第六話 人狼公ヴォルフラムとの奇縁
ディガル魔族国の中央領に於ける敗北で、対ベルクス王国の前線となった都市郊外には街に入りきれない旅団規模の軍勢が野営している。
身軽そうな猫人族や膂力に長けた熊人族など獣人系種族が中核を成すため、暗がりを照らす篝火は殆ど無く、月明かりを受けた無数の瞳が周囲で輝きを放っていた。
その中を綺麗に手入れされた茅色髪から狐耳を覗かせ、機嫌よく尻尾を左右に振るペトラに先導されて進む。
「おぉ、首尾良くいったようだな、御嬢」
「うん、ウォルギス達が尽力してくれたから」
「そうか、流石は我らが戦士長殿だ」
「危険な任務、ご苦労様でした」
丁寧な言葉で屈強な人狼らしき夜警兵達が頭を下げる傍を通り、都市北門を潜り抜けて市街地に入った際、ふとした素朴な疑問を隣の吸血姫に確認しておく。
「戦場の人狼族は皆、狼人間の姿で爪牙を振るっていた印象だが、普段の容姿は人と変わらないのか?」
「人族から見た彼らは獣でしょうけど、生活形態は類似しているわ。寧ろ、人狼本来の姿を露わにするのは荒事の時だけよ、クラウゼ殿」
さも当然の事だという態度で返され、自身の見識が浅く偏ったものだと気付かされてしまう。
聞けば細かい作業をするのに肉球は向かない事に加え、狼の声帯だと犬系種族は兎も角、常態が魔人族やエルフ族などに近しい亜人種と意思疎通できないようだ。
具体的には頭部の耳と尻尾を除いて人間と変らない猫人族や、左巻きの二本角などを持つ以外に差異の無い羊人族が相手なら、彼らが扱う西方大陸の共通語で言葉を交わす必要がある。
「ぐるぅ うぉおるぁうお あぁおうぅ (私は別にどちらでも良いけどね)」
やや得意げな吸血姫が恐らく犬系種族の言語で話し掛けてくるも、全く理解できないので取り敢えず頷きだけ返して、人族の国々と変わらない街並みなど眺めながら大通りを抜け…… 都市の行政区画にある庁舎に辿り着いた。
そこには先頭の狐娘と同じく、ふわりとした尻尾を持ったメイドが人狼の衛兵に紛れて佇んでおり、ぺたんと狐耳まで伏せて優雅に一礼する。
「お帰りなさいませ、ペトラ御嬢様。先ほど先触れの伝令兵が来てから、当主様が首を長くして待っておりますよ」
「ありがとう、ティセ」
「相変わらずの心配症だな、うちの族長は……」
「ふふっ、それがヴォルフラム殿が持つ良さですよ」
無遠慮な黒狼の呟きに吸血姫が微笑み、狐娘が不機嫌に尻尾を燻らせる中で、踵を返したメイド狐が緩りと歩き出す。
そうして案内された庁舎内の執務室では、筋骨隆々な枯茶髪の偉丈夫がそわそわした様子で坐していて、傍に侍る妖艶な狐人族の貴婦人が苦笑していた。
「体裁を取り繕えてませんよ、あなた」
「一々突っ込むなよ…… 大丈夫だったか、ペトラ?」
「ん、襲撃の時は路地裏でじっとしてたから」
「ちゃんと族長の言い付けは守ってましたぜ」
軽々に危ない事はさせてませんよと、鋭い視線で問われた戦士長ウォルギスが肩を竦め、同行していた三人の人狼兵も頷く。
何やら話が逸れそうな空気を読んだのか、狐耳の貴婦人が軽く咳払いすれば人狼領主の注意は此方に向いた。
「また会えて嬉しい限りだ、エルザ嬢」
「私のような若輩に手勢を割いて頂き、感謝に尽きません」
「気にするな、娘の親友を助けたに過ぎん。二人ほど同胞が帰巣できなかったようだが…… 支配階級の吸血種が不在のままだと北西領の軍勢も士気は上がらんだろう」
単なる善意だけで救出を敢行した訳では無いと言い切り、戦力として活躍して見せろと言外に滲ませてくる相手に対して、吸血姫が “相変わらずですね” と溜め息交じりに呟く。
その姿に呵々大笑した後、人狼領主はギロリと鋭い視線を俺に投げてきた。
「はッ、面白い顔だな、噛んでやった肩の傷は…… 聖女が治したのか?」
意地の悪い笑みを浮かべるや否や、偉丈夫の姿が見覚えのある狼人間となり、鋭い犬歯を見せつけてから人の姿へと回帰する。
「ッ、まさかベルクス軍の陣中に吶喊してきた人狼が領主とはな……」
中央領平原の戦いで継戦の要たる聖女を狙い、僅かな手勢と共に斬り込んできた愚連隊の頭目が大将首だった事に呆れつつも、死に物狂いで猛攻を凌いだ記憶など思い出す。
血と脂に塗れて斬れなくなった大剣を投げ捨て、剛腕を振り翳して両掌の獣爪を打ちつけてきた眼前の相手と双剣で殺り合い、軽装鎧ごと左肩を強靭な顎で噛み砕かれたものの…… 脇腹に剣柄から離した右掌を添えて、零距離より放った風刃で深手を負わせた奇縁があった。
当時は横撃を仕掛けてきた魔族国の南西領軍が急に及び腰となったのを疑問に思ったが、恐らくは当主が無視できない負傷をしたからだろう。
結果的に勢いづいたベルクス軍が激戦を制し、現状にまで続く優位を決定付けた事など鑑みれば、あの局所的な戦闘が分水嶺だったのかもしれない。
「ふん、上手く吸血種に擬態しているようだが、どういった酔狂だ」
「人狼公、クラウゼ殿は金貨の多寡で動く傭兵です、故に私が雇用しました」
「ならばエルザ嬢の倍額を出す、うちの軍門に下れ」
「ちょッ、父上!?」
驚いて抗議しようとした狐娘のペトラを母親がやんわりと宥め、返答を促すように綺麗な琥珀色の瞳で見つめてくる。
「主人が無茶をして傷だらけで帰還した折、聖女を護っていた傭兵達を褒めていました。特に “風使い” が良い感じに鬱陶しかったと…… 貴方のことでしょう? でしたら、申し分ありません」
「イリーナ様、傭兵の引き抜きはお断りしたいのですけど……」
過分な期待が籠められた貴婦人の言葉を受け、やや動揺した吸血姫の横顔を一瞥した後、予期せぬ展開に俺は思わず深い溜息を吐いた。
★人物紹介
氏名:ヴォルフラム・ゼーゲンヴァルク
種族:人狼
階級:ロード・ウェアヴォルフ
技能:身体強化(大) 咆哮(眷族鼓舞)
格闘術 大剣術 完全獣人化 愛妻家 子煩悩
絶掌(魔法由来の現象を絶つ)
称号:人狼公
武器:ツヴァイハンダー
武装:軽装鎧 武骨なガントレット
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