49.元騎士団長の微笑み
それから1時間ほど騎士団の剣の練習をぼーっと眺めていたが、アイナの強さを再認識することになった。さっきなんて20人対アイナ1人みたいな形式をやってたけど一回も攻撃を受けてないんじゃないか? と思うほどだ。いや、実際に受けていないだろう。
そしてここにいる騎士団員を全員蹴散らした後、クレアとも一騎打ちのような形式でやっていたがいいように遊ばれていた。クレアだって相当な実力者であるはずなのに、アイナはずっと利き手じゃない左手で剣を握ったまま戦っていたし。
今日少しだけ騎士団の稽古を見ただけでも改めて昔俺に仕えていた護衛がいかに優秀だったかよくわかった。今は一緒に暮らす仲間であるエルフが。
そして午前の部が終わったようでそんな師匠は俺の休んでいた木陰まで歩いてくる。いつもの朝のように汗はかいていない。
なるほどやっぱりバンじゃないと対等にやり合えないという事なのだろうか。
「お疲れ様、アイナ」
「いえ、・・・そのどうでした? 実戦形式ではないので何とも言えませんがこれでも私が強くなったことをお伝えすることができたでしょうか」
アイナが座っていた俺の横にストンと座る。
その顔はやっぱり騎士団としての顔だ。
ルリもそうだったようにアイナも外での仮面をかぶっているんだな、となんとなく寂しい反面嬉しい気もする。普段のアイナを知る人は俺たちしかいないということでもあるだろうから。
「うん、びっくりした。他の騎士団の人を蹴散らしているところなんてもう見てて清々しかったよ!」
「それでもあの人たちは今年から騎士団に入った新人たちなので負けるわけはないんですけどね」
「いやそれでも凄いよ!! 流石俺の最高の護衛だけある!!」
俺がアイナのほうを向いてにっこり笑うとアイナも俺の顔を見て嬉しそうに微笑み返してくれた。最初の方は誰かさんの所為で辛い思いをする羽目になったけど、この笑顔が見れただけでもよしとするか。
「ありがとうございます。頑張った甲斐がありました」
「うん。で、この後はどんな感じなんだい?」
「この後は特に決まってませんね。私が体を動かしたりない日は残りますし何か用事がある日はここで上がってます。フィセル様はどうしたいですか?」
「俺? うーん、今日はもう疲れたからあまり歩き回りたくないかな。ここで見学してるだけでも楽しかったし、このまま残ってようかな」
何を隠そうもう両手及びふくらはぎに筋肉痛が来ているのだ。
もはや筋肉痛じゃなくて単純に痛めている気もするけど。
・・・こういうのって回復薬で治るのかな?
200年前も筋肉痛とは無縁だったから試してないや、と物思いにふけっているとアイナが何か思いついたと言わんばかりに手をたたいた。
「じゃあ私もここで座って見学するとします。こうやって二人きりでゆっくりするのはあまりない機会ですからね!」
「うん、そうしようか。となるとお昼ご飯はどうしようか・・・」
「あ、それならダニングにお願いしてありますよ。いつも私は頼んでいるので。じゃあ取ってきますね、少し待っていてください」
そういってアイナはポケットからシズクが持っていたようなバンドを取り出して、そのうちから赤玉を一つとって地面に落とし、光が彼女を包んだと思えばもういなくなっていた。
そして10分としないうちに彼女は一匹のドラゴンに乗って広場に帰ってくるのだった。
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それから俺とアイナは騎士団の稽古を眺めながらいろんなことを話した。
先ほどアイナが移動手段に用いたドラゴンは200年前にお世話になった『ドラグ』とは違うという事や、ルリが今従えているドラゴンについて。他にもルリが先日怖かったことやダニングと少し言い合いになってしまったことの他にも本当にたくさんの事を話した。
会話の中でアイナは表情豊かに時に笑い、時に物憂げな表情をしたりといつもの彼女のように戻っていったがどちらかと言うとやや複雑な表情をする場面のほうが多かった。
まるでこの前のダニングと同じ表情のように。
特にバンの指輪の話を少し振ったときにはそれが顕著に出ていた。たぶん妹からしてもあまり話したくはないことなんだろう。他に俺が引っかかった話題としては、『グレイス街』について軽く振ったときにアイナは一番儚げな顔をしたことくらいか。
それがいったい何を意味するのか、俺は途中で考えることを放棄した。
もちろん暗い話題だけじゃなくてたくさん面白い話をしたし、聞いた。
なんでも今の人間には『クリーガー』と呼ばれる、騎士になるための類まれなる才能を生まれた時から持つ者がいるらしいのだ。その者たちは大体15歳でそれが発覚するらしい。
彼らはそれが発覚してしまうと学校卒業と同時に半強制的で騎士団に入れられてしまうが相当良い身分を用意されるらしい。なんてうらやましいんだ、と言いかけた言葉を飲み込んだ。
俺もそんな風に生まれていればもっとかっこよかったかもしれないのにな・・、と思うが無い物をねだっても仕方がない。というかそんな制度があるのをそもそも知らなかったな。凡人には関係ない話ってことか。
「フィセル様はクリーガーの人たちがうらやましいと思うのですか?」
そんな思いを馳せているおれに彼女はいつもの表情で聞いてくる。
「え、なんで?」
「いえ、顔に『羨ましいな』って書いてあるように思えたので」
「うーん、まぁ羨ましいかどうかって聞かれたらそりゃあ羨ましいよ。だってもって生まれた才能ってことだろう? 今の俺とは真逆だ」
「そうですか・・・。いえ、気にしないでください。それに私は今のフィセル様が大好きですよ」
彼女は俺の目を見てほほ笑んだ。
ここまでストレートにものを言われるとどこか気恥ずかしくなってしまう。
言葉を紡ごうにも中々思考がまとまらずに口をパクパクさせるのが精いっぱいだった。
「アイナ、なんか今日は大人っぽいね」
「いつも騎士団に来るときは、とあるルーティーンでスイッチを入れていますので。それでオンオフを切り替えてるんです。・・・家に帰ってこの発言を思い返したら恥ずかしくなってしまうかもしれませんね、でも本音ですよ」
「そうか。・・・俺もアイナの事が大好きだよ」
「ふふっ、それは家族としてですよね。でもいつか・・・・・」
彼女はそこまで言って口をつぐんでしまった。
それがなんでなのかわからない、わかりたくない。
「・・・もし、仮に俺らが離れるようなことになってしまっても心は一つだし俺がアイナや他のエルフたちを嫌うようなことは絶対にないと思う」
絶対にない。
そう言い切りたかったし言おうとしたけれど口が自然と『思う』と付け足していることに驚く。
「優しいですねフィセル様は。私はやっぱりフィセル様が大好きです」
そして彼女は徐に俺の右手を取るとその手の甲に柔らかい口づけをした。
アイナがこんなことするなんて珍しすぎて俺はわかりやすく動揺してしまった。
「ア、アイナ?」
「エルフの国では昔、騎士が忠誠を誓うときにこうしていたんです。主に男性が女性にですけどね。ふふっ、あの家ではこんなこと絶対できませんね。今だからできることです」
「・・・ありがとうアイナ」
俺はアイナの唇が触れた右手を左手で包む。
何となくだけど右手のほうが温かい気がした。
「これも家に帰ったら恥ずかしくて悶絶するものかもしれませんね」
「いや、格好よかったよ。これからもよろしくね」
「・・・・・はい」
そう小さな声でつぶやいた彼女のほうを見たが、もう落ちかけている太陽が俺たち二人を赤く染め上げている所為でどんな表情をしているのかあまりわからなかった。
そしてその日の夜、とある部屋から
「わ、私はなんであんなことを~~~~!? は、破廉恥な・・・。しかもするならするで唇にすればよかったのに何を格好つけてるんですか私の馬鹿馬鹿!!! あぁぁ、一体明日どんな顔をしてフィセル様に会えばいいのでしょうか・・・。で、でもでもあれは神聖な・・・・」
という呻き声とベッドを踏み鳴らす音が長いこと聞こえたとか聞こえなかったとか。




