51.元諜報員の職務
「んじゃお休み」とシズクに半ば押し倒されるようにしてベッドに横たわる俺は今、背後から彼女に抱きかかえられるようにして二人で一つの布団の中にいた。
どうやら彼女はもう夢の中の世界にいるようで先ほどから一定のリズムで寝息が聞こえてくる。
俺の体をがっちり逃がさないと言わんばかりにホールドしたままで。
本当に抱き枕状態だ。
「んんぅ・・・」
そしてモゾモゾと彼女が軽く動くたびに女性特有の柔らかい体が俺に押し付けられてもうなんかいろいろとやばい。男としてこのシチュエーションに興奮しない奴はそういないと思う。
こんなところをアイナとかルリに見られたらやばいことになるくらいはわかっているけれども、疲れているシズクが少しでも満足できるなら仕方がないだろう。
そう、仕方がないのだ。これは必要なことなのだ。
となると今は深いことは考えず、こうなった今は存分に堪能するしかない。
抱きかかえられてる形だから彼女の姿は全く見えないけど。
と一しきり思考を巡らせた後、なんとなくぼーっとしているとだんだん自分の瞼も重くなってくる。
そして何回目かのあくびをした後、俺もまた夢の世界へと落ちていくのであった。
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『そうそう、君の名前はなんていうの?』
『名前なんかない。もう捨てた』
『じゃあ好きなように呼んでもいい?』
『・・・勝手にしろ、どうせ死ぬんだから』
『じゃあシズクで』
・・・懐かしい夢だ。
あれは確か私がご主人と初めて会った日か次の日か。
あの日、『シズク』というエルフが生まれた。
はじめこそご主人に対してきつい態度をとっていたし、なんなら死ねばいいと思っていたがご主人が私の呪いを本気で解こうとしているのが分かってからはどこかすでに心を許しつつあったのは今でも覚えている。
だからこそ、呪いがとうとう私の命火を消そうとしたとき本当に怖くなった。
死にたくないと思った、生きたいと思った。
もうこの世のすべてが敵であるんじゃないかと思った私でさえも、一筋の光が見えた気がした。
だけど呪いは容赦なく私を蝕んだ。
果てには意識をも失い真っ暗な闇の中に放り込まれたのを今でも覚えている。
底のない真っ暗な海の中を落ちていく感覚。それこそ私が死の間際に経験した感覚であった。
どこまでも、どこまでも落ちていった。
深い底なし海へと。
『諦めるなぁああああ!! 俺はお前を絶対死なせない、死なせてたまるか!!! お前は生きたくないのか、ここで終わっていいのか! 俺とともに生きてくれシズク、俺にはお前が必要なんだ!!!』
だがそんな闇を一人の男が切り裂いた。
闇に沈んでいく私の腕をつかんで引っ張りだし、視界が明るくなったかと思えば私は見覚えのある部屋で気を失っているご主人に抱きかかえられていた。
そこで私は理解した。
この男に命を救われたのだと。
今でもほかのエルフたちと違って私は人間に対しては特別いい感情を抱いていないが、あの日から私はこの人にだけはついていこうと決めたんだったな。
とうの本人はあの日のことをほとんど覚えていないらしいが私にとっては人生の転換点であり、一生忘れることのない思い出だ。
そう思ったと同時に目が覚める。
部屋にかけてある時計を見るとベッドについてから丁度2時間が経とうとしている頃であり、そして私の腕の中にはすやすやと寝息を立てる、私の命の恩人がいた。
「はっ、あんたのおかげだよ本当に・・・」
彼が起きないようにそっと優しく腕に力を込めてご主人を抱きしめる。反応はない。
あまり私は昔の夢を見ない方だったが今日は随分と良い夢が見られた気がする。
「もう少しだけ堪能させてもらうとするか」
そして私は再び眠りについた。
が、それが間違いだったと気づいたのは再び目を覚ました時であった。
私が目を開けるとさっき起きた時から更に2時以上経過した時計が私をあざ笑っている。
最初こそ寝ぼけているのかとも思ったが、段々と意識がはっきりしてくると今自分の置かれている状況が分かってきた。
「っておいいいい、寝坊じゃねぇか!?」
私は跳ね起きベッドから飛び降りた。
背後で命の恩人が私の影響でベッドから転げ落ち「痛ってぇ!?」という素っ頓狂な声をあげたが私は振り返ることなく王都へと向かう準備をする。
だがやはり少し気になって振り返ってみると、ご主人は今自分がどこにいてどういう状況なのかわかっていない様子であたふたしていたのでとりあえず置いておくことにした。多分ヴェルあたりがフォローしてくれるしこれ以上遅れると王都の奴らに何と言われるか分かったもんじゃない。
家に帰ったら謝らないと思いつつもどこか多幸感が溢れる心持ちの中、椅子に掛けておいた上着をとってポケットに手を突っ込み中にある赤玉を地面に落として家を後にした。
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「遅いですよシズク様、どうなさったので・・・・」
淡い光に包まれた私が次に目にした光景は見慣れた部屋であった。
ここは一度ご主人とも来たことがある、王都に位置する私の仕事場だ。
あの時は誰もいなかったが今は私以外にも一人、エルフがいる。
私とともにここで『黒い悪魔』と呼ばれる組織を運営する部下の一人だ。
「・・・どうしたのですかその服装」
だが彼女はとても上司を見るような視線ではなく、引きつった顔をしながら私を一瞥し後ずさりした。横に立てかけてある鏡を見ると今の私は下はパンツ一枚、上は下着の上にシャツを着ただけで上着を手に持っているというよくわからない服装をしているのが見えた。とても今から仕事をする者の服装ではない。
「あーいや、さっきまで昼寝してたんだが寝坊しちまってな。下に何か履いて寝られねぇし仕方ねぇだろ」
「疲れているのはわかりますがその服装では、付き合ってもいない男性の家でお泊りしてそのまま来ちゃった、てへっ☆ という尻軽女にしか見えませんよ」
「おー、よくわかったな。そんな感じだ」
部下の発言が思いのほか的を射ていることに驚きつつ適当に相槌を打つ。
こいつが言っていることは間違ってないしな。
「分かってますって、冗談ですから早く服を着替え・・・・、え?」
「すごいなお前、大体そんな感じだ。んーと、確かそこのロッカーにこの前忘れていったズボンが・・・」
「ちょっと待ってくださいシズク様、今なんて言いました!? えっ、男いるんですか!? どどどどどどういうことですか!?」
寝起きで重い体を頑張って動かし部屋の隅にある箱を開け、何か身にまとうものがないかと物色していると部下のエルフが私の腕を震える手でつかんでくる。とてつもなく動揺しているみたいだ。
そんな彼女の手を払いのけて物色を再開する。
「んだようっせーな。この前言っただろ、大切な人と再会したからここに居る頻度が落ちるって」
「で、でもそれはあのヴェル様ではなかったのですか!?」
「ヴェル? なんであいつの名前がここで出てくんだ。ちげーよ男だよ。っと良いやつはっけーん」
私は箱の中に入っていたズボンに足を通す。私のだから当たり前であるがサイズはぴったりだ。その間も部下はあれやこれや質問してきたが右から左に流して自分の椅子について机の上に置いてある書類に目を向けた。
「男・・・? あの男嫌いのシズク様に男・・・!?」
「あー、もうがたがたうっせえ! 仕事だ仕事、さぼってんじゃねえ」
「いや遅れてきたのはシズク様ですからね!? 大遅刻ですからね、何時間待ったと思ってるんですか!?」
「ちっ、バレたか」
「はぁ、もういいです。あとでじっくり聞きます」
そういって彼女は深いため息をついた。
正直質問につかれてこっちがため息をつきたいくらいだ。
「お前もとっとといい奴見つけねえと一生独り身だぞ。一人寂しく家でパンをむさぼる人生だぞ」
「うるさいです、余計なお世話です!!!! 早く仕事してください!」
「へーへー」
私はぷんすか怒りながら彼女が追加で差し出してきた書類に再び目を通す。
だが、頭の中はあの夢のことでいっぱいであった。
早く帰りてぇ。
その言葉をどうにか吐き出さないように踏ん張って、とりあえずは目の前の仕事に向かうことにした




