57.ヒロインになりました
バンとともにジランド王国を訪ねてからおよそ2か月が経過したときのことだった。
いつものように朝の鍛錬を終えて家に戻り、ダニングから温かいご飯を受け取ってリビングへと向かうとシズクの姿があった。俺はテーブルに朝食の乗ったトレイを置き、椅子に座ってからシズクを見る。しかし彼女は俺に気づく様子はなく、コーヒーを片手に一冊の本の文字を仕切り目で追っていた。
いつもならこういう時、彼女は新聞を読んでいるはずなのに今日は珍しく本のようだが表紙は見えない。
俺はあまりに彼女が気づいてくれなくて少し悲しくなり、読書中のところ申し訳ないが声をかけることにした。
「シズク、おはよう。なに読んでるの?」
すると彼女は本から目を離して「あぁ、ご主人か。すまん」と小さく言ってから、今まで読んでいたところであろう場所にしおりを挟んで今までかけていた眼鏡を取り、大きく伸びを一つした。
そういえば彼女が眼鏡をしているのも珍しい。
「これは今、王都で有名な恋愛小説だ」
「恋愛小説?」
だがそんな疑問などどっかへ吹き飛ぶような単語が彼女から発せられて思わず聞き返してしまう。
この家にはそういうものに興味のある者はいなかったはずだけど。
「あぁ。なんだ、私がこういう本を読んだらいけねぇのか? ガラでもねぇのにって言いたそうな目だな」
「いや、そういう訳じゃないけれど・・・」
彼女は俺の狼狽えを感じ取ったのか、すこし不機嫌そうに俺の方を見た。
そういえば、うちのエルフの中では意外とシズクは乙女な方だったなと思い出し話を戻すべく俺は続けた。
「いや、いつも君が呼んでるのは新聞だったから少し驚いただけだよ。それで? それは面白いの?」
「んー。王都にいる部下に勧められたから読んでるって感じだけど、まぁまぁだな。あ、でもちょっと設定が変わってて面白いんだよ」
シズクは再び本を手に取り俺に表紙を見せた。
そこには大きく『禁じられた恋』という題名と、二人の男の絵が描いてあった。
「禁じられた恋? 異種族間恋愛とか?」
「なんだ? ご主人はエルフと人間が結婚しちゃいけねぇとでも言いたいのか? それは200年前の話だろ」
「あっ、いやそういう訳じゃなくて・・・」
またしても地雷を踏んづけてしまう。
それに伴いシズクが明らかに機嫌が悪くなった気がした。
「俺は別にいいと思うよっ! エルフと人間は結婚できるよ!」
「じゃあ私と結婚できるのか?」
「・・・・・・・・」
「おい、無言はやめろ。どうせ考えたこととかないんだろ?」
「・・・・うん。でもシズクのことは好きだよ」
俺が蚊の鳴くような声でそう言うとシズク少しびっくりしたような顔を見せた後、顔を少しだけ赤らめながらまたしても大きなため息をつき、頭を掻きながら俺の方を見た。
「ちっまぁいいや、まだ時間はたくさんあるしな。今日はその言葉に免じて許してやるよ」
だが何やらシズクの中で何か結論づいたようで機嫌は治ったようだ。
俺はそのことを確認してからまた話を戻すことにした。
「それで、その小説はどんな話なの?」
「まぁ、簡単に言っちまうと身分差恋愛ってとこだな。国王の直近に仕える騎士と平民の話だ。そこに王女とかいろいろ絡んで修羅場になったりとか割と面白れぇんだよ」
なんだか在り来たりな話だな。
俺はそう言おうとしたがそれよりも早くシズクは俺の考えを見透かしたかのように口を開いた。
「在り来たりじゃねえぞ。これは男同士の恋愛話なんだよ。しかも登場人物の髪色とか目とか、この家の男どもにそっくりってのも面白くてな」
「ふーん。・・・・・ぶっほぁ! ごっほげっほ!!!」
長くなりそうだから朝食でも食べながら聞こうと思っていた矢先に思いもよらぬ言葉が出てきてパンがのどに詰まってしまう。
体は異常事態がごとく咳を連発させ、目からは涙、鼻からは鼻水が出るがそれでも脳はただ一つ、冷静な判断を下していた。
「な、なんだぁご主人!? まさかご主人はそういう趣味でもあるのか!?」
「げっほ、ち、違うけど・・・・げほっ!」
シズクが俺の元に慌てて駆けよってくる。
そして俺の異常事態を察したのか、今まで姿も見せなかったヴェルが少し急いだ様子でリビングの扉を開けて入ってきた。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「おわっ、ヴェル!? お前本当にご主人の危機には動きが速ぇな」
驚くシズクをスルーしてヴェルは俺に水を渡してくれた。
それをゆっくり飲むとようやく体が落ち着いていく。
だがまだ頭だけはフル回転していた。
「シズク、いったいご主人様に何をしたのですか?」
「何もしてねぇよ。ご主人が勝手にむせただけだ」
「そ、そうだよヴェル。シズクは何もやってない・・・」
俺がそう言うとさっきまで心配を前面に出していたヴェルは少し呆れた様子で俺を見下ろした。心配かけやがってと顔に書いてある。
いや、見下ろしたというよりも見下したという言葉の方が似合っている。
この目で興奮す男も多くいるだろうが俺にはそんな趣味はない。
と言いたいところだがそのうち目覚めるかも、じゃなくて。
「何してるんですか。ご主人様は本当に貧弱なのでお気を付けください」
「最後の一言は余計だよ・・・。まぁいいやシズク、ちょっと筆者の名前見せてくれない?」
「筆者? この作者はまだそんな有名じゃないぞ?」
「いいから」
俺がそう急かすと、シズクはよくわからないといった様子で机に戻り本を持ってきてくれたが、そこには『ヘラ』というペンネームもくそもないアホ満載の名前が堂々と書いてあった。
「あんの王女やりやがった!!!!」
俺は思わずその本をつかみその本向かって叫ぶ。
確かに少し嫌な予感はしていたがまさかk¥本当にこうなるとは思っていなかった。
そんな俺の様子を見て、俺の持つ本に目を移したヴェルがいつもの調子で顎に手を当てながら口を開いた。
「そういえばバンも同じような本を持っていましたよ。それを読んだ後に『やることがある』って言って出ていきましたけど。あんな真剣な顔は久方ぶりに見ましたよ」
どんどんピースがはまっていく。
だが、それを全て見透かしたようにヴェルはにやりと不気味な笑みを浮かべて俺の目を見た。自分でも血の気が引いていっているのが分かる。
「私もバンが置いていったその本を読みましたけど、随分と面白かったですよ。金髪美男の騎士と平凡で取り柄のない灰色の髪の少年の身分差恋愛。まるでどっかの誰かさんたちを題材にしているようでしたからね。一応作者の身元は不明らしいですけれど、出身地は判明していますし、確か・・・ジランド王国でしたかね」
「なに? やっぱりこの本の題材はご主人たちだったのか!? あっははははっは、傑作じゃねえか!!! 最っ高の酒の肴じゃねぇか!!」
「真相は分かりませんがね。ふふっ」
腹を抱えて笑い出すシズクと、不気味な笑みを続けるヴェル。俺はそんな二人に囲まれ顔を真っ赤にしながら、愛し?の騎士を待つことにした。
それはまるで小説のワンシーンのように、ただひたすらに健気に待ち続けるのであった。




