44.冒険者と無職の朝
バン達と朝体を動かすようになってから1週間ほどが経過した朝を迎えた俺は今日も全身の痛みと戦っていた。
この1週間で得た成果らしい成果は筋肉痛だけだし、そんな短期間で上達するなんて少しも思っていないから続けただけでも偉いと思う。
そもそも一般人レベルまで行くのにどれくらいかかるのかってレベルだ。
だけどこのエルフたちにはかっこ悪いところを見せたくない。
そんな思いがさらに後押ししてくれている気がした。
よし、この調子だ。頑張れ俺。
皆がいなくても一人で魔物と戦えるくらいに強くなるんだ。
なんて考えながら今日も朝の鍛錬を終えてリビングルームで朝食のトーストにかぶりついていると扉から寝間着姿のルリが入ってくるのが俺の目に映った。
ぼさぼさの髪に噛み殺したようなあくびを添えて。
・・・本当にSランク冒険者なのかこの人?
ちなみに今リビングルームには俺だけで、ヴェルは今違う部屋で別の事やってるしダニングは厨房にいる。
アイナとバンは鍛錬が終わってすぐに二人で出かけて行ってしまったから多分王国軍のところだろう。今頃王城ではクレアが大喜びで飛び回っているに違いない。
そしておそらくだがシズクも王都だ。
「ん? あ、お兄ちゃんおはよう!! 口にジャムついてるよ!」
「え? ありがとう。うん、これでいいかな? おはよう」
寝ぼけ眼から急に開眼したルリに指摘された口元を服の袖で拭ってルリにおはようを言う。
今日はいつもより遅いんだな。
いや、俺が最近早く起きるようになったって言うのもあるか。
「言ってくれればタオルとか持ってきたのに・・・。まぁいいか、私も朝食とってくるね!!」
「あいよー」
返事をして扉の方を見るともういなくなっているルリに少し恥ずかしさを覚えながらまた一口、二口と噛みちぎってコーヒー(微糖)で流し込んでいるとすぐにまたルリが現れて俺の前に座った。
というかルリと二人っきりになるのは久しぶりな気がするな。
もしかしたら冒険者ギルドで再会したとき以来かもしれない。
・・・いや、違うな。
こいつ再会からこの小屋に引っ越してくるまでの1週間、前の家にずっと入り浸ってたじゃないか。
おかげさまでヴェルに黒歴史を発掘されずに済んだけどあの時1週間は本当に大変だった。
帰れって言っても帰らないわ、寝てたら勝手にベッドに入ってくるわ、気がついたら合鍵作られてるわ。
一番きつかったのは校門前で待ち伏せされてたのだな。
ルリはこんなでもかなりの有名人だから学校がパニックになって大変だったなぁ、まじで。
大変だったことって案外簡単に忘れるもんだな。
「いっただっきまーす!! あむっ!!」
「いい食べっぷりだな・・・。やっぱりたくさん消費するんだね」
俺は目の前で大きく口を開いたルリの机の上に視線をずらす。
そこにはサラダや卵、トーストが5枚にソーセージ、ベーコンやスープなど朝動いた俺ですら多分五人くらい腹を満杯にできるほどの量が置かれていた。
多分これを用意するためにダニングは厨房で用意してたんだろうな。
「朝はやっぱりたくさん食べないとね!! あっ、お兄ちゃんそんな見てもあげないよ」
「いや、俺はもうトースト一枚でお腹いっぱいだからいいや。ところでルリは今日お休みなの?」
「ううん、この後行ってくるよ。というかそもそも私に休みとかそういうのはあんまりないかな。好きな時に依頼受けて、休みたいときは休むって感じだよ。・・・まぁたまにSランク冒険者として招集されることはあるけれど」
ルリは少しいやそうに目をひそめてサラダを噛み切った。
綺麗な白い歯だ。
というか本当に冒険者が関わる話になったときだけ大人っぽく見えるな。
普段の精神年齢はほぼ6歳の時のまんまな気がするけど。
だが今の彼女はそんな中身に強大な力とオトナの体を併せ持つから日常生活でも結構あれなのだ。
ギャップもだし、ボディタッチが多いからその・・・うん、結構やばい。人気が有るのも頷ける。
多分本人は自覚してないんだろうな色々と。
「なるほどね。というかそもそも冒険者って今何をするのが仕事なの? 俺、200年経った今の情勢をあんまりよく知らないんだけど今魔王はいないんだよね?」
そんなルリについてはさておいて。
今ルリに聞いたのは転生した俺が疑問に思っていた点の一つだ。
俺が死んだ200年前はまだ魔王が生きていたし、冒険者はそんな魔王の手先である魔物たちを討伐するのが主な仕事だった。
それにあまり言いたくはないが当時エルフを攫っていたのも主に冒険者だ。
彼らはボロボロになった元エルフの国にズカズカと攻め入り奪えるものは奪い、エルフも魔物も自分の手柄として富と名声を得ていた。
だから俺はあまり冒険者に好印象を抱いていなかった。
そんな自己中心的で自分のテリトリー以外を踏み荒らす冒険者が。
ただ俺の回復薬の材料に魔物から採取されるものや危険な地域にしか生えない薬草とかも多くあったから彼らがいなかったら今の俺は無いというのが少し悔しいというかもやもやとするところだったけど。
そんな昔のことは置いといてだ、今のこの世界に魔王はいない。
と学校では習っている。
一応まだ魔物はいるみたいだけどいまいち魔物や冒険者についてもよくわかっていないのが現状だ。
じゃあ一体今の冒険者は何をしているのか。
魔物はなぜまだ存在するのか知らないままだったのだ。
「うん、今のこの世に魔王はいないよ。今から大体5,60年くらい前かな? 人間とエルフが力を合わせて討伐したんだ。もともとその時くらいには魔王勢力は相当弱ってたからね」
「人間とエルフが協力して・・・か。言葉の響きは素晴らしいね。でもまだ魔物はいるんだよね? ほら、ルリはこの間大きなトカゲを持ってきてくれたじゃないか」
俺が思い浮かべるのはアイナとルリが同時に持ってきた2体の巨大トカゲ。
あれは多分魔物だけど、一体何者なのだろうか。
「うん。魔王を討伐したのはよかったんだけどその時に魔王は一つ置き土産をこの世に残していったの。それが今私たち冒険者が戦い続けている『モンスターゲート』と呼ばれるものなんだけど、そのゲートは突然この国に出現して魔物を吐き出して消えるワープゲートみたいなものかな」
「またそんなめんどくさいものを・・・」
「そもそも魔王自体の能力は魔物をわんさか生み出すだけだったからね。でもそのゲートは今の技術でも先に予測することは出来ないし、放っておいたら勝手にコロニーを形成してどんどん力を持っちゃうから中々鬱陶しいの。だからこそフットワークの軽い冒険者がこうして今も必要されてるのかもね」
「なるほどね」
俺はトーストの最後の一片を放り込んでコーヒーで流した。
目線をテーブルの落としてみるともうルリの朝食は残すところ三分の一ってところだ。
「魔物って知性を持ったり言葉を話すようないわゆる『魔人』って言うのもいたんだけど魔王が消滅したら魔人もみんな消えちゃってね。だから今は魔物しかいないんだ」
魔人・・・。
そういえば200年前もそういう類の連中がいたな。
魔物よりも頭がよくて人間のような風貌をした者たちが。
「もしかして俺なら魔物とも分かり合いたいって言うと思った?」
「・・・ちょぴっとだけ」
ルリはそう言って少しばつの悪そうな顔を見せた後視線を朝食の方へと移した。
「200年前の俺の親父は魔物に殺されてるから俺は言わないと思うよ。それに魔人はともかく魔物はそもそも言葉が通じないしね」
「そう・・・、だよね。よかった」
俺は言い終えた後下を向いた。
『親父を魔人に殺されたから』
さっき言った自分で言った言葉が頭に残る。
エルフの中には人間に親を殺された者も多いだろうに、今こうして共存出来ているのは少し変な感じがする。ましてや寿命の長いエルフがだ。それはもちろんこの6人のエルフたちが頑張ったというのもあるがやはり何かカラクリがあるのは間違いない。
いやもう考えるのは止めにするんだったよな、俺。
「でも急にどうしたのお兄ちゃん? もしかして冒険者に興味を持ったの?」
「すこしね。ほら、冒険者になってれば俺も日銭くらいは稼げるようになるかもしれないじゃんって思てさ」
「多分お兄ちゃんが冒険者になってもできるのは薬草取りくらいだと思うけど・・・。それにお金が欲しいんなら私たちがどんだけでも稼いであげるよ! なんならもう私を一生頼ってくれてもいいんだよ!? 私が一生養ってあげるよ!!!」
「おいナチュラルに俺を馬鹿にするなよ。いや、でもやっぱり頼りっぱなしはなぁって思ってさ。いつか俺だけで暮らさないといけないときとか来るかもしれないじゃん」
「まぁ意見にはおおむね賛成だけど、私はお兄ちゃんに危険な目にあってほしくないな。冒険者ってやっぱり危ないことだし、能力面を差し置いてもあまり冒険者はお勧めしたくないな」
「でもほら可愛い子には旅をさせよってどっかの国の言葉があるじゃん! ちょうどいいや、今日一緒に冒険者登録に連れて行ってよ!!
「えーーー・・・。ねぇ、どう思うヴェルお姉ちゃん?」
「へ?」
俺は今ここにいるはずもないエルフの名前を呼ぶ声がして周りを見渡す。
リビングのドア、いない。
ルリの後ろにもいない。
じゃあ残るは・・・
「どわぁああああああ!? えっ、ヴェルいつから俺の後ろに!?」
ちょうど俺の後ろにいた。
気配を完全に殺して作り笑いのニッコリ笑顔を顔に張り付けた完璧メイド(自称)が。
「いつから、ですか? そうですねご主人様が先ほど下を向いたあたりですね。私がいなくて寂しそうでしたので後ろでスタンバらせていただきました」
「なんだよいらないよその準備!? もう心臓飛び出るかと思ったんだけど!? あーびっくりした」
バクバク言って鳴りやまない自分の心臓に右手を当てる。
本当に心臓飛び出るかと思ったぞ。
「え、ヴェルお姉ちゃんが後ろにいるの気付かなかったの・・・」
「ルリも気づいてるなら言ってよ!!」
「えっ、だって気づいてると思ってたから・・・。お兄ちゃんは皿に盛られてるレタスを指さして『見て! すっごい緑色!!!』!!!って言うの?」
「いや、例えがよくわからんけど・・・。そんな当たり前の事なのか?」
「うん」
ルリはそう言ってレタスを口に放り込んだ。
なんかルリに正論っぽいものを言われると心に来るんだが。
「俺はみんなみたいに優秀じゃないから気づかないんだよ・・・」
「私の気配に気づかないのは昔からですよ。話を戻しますが、ご主人様が冒険者登録をするのはいいと思います」
「えー、ヴェルお姉ちゃんまで・・・」
ルリが不満げに口をすぼめる。
一方のヴェルはと言うといつも通り平常運転のすまし顔だ。
「このままずっと家に居ても暇でしょうし、外に出たほうが見聞も広がるかもしれません。危ない依頼を受けなければ私はいいと思いますよ。それにルリにとってもいいことだと思うのですが」
「私にも?」
ルリがコテンと顔をかしげる。
なんか可愛いなその動き。
「ええ。だってこの6人の中で冒険者ライセンスを持っているのはルリだけですからご主人様が依頼を受けるときはずっと一緒に居られますよ? 二人だけで探検、素晴らしい響きではないですか」
「た、たしかに!! おおお、お兄ちゃん今から行こう!? ねえ早く!!!」
おい、掌がクルクル回っているじゃないか。
というかいまいちヴェルが冒険者を勧める真意がわからない。
一体何を企んでいる・・・?
「『一体何を企んでいるのかわからない。ふふっ、まったく。君はいつもそうやって俺を惑わすね』とでも言いたげな顔をしていますね」
「いや、俺そんなキザなセリフ言わないよ!? 君の中で俺のキャラはそんななの!? ていうか前半部分合ってるのも普通に怖いんだけど!!」
「特に深い理由はありませんよ。ただ、今のこの国を広い視野で見るのには冒険者が一番適していると思っただけです。ただ自堕落に日々を過ごしていても転生した意味がありませんからね」
「そうだよっ、お兄ちゃん今から一緒に行こう!! ちょっと用意してくるね、ごちそうさま!!」
ルリが食べ終えた食器をもって元気よく部屋を飛び出る。
冒険者か・・・。
まさか過去の俺は自分が冒険者になるなんて思いもしなかっただろうな。
だけど今の俺の立場的に冒険者ライセンスを取っておくだけでも違うに違いない。
「うん、じゃあ今日ルリと一緒に冒険者ギルドに行ってみようかな」
「はい。頑張ってくださいね」
こうして俺は200年の時を超えて研究者から冒険者へとジョブチェンジすることになった。




