プロローグ
『伊呂波殺人事件』
そう書かれたパソコンの前でその人物は徐ろに微笑を浮かべる。ついに見つけたのだ。これは使える、と。その人物は少しの間悩んでいたものの、どうやら解決策たるものを見つけたようである。今度は笑いを微かな声で洩らした。衝動が抑えられなかった。ここまでやってきた甲斐があった。殺せる。これで、奴を……。そっと安堵の息を吐く。
湖山慶子は都内のとある中学校で英語教師をしている。今年の夏は幾分と暑かった。しかも今年は3年を受け持つこととなり、夏休みも受験指導に駆り出される日々を送っていた。夏休み中の休暇といえば、お盆の時期くらいであったのだが、彼女にとってその休みが待ちきれなかった。久しぶりに自由な時間を作ることができる。ためた録画を観、趣味の園芸を嗜む。なんとも幸せな時を脳裏に想像し、その日ーーお盆前最後の日ーーを終えた。いつも通り帰宅すると、留守電が入っているのに気づいた。早速留守電を聴くと、懐かしい声が録音されていた。
「慶子さん、お久しぶりです、伊集院です。実は8月14日に私の家で誕生パーティーを開こうと思い、あなたに連絡いたしました。招待状が13日に届くと思います。急な連絡ですみません。予定が合えば是非ご参加ください」
録音された声はいかにも機械的なものだった。