50.元諜報員の夜明かし
「ふぁーあ、今日もよく寝た」
そんな風にだらしないあくびとともに今日の俺の一日は始まった。
アイナたちと体で動かすのを週に3回と決めてからというもの、そうでない日はこのようにのんびりと過ごすことが多くなっておりこの様に未だ冴え切らない脳のまま階段を下りてリビングへと向かっているところだ。
「おはようございますご主人様。随分と眠そうな顔をしていますね」
そしてちょうど階段を下り切ったところで廊下を歩いていたヴェルと遭遇する。
銀色の髪をはためかせながらこちらを振り返った彼女はみんなの洗濯物を外に干しに行こうとしているようであった。
いつ、どんな時でも彼女は絵になるなと思いながらこちらの存在に気付いたこの所に向かって話しかける。
「おはようヴェル。今日はいい天気だね」
「はい、絶好の洗濯日和です。なんならご主人様も一緒にお洗いして差し上げましょうか?」
だが現実はそう甘くなかった。いきなり言葉の暴力。
寝起きであまり頭が回っていないというのもあり、一旦は彼女のセリフが右から左へと流れるがやっぱりおかしいことに気づき彼女に反論する。
「ちょっと待って、どゆこと? 洗濯もの扱いなの俺?」
「はい、私の手にかかればどんな汚れも真っ白です。たとえ心が真っ黒に染まっていたとしても慈悲深き私がすべてまっさらにして差し上げます」
「いや俺の心は純真潔白だから。ヴェルの方がよっぽど黒いと思うよ。なーにが慈悲深きだ。」
「ふふっ確かにそうですね、冗談です」
「なぜ寝起きの一発目から冗談を・・・? ・・・なぜ? すでに俺の体力が削られてるんだけど、起きたばっかなんだけど」
「なんだかご主人様にいやらしい目で見られているような気がしたので」
「見てないよ。神に誓って言える」
「見てました。多分『やっぱりヴェルはいつ見ても絵になるな、このまま押し倒して・・・』」
「おいいいいい、ちょっと待て!? 前半部分は100点満点だけど後半はまるで違う!!! そんなこと朝から妄想してるわけないだろう、ていうかなんで前半あってるの怖っ!?」
「冗談です。まぁ朝から盛んなのは悪いことではないと思いますよ。では私は仕事がありますのでこれで失礼します」
彼女はそう言って手に持っている洗濯籠を握りなおした。
一方の俺はというと朝から叫んで息切れ状態だ。
「なんで朝からこんな目に・・・」
「私のことを変な目で見るからではないでしょうか。私は別にご主人様になら何されてもいいですけどね。あ、これは冗談じゃないです」
「君は本当に変わってないね・・・・」
「それはご主人様もですよ。今日がいい日になりますように。では私はこれで」
「うん。またあとで」
そして今日初めて柔らかい微笑みを見せたヴェルと別れた後いつも通り厨房へと向かいダニングに朝食をもらう。どうやら今日はパトラ王女に昼食を作る日らしく、いつもよりも忙しない様子で食材に向かっていたがちゃんと俺の分の温かい朝食は作ってくれている。本当にありがたい。
そんな温かい食事をもってリビングへと向かうとそこには珍しくシズクが、いつもに増して気だるげな顔もちでコーヒーをすすりながら新聞を読んでいる姿が目に入った。
「おはようシズク。朝からいるなんて珍しいね」
「ん? あぁご主人か、おはようさん。いやちょっと昨日色々あってあんまりというか全く寝れてねぇんだ」
シズクはそういいながら新聞を半分に折って机の上に放り投げて一つ大きなあくびをした。
やはりいつもより機嫌が悪いというか調子が悪そうに見える。
俺は目の前の朝食を口に放り込み、口の中のものがなくなってからまたシズクに問いかけた。
「徹夜ってこと?」
「そ。さっきシャワー浴び終わったからまたちょっと休憩したら王都に戻んねえと。めんどくせえなぁ、ふぁあああ」
そういって大きく伸びをした後、再び俺の方に向き直った。
俺はそんな彼女の紅い瞳を見つめて少しきつめの口調で話しかけた。
「徹夜なんて体に毒だからしない方がいいよ。女性ならなおさら」
「はっ、それをご主人が言うか。200年前は1週間とか平気で徹夜していた男が。多分今の言葉をどのエルフに行っても『いや、お前が言うか』って返されると思うぜ」
「懐かしいね、確かに昔の俺には余裕がなかったよ」
そういって昔のことを少し思い出してみると、正直無理しまくった記憶しかない。
研究に励んで気を失うようにして寝て、気づいたらヴェルとかシズクに看病されてて。
本当に、あの頃の俺は目の前のことしか見えていなかった。
エルフを救うため、腐った常識を変えるためにただただ一直線に。
わき目もふらず、自分の体を鑑みず。結局最終的には動けなくなってしまった。
だからこそ今のこの平和な世の中があるのかもしれないけど。
そう思えば安い代償だ。
「懐かしいなぁ、色々あったな確かに。中々研究をやめようとしないご主人を私とヴェルの二人でベッドに縛り付けて動けなくしたこともあったっけか。ヴェルも涙目でありゃ大変だった。私らエルフの雰囲気も最悪だったな。無理にでも止めるべきなんじゃないかって」
「あー、そういえばあったなそんなこと。起きてびっくりしたよ、だって目が覚めたらベッドに括り付けられてたんだよ? なにかの事件か陰謀に巻き込まれたかと思った」
「他にもあるぜ? ルリを肩車してる最中に疲労で気を失ってあわや大惨事になったこともあったし、風呂で寝ちまって水死しかけたり。今思うとご主人は本当に何やってんだ」
「・・・ま、まぁ昔の話だし」
そういって視線を逸らすと彼女はジト目で俺を見つめた。
視線が痛い。
「まっ、それに比べると私ももっと頑張れるってことだ。んじゃちょっと寝てくるけどまた起きたら王都に行くから気にしないでくれ」
彼女はそういってコップに残っているコーヒーをグイっと飲み干してから席を立った。
丁度朝ご飯を食べ終えた俺も食器を返しに行くために席を立つ。
「またすぐ王都に戻るの?」
「あぁ。部下に仕事を任せてるからな。それより今日のご主人はなんか予定あんのか?」
「なーんにも。しいて言うならちょっと魔法具関係に手を出そうかなと思ってたくらいだよ。今の俺でもできることをちょっとずつ探していかないといけないからさ」
「ふーん、じゃあ今日は一日家にいる予定だったってことか」
「そうだね。今日バンが王都の方から魔法具の本を持ってきてくれるらしからそれを受け取るくらいかな今日は家に引きこもりかな」
ダニングに食器を返し、廊下を二人で歩いているとシズクが嬉しそうにこちらを見た。
先ほどの気だるそうな顔とは打って変わって悪戯を思いついた子供のように輝いた目をこちらに向けて。
「んじゃ一緒に寝るか。2時間ぐらい付き合ってくれや。っとどこ行くんだご主人話はまだ終わってねぇぞ」
彼女がそう言い終える前から嫌な予感がしていたので、すでにシズクからある程度の距離を保っていたのだが、それもむなしくすぐに距離を詰められ俺は腕を掴まれる。
そしてそのまま腕を彼女の豊満な胸へと沈めていく。
「へ?」
「良い抱き枕ゲット~。はっ、家に帰ってきた甲斐があったもんだ」
「え、ちょ、まじですか!? 今から!? あぁーーーーー!!!」
「んじゃレッツゴー」
そのまま非力な俺は逃げることも許されず俺は無抵抗なまま彼女の部屋に連れていかれる。
こうして俺の二度寝タイムが始まりを迎えた。
実生活のこともあり、投稿ペースが不定期になるかもしれません。
よろしくお願いいたします。




