるエルフはモノのように扱われた挙句、見たこともない病に侵された。
将来を有望視されていた双子のエルフは、両の目を潰されて光を見ることさえ許されず、料理の腕に自信と誇りがあったものは舌を切られた。
人間に死んだほうがましだと思えるような凌辱を受けたのちに、呪いまでかけられた者もいれば、目の前で母親を人間に攫われて何週間も荒れ果てた大地で、死の淵をさまよったエルフもいた。
だから俺は変えたかった。
そんな世界を、常識を、ルールを。
そして俺には僅かだがそれを可能にする力があった。
財力があった。
センスがあった。
結果も伴った。
だけれども、俺の体は自分が想像したよりも強くなかった。
だからこそ俺は彼らに託した。
俺が救った六人のエルフに、二十年間を共に過ごした仲間たちに。
この間違った世界を元に直すことを。
もう誰も苦しむことのない世界を作り出すことを。
みんなが笑いあえる世界を作れるようにと。
そして俺は二〇〇年間という深い眠りについた。
その後目を覚ました俺が最初に見た景色は素晴らしいものだった。
これこそ俺が思い描いた世界。
そう思えるほどだった。
だけど…、なんだよ、なんなんだよこれは。
俺は目の前にある書類の束に力を込める。
思わず足にも力が入ってしまい、今にも抜けそうな床が嫌な音を立てる。
どうやら建物というのは二〇〇年も経つと、そろそろ限界が来るらしい。
だけどそんなこともう頭で処理できないくらいには限界が来ていた。
「いや…、俺はあいつらを…憎んだりはしない。軽蔑したりもしない。俺はあいつらが大好きだから…。あいつらは何も悪くない。悪くない…」
震える口で何とか言葉を紡ぐがまったく力がこもっていないのは自分でもわかる。
だけどこれは本心だ。俺があいつらを憎むことはない。
それは何度も自分自身で考え付いた結論だ。
それでも血の気が引いているのは確かである。
踏ん張っていないとすぐにでも意識が飛びそうと思えるほどだった。
そのまま目の前の書類たちに目を通し続けていると、先ほど俺が通った扉の方からかすかな音と気配を感じた。
間違いなく誰かがいる。
振り返ってはいけない。頼むから振り返るな。
そう理性も本能も泣き叫んでいたが俺は振り返るのを止めることは出来なかった。
ゆっくりと、視線をずらしていく。
「ようやく私の気配に気が付くようになったんですね、ご主人様」
俺が見つめたその先には、二〇〇年前に俺が暮らしていた部屋のドアの前に無表情で凛と立つ銀髪のエルフの姿があった。彼女が現れたことでドア付近のホコリが舞ったが、それはまるで儚く散っていく雪のように沈んでいった。
「それが、私たちの歩んできた道です」
今の俺は一体彼女にどのような表情を向けているのだろうか。
そんな俺とは対照的に、いつもと同じ口調で彼女は、他愛もない話をするようにそう告げた。
◇◆◇◆
「フィセルさんもだんだん騎士団の訓練にも慣れ始めたようですね」
「だろ? いつかクレアくらいならちょちょいのちょいで、ぼっこぼこの…」
「あ、それは絶対ないので大丈夫です。褒めた私がバカでした」
「なんだと!? ほらアイナもなんか言ってくれよ、この王女様、自分の力を過信してますぜ」
「いや、ものすごいブーメランが突き刺さっているんですけど…。これはその、ギャグですか? ギャグですよね?」
「…うん、まぁ。…ソウダネ」
俺はこの日、アイナと共に騎士団の訓練に顔を出していた。
といっても俺は少し離れて騎士団と同じ動きをするだけだけだが、これでも昔よりかは付いていけるようになったほうだ。
魔法が完全に使えないことが判明している以上、すべての鍛錬の時間を剣技に使えるというのも大きかったかもしれない。
だがそうはいってもどうやらクレアには一生たどり着かないらしい。
以前話した王城に仕える執事のスミスさんも、『クレア様もパトラ様も代々の王族の中で群を抜いて優秀です』とおっしゃっていたのを思い出し、少し恥ずかしくなる。
「よし。それではアイナさん、私たちは向こうに戻りましょう」
「そうですね。ご主人様は好きにお過ごしください」
「おっけー!」
俺は親指を立てて彼女たちを見送ったのち、近くの木陰に腰を掛け置いてあった水筒に口をつけてのどを潤していく。
乾いたのどには無味無臭の水が一番しみる。
「ふぅー、そう言えば最初にここで騎士団の訓練に混ざったときから、もう一年以上経つんだな。時の流れってはやいなぁ」
かつて俺に仕えていたエルフたちと再会して一年と半年、いやもう少しか。
それくらいが経った今、俺はぼーっと空を見ながらそう呟き、すこし感傷に浸っていた。
目を閉じれば蘇る、春夏秋冬をすべて経験した共同生活の数々の思い出。
それは毎日が昨日のことのように鮮明に思い出せるほど濃く、充実したものだった。
今日だって朝早く起きて、バンやアイナと駄弁りながら軽く体を動かしたあとダニングのおいしいご飯をシズクとルリと一緒に食べて、ヴェルにちょっとからかわれつつ昼を迎えた俺は、騎士団の鍛錬に混ざって…。
地図の無い真っ暗闇で、ただひたすら自分の命の灯火を燃やし尽くしていた二〇〇年前とは違う、みんなが胸を張って暮らせる世界がここにあった。
彼らと再会して最初の方こそいろいろと変な邪推をしたものだが、あの時深く考えることをやめたから今こうして楽しく過ごせているのだろう。
あの時の判断は間違っていなかったかもしれない。
「多分、これが俺の取れる最善策だったよな。そしてそれはこれからも」
俺は先ほど指を立てた右手を目の前に持って行き、ゆっくりと開いた。
過去にこの場所でアイナから忠誠の儀を受けた右手を。
剣を振り続けた証拠である、マメができては潰れてを繰り返したぼろぼろの手を。
研究者で引きこもりだった昔の俺からは考えられない掌だ。
いや、あの頃もよく手に薬品こぼしてぼろぼろになっていたか。
途中から回復薬を使うのも面倒になってそのままにしてたっけ。
「まぁいいや、いよっし! じゃあどうしようかな。とりあえず便所でも行くか」
そして俺は一息ついた後立ち上がり、少し離れた便所まで歩いていくことにした。
もう何回かこの訓練場には来ているから場所はしっかりと把握している。
最初に来たときは迷って、王城の中まで行ってしまったのは懐かしい思い出だ。
警備員の人に捕縛されて半泣きになりながらダニングを待ったけなぁ。
思い出したくもない俺の黒歴史である。
「ふんふーん、今日の晩御飯はなにかなー」
なんて嫌な気分を払拭するために、下手糞な鼻歌を交えながら俺が便所に向かう道中の事だった。
「もし、そこの少年。少し話をしないか?」
そう呼び止められて後ろを振り向いた瞬間、突風が俺とその人の間を吹き抜けた気がした。まるで風向きが変わったかのように。
「…あなたは誰ですか?」
「そんな警戒してくれるな。それも含めて一度話そうじゃないか。少し場所を移そう」
俺の目の前に立つ緑色の髪をした一人の青年が、髪を弄りながら不敵に笑っていた。
◇◆◇◆
「さて、すこし話そうじゃないか。あぁいい、そんな硬いことを話すつもりはないから楽にしてほしい。ただの世間話さ。ほらほら早く!」
先ほどロットと名乗った、俺より少し年上に見える緑色の髪の青年は、訓練場の近くにあるベンチで隣に腰を掛ける俺にそう言って温和な笑顔を見せたが、正直信じるつもりはない。
これでも俺は一応過去に巨額の富を築いた男。
嘘で俺にすり寄ってくる奴なんて、かつてはごまんといたしある程度なら見極めることができると自負している。
そしてこのロットという男はそんな俺のセンサーに引っかかっている。
今もなお、センサーが正常に働いているかどうかは不明だが用心するに越したことはない。
「わかりました。…ところであなたは何者なのですか? なんでこんなところに?」
「僕? いやただ散歩がてらにここを訪れただけだよ。ここは一般人でも立ち入りが許されているからね。僕みたいな一般人が訪れることのできる、王城に一番近い場所だから気に入ってるんだよ。それに君は何でここに?」
「別に、知り合いがここで活動してるから見学していただけですよ。深い理由はありません」
ややぶっきらぼうにそう答えて俺はポケットに手を突っ込んだ。
中にはかつてルリに貰った赤玉が入っているから、何かあれば森の中の家まで一瞬でワープすることが出来る。
ただ、なんとなくこの男から何も聞かずに帰るのはもったいない気もするのは確かだ。
もう少しだけ粘ろうか。
そう判断した俺は目線を逸らしながら、ポケットの中のガラス球を転がした。
「またまた、さっきまであの元騎士団長のアイナさんと一緒にいただろう? あのエルフでもかなり有名な。美人だよねぇ彼女。一体君と彼女はどういう関係なんだい?」
「あなたには関係ないでしょう? 話がそれだけなら僕はもう帰りますよ」
「ちょっと待ってよ! まだ話は…」
やはりこの男と関わるのはもうやめておこう。
アイナの名前が出た時点でもう無理だ。
そう思い立ち上がろうとした俺の手を、思わずと言わんばかりに謎の男は力強くつかんだ。
ここでようやく俺は初めて男の瞳をまじまじと見ることになったのだが、俺はすぐにこの瞳に既視感を覚えた。
この国では珍しい、クレア王女やパトラ王女と同じ色だ。
「…あなたもしかして偽名使っていませんか?」
「藪から棒にどうしたのさ? 僕の名前はロットだよ?」
「いえ、なんとなく既視感というか…」
「既視感?」
男は俺の腕をつかんだまま、またニコッと笑ったがその反応で俺はもう確信した。
なんとなく纏っている雰囲気というか、あふれ出る魔力のようなものにも覚えがある。
まさかこんな形で因縁の相手と邂逅することになるとは。
「なるほど、そうか。納得がいきました。なんで俺に声を掛けたのかも、どうしてこんなんところにあなたがいるのかも」
「本当にどうしたのさ? 僕は…」
「あなたが次期国王候補のグエン王子ですね? はじめまして。随分と変な接触の仕方をしてくるんですね」
「……」
俺がそう告げると、男は驚きに満ちた表情を隠すようにゆっくりと手を俺から離してそのまま顔の前に持って行った。
そして先ほどまでの張り付けていた笑顔は豹変し、顔を上げると同時に高らかな笑い声と共に再び俺の方を見た。
「あははっははは、なるほど。流石だね君。びっくりだ。じゃあ、もうこの面倒くさい話し方は止めさせてもらおうか」
豹変。
本当にこの言葉がぴったりだ。
なるほどそしてこの男がグエン王子か。
お初にお目にかかるが、中々に不愉快な笑い声である。
「あなたが反エルフを掲げていることも知っていますよ。だからこそこうやって俺に接触を図ってきたんですよね? 少し前にクレア王女のお父様が国王の座に即位なさったから」
「まぁね。以前からお前の事は何回か見かけていたからな。というか、バレているのならこの苔のような色の髪は不要だな」
彼が徐に指を鳴らしたと同時に、髪の色が緑色から赤色へと変化した。
クレアやパトラと同じ赤色の髪だ。
いや、そんな魔法知らないんだけど。
なんだよ髪の色を変える魔法って。
いったいどういう経緯でそんな魔法を開発しようと思ったんだ。
思わず元発明家としてそんな疑問を抱いたが、頑張って胸の中で抑えた。
「それで? 本当の用事はなんですか?」
「それに答えるためにもまず俺の質問に答えてもらう。お前は俺についてどこまで知ってるんだ?」
「どこまで…、ですか。さっき言ったように反エルフを掲げていることくらいですかね」
「どうせべらべらと話したのはあのジジイであろう? では、俺がなんでそんな思想を掲げているのかは知らないということか」
くそジジイとはスミスさんのことだろうか。
たしか彼は前に俺にこう言ったな。
「あくまで推察ですけど、『あなたがこの国が隠している過去を知ったからだ』とスミスさんは言っていました」
「あながち間違ってはいないな。大体はそんなところだ」
「そうですか」
俺はそう言ってこぶしを握り締める。
ふざけんな、元はと言えば人間がエルフに酷いことをしてきたからだろ。
過去に何があったのか俺は知らないけれど、元はと言えば人間が悪いはずだ。
それなのにこいつはいけしゃあしゃあと。
「で? なに、お前は知りたくないのか? 無いことにされている歴史の中で、この国に何があったか」
「まるであなたは全て知っているような口ぶりですね。過去について話したりするのは法律違反では? あなたにしゃべった人も、今あなたがしゃべろうとすることも駄目だと思うんですけど」
焦るな、相手のペースに飲まれるな。
深く考えることを放棄するな、俺。
「別に俺は自分の目で見たからな。そしてこれこそが今日お前に話しかけた理由だ」
「それはどういう…?」
「真実をお前に見せてやろう。そして俺の仲間になれ、フィセル。いやエルフたちの『ご主人様』」
そう言って彼はポケットから赤色に輝くガラス玉を取り出し、俺の足元に投げおろした。
俺の足元に落ちたガラス玉は割れると同時に淡く発光し、その光は俺を包み込んでいく。
この感覚は…、転移玉!?
「はぁ!? ちょっ、なんであんたが…・」
「これはかつてのお前の部屋から物色したものだ。まったくエルフたちは随分と優れた魔法具をもってやがるな、忌々しい。でも元はと言えばお前が作ったものなんだってな。…ってもう聞こえてないか」
彼が何かを言っているがもうよく聞こえない。
あまりに突然の事でパニックになる思考、狭まっていく視界。
そしてかろうじて俺が最後に聞き取ることができたのは。
「真実探しの旅へ行ってらっしゃい。ふ、ふははははっ」
という耳障りな笑い声であった。
10/15に、本小説の第二巻が刊行予定です。
この改訂版のとはそこまで差異はありませんが、少し閑話を増やしたり植田亮先生の口絵が素晴らしいものとなっておりますのでもしお見かけになったときは立ち止まって頂けると幸いでございます。
今後ともよろしくお願いいたします。




