37.選択肢
馬車に揺られること30分ほどかけて俺とシズクは王都から少し離れたとある街に来ていた。
ここは俺が200年前一番好きだった街・・・だと思われるところ。
そこまで栄えているわけではなかったが、エルフも一人の個人として扱ってくれる雰囲気が漂っていた温かい街だ。
正直行き方なんてあまり覚えてはいなかったが、王都からの方角と所要時間が同じところに街があったから多分ここだろう。
昔の名前を言ってもそんな街存在しないって言われちゃったから少し不安だけど。
ただここは昔のあの街と同じように店が広がっており、いろんな人の声が飛び交っている。
城下町ほど栄えているわけではないが、それでも一つの街として成立しているだけあってそこそこ栄えていると言えよう。
雰囲気や建物の質とかも200年前とあまり変わっていないような気がする。
そして当たり前だがエルフも多くいる。
これこそ俺が思い描いた未来だ。
「ここがご主人の来たかった街なのか?」
「うん、昔この街が好きだったんだ。ここかどうかの確信はないけど多分会ってると思う」
「ふぅん。まっ、好きなだけ回ればいいさ。まだ日暮れまでは時間があるからな」
その後二人で特に行く当てもなくブラブラしたが特にこれといった収穫はなく、時間も時間ということでまた馬車に乗り込んで王都へ向かうことにした。
転移玉で帰ればすぐなのだが、俺は何となく馬車で帰りたかったので我儘を言ってこうしてまた30分ほど揺られている。
「・・・・・ご主人、さっきからどうしたんだ考え込んで」
「いや、気にしないで。・・・すみません!」
俺はシズクにやや適当な相槌を打ち、前で馬車を操るおじさんに声をかける。
おじさんは少しびっくりしたような顔を見せたがすぐにニカッと笑って見せてくれた
「おう、どうした坊主?」
「さっき俺たちが乗った街の名前ってなんていうんですか?」
「あそこか? あそこは『グレイス街』って言うとこさ。良くも悪くも普通の街だわな」
「そ、その街の前の名前とか知ってます?」
「前? 昔からグレイス街じゃねえか何言ってんだおめぇ」
「そ、そうですよねごめんなさい」
「ご主人、ご主人と人間は生きている時間軸が違いすぎるんだ。200年もあれば変わるさ。あんまり変なことを言わないほうがいい」
「ひゃっ!?」
シズクが俺の耳元に口を近づけてそうささやく。
急に近づいてくるもんだから俺はびっくりして変な声を出してしまった。
「それに気になるんならこんな学のねぇジジイなんかよりも王都の図書館にでも行って調べればいいじゃねえか」
「た、確かにそうですね。シズク、王都の図書館の場所分かる?」
「わかるが今日は時間的に無理だね。行くなら明日じゃないか?」
「そうだね。明日にしようか。アドバイスくれてありがとうございます」
「いや、いいさ。何しろこんな別嬪さんを乗せてもらえてんだ、俺のほうが感謝だわな、がははは」
「だってシズク。よかったじゃないか」
「私はてめぇのような、フガフガッ!?」
変なことを言う前に彼女の口を手でふさぐ。
自分でも割と反応が早かったと思う。
というか、なんていうのか予想ができた。
「なんだ坊主。嬢ちゃんの口をふさいで」
「いえ、気にしないでください!! このまま王都まで・・・」
「でも図書館に行っても無駄だと思うけどな。なんせ50年より前の事はぜーんぶねぇことになってるから。この国は50年前に建国された。その事実しかねえだろうよ」
「・・・へ?」
記憶を取り戻すまでは特に何も不思議に思わなかった事実。
今まで深く考えなかった多くの現実。
だけど改めて聞くと多くの不可解なことが少しずつ結びついていく気がする。
それは知らなくてよかったところまで引きずり出されるようだった。
「・・・・・・」
そして黙り込む俺の横のエルフ。
彼女の姿勢がすべてを物語っていた。
俺は彼女たちと再会してからも敢えてこの200年何があったか聞いてこなかったが、少しずつ俺の中でパズルのピースがカチリ、カチリとはまっていく気がする。
やめろ、はまるな。頼む止まってくれ。
「・・・ご主人は私に言ったな。『君たちが何をするのか、何をしてきたのか俺が意見する権利もない』って。それは私たちも同じだ。ご主人が真相を探ることを邪魔する気もなければ意見する気もない。ただ、ご主人が何もしないのなら私たちも何も言わない。それがどういう事かご主人はもう気付いてんだろ?」
シズクの声が横から聞こえたが俺は彼女の方を向くことができなかった。
もう頭はぐちゃぐちゃだ。
「いよっし、もうすぐ着くな! 代金弾んでくれよ、あんたたち金持ってそうだし!」
おじさんの空気を読まない掛け声とともに俺らは夕焼け色に染まる王都に少しずつ近づいていく。
真相を求めなければ俺は彼らと昔のように接して楽しく人生を謳歌できる。
ただ、空白の200年は闇の中だ。
そして真相を求めてしまえば今の俺らの関係は崩れ去るかもしれない。
『知らぬが仏』この言葉が脳裏によぎる。
今が楽しければ過去なんてどうでもいいのではないだろうか。
俺はゆっくりと隣に座るエルフの顔を覗いてみる。
そこには俺の瞳を強靭な覚悟で貫くような、それでいてどこか悲しげで儚げな視線で俺を見ていた。
俺は一体どうすればいいんだろうか。
移り行く外の風景を眺めながら俺は小さく息を吐いた。
*********
「シズク嬢、こいつは相当ヤベェ薬だったぞ」
薬草屋について早々、店の当主が食いつき気味に俺らを迎えいれてくれた。
あの馬車での会話以降少しぴりついた空気が俺とシズクの間に流れていたからこの爺さんのテンションは正直助かる。
そして彼は興奮気味に手に持っている袋をぶんぶん振っていた。
あれ、フラスコどこ行った?
「な、なんだよジジイ。ガキみたいに目をキラキラさせやがって」
「これを作ったのはどこのどいつじゃ!?」
「さっき言っただろ。ここにいる私の弟子だ」
弟子・・・。
なんか恥ずかしくて少し染まった頬を掻く。
「お前さんかこれを作ったのは!? 何を作ってどうやった!?」
「落ち着けジジイ! これは何の薬なんだ」
恥ずかしがっていたらおじいさんが俺の両肩をつかんで前後に揺さぶり始めてしまった。
ちょっ、脳が揺れる!!
「これは若返りの薬じゃ!!」
********
「なるほど、そんなことがあったんですね」
「あぁ。私たちがぶらぶらしてるときにジジイが薬を錠剤タイプにしてくれてな。それがこれだ、ほれ!」
いつもの通り全員がそろった夕食を食べ終え、談笑タイムの中でシズクがやや乱暴に袋を机に投げた。
他のエルフたちも興味深そうにその袋をのぞき込む。
「ご主人は一回生まれ変わってるだろ? 多分それで魔力に変なものが混ざったんだと思う。時間操作関係の何かが」
「なるほど、興味深いですね。ご主人様が他の魔法をうまく使えないのもそれに原因があるのかもしれませんね」
「ほかにもいろいろ試してみるか。なんか面白いもんが他に作れるかもしれねぇし」
「いいと思いますよ」
「私もいいと思います!!」
アイナが元気にそう答える。
膝の上に乗る俺の頭をなでながら。
「それでご主人様はそれを飲んでこんな姿になっていると」
「飲んだんじゃない、飲まされたんだそこの悪女に!!」
そう喚く俺の姿は6歳児くらいになってしまっていた。
丁度200年前のルリくらいか。
もちろん自分で作った薬のせいで。
小さくなってしまった手をぶんぶんと振って抗議するが、和やかなムードになるだけだった。
「ちっちゃいお兄ちゃん可愛い!! 私にも撫でさせて!!!」
「ちょ、ルリ優しく頼むぞ!? 怖いんだけどねぇ!? ボキッて折れそうなんだけど!」
そのままアイナからはがされてルリの胸元に着地する。
あっ、でもいいかもこれ・・・。
さっきとは違う感覚が俺を支配し、そのまま眠りの世界にいざなわれていく。
「・・・なんかさっきよりもうれしそうな顔してないですか主」
「確かにな。ルリのほうが柔らかいのかもしれん」
「兄さん、ダニング。何か言いましたか?」
「「いや、何にも」」
「っていかんいかん! 俺は18の大人なんだって!!」
アイナが出した負のオーラのおかげで目が覚める。
危うく本当の6歳児になるところだった。
というかアイナが剣に手をかけてるんだけど何があったんだ?
「でも記憶はそのままみたいですね。それでシズク、なんでこんなことに?」
「いや、簡単な話だぞ。家に帰ってくる前に試しにどっちかが飲もうってなってじゃんけんしたらこうなっただけだ。私に負けたご主人が悪い」
「それでしたら全部この子が悪いですね。効果はどれくらいなんですか?」
「一錠で半日だとよ」
「じゃあこのまま放置でよさそうですね」
「あぁ」
「ちょっと待ってくれよなんだこの展開!? 普通こういうのはもっと後だろ!? なんでスローライフが始まって3日目にしてこんなことになってんだ!」
ルリとアイナに揉みくちゃにされながら俺は叫ぶがみんなほのぼのした感じで俺の事を見ている。
おいいい!! このままいったらどっちかに潰されちゃうって!!
俺の頭なんか彼女たちにしてみればトマト潰すようなもんなんだから!!
「お兄ちゃんは私がお風呂に入れてあげるね!!」
「じゃあ私は夜一緒に寝ます」
「あっ、アイナお前ズリィぞ! 私がご主人を小さくできたんだから私が寝る!!」
今度はシズクも加わってさらにヒートアップしていく。
何だよこの展開、早く元に戻ってくれ俺の体・・・。
「いてててっ! バン、ダニング!! 頼む俺を助けてくれ君達しかいないんだ!」
「面倒事はごめんだ」
「俺もこうなってしまってはどうしようもありません。頑張ってください」
「ぬがぁああ!! 薄情者めぇ!!」
俺男性陣に必死にそう叫んだが、彼らが振り向くことはなかった。
そしてこの日、俺は二度と若返りの薬を作らないと決めた。
今後の俺はどうしようとか以前に、今日俺は生き残れるのかどうかを考える羽目になったのだから。




