表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

51/55

第五一話 行動選択に係る誘因と均衡

「馬鹿なッ、将軍が!?」

「くそ、ふざけやがってッ!!」


(あせ)りを(にじ)ませた目ざとい連中の声に釣られ、謁見の間にいた全員の意識が一瞬だけ俺達に集まり、その視線を共に受けたベルクス遠征軍の総指揮官か前のめりに倒れ込む。


遅れて血溜まりが広がる光景にいきり立ち、護衛兵らは対峙している麾下(きか)の飛兵達に苛烈な剣戟(けんげき)を叩き付けていくが…… 内心の動揺は抑えられず、乱れた剣筋が付け入る隙を生じさせていた。


「はッ、稚拙(ちせつ)な斬撃など恐れるに足らん!!」


技巧派な痩躯(そうく)の吸血種が横臥(おうが)させた剣身で袈裟切りを受け止め、すぐさま手首を(ひね)って切っ先を斜め下方へ向ける。


「なにッ!?」


留める得物が無くなり、護衛兵が振り下ろした白刃は左肩に直撃したものの、勢いを削がれた後では外套の下へ着込んだ鎖帷子(くさりかたびら)(はば)まれ、骨肉へ重い衝撃を与えるだけに過ぎない。


鈍痛を耐えて半歩踏み入りながら、彼は構え直した黒刃を相手の首筋に添え、躊躇(ためら)うこと無く引き切った。


「うぁ…ッ、うぅ……」


飛散した血液を片手で押さえて(たお)れる哀れな敵手の(そば)では、対照的に精強な吸血種が人外の膂力(りょりょく)で逆袈裟の切り上げを放ち、迫る斬撃を弾いた直後に切り返して迂闊(うかつ)な護衛兵を軽装鎧ごと胴薙(どうな)ぎにしていた。


腹部には深く剣身が喰い込んでおり、もはや落命は避けられない状態だ。


「怒りと焦燥で動きが単調になっていたな、人間」

「ぐふッ、い、いやだ、死にたくな…ぃ……」


微かに聞こえた泣言は気の毒だが、また一人分の敵数が減ったと冷酷に認識しつつ、ざっと視線を走らせて全体の戦況など把握する。


此方(こちら)が優勢のようでも落伍者(らくごしゃ)無しとはいかず、致命傷を受けた三名の吸血種が横たわり、身体の殆どは灰燼(かいじん)に帰していた。


「…… 敵将を討った以上、長居は無用か」


恐らく浮薄(ふはく)なようで(なさ)(ぶか)い騎士令嬢や、心根の優しい吸血姫は同族の犠牲に嘆くのだろうが、戦争である(ゆえ)に致し方無い。


あくまで亡き聖女の遺志を継ぐなら自身の在り方は中庸(ちゅうよう)であるべきと(さだ)め、本質が彼女に酷似しているせいで脳裏に浮かんだエルザの横顔を振り払う。


(随分、()の思考が人外寄りになったものだ)


密かに自戒(じかい)して撤収の合図を出そうとした間際、謁見の間にある大扉が乱雑に開けられ、隣接区画の押さえに廻ったリエラの部隊に所属する吸血種が駆け込んできた。


「クラウゼ卿ッ、もう長くは持ちません!!」


探知系魔法の影響か、徐々に引き寄せられてくる敵増援を凌ぐのは限界が近いとの伝令に頷き、迅速かつ滑らかな動きで赤と黒の双剣を鞘に収め、徒手(としゅ)のまま風属性の魔力を(まと)わせていく。


どこぞの狐娘(ペトラ)みたいに意識誘導の効果は無くとも両掌を打ち鳴らし、極限まで空気伝搬性(でんぱんせい)を高めた柏手(かしわで)を響かせて、敵味方問わずに耳目を奪った。


それに即応した手勢が剣戟の間合いより飛び退いて半円陣を組むように(つど)えば、背にした通路側でも轟音が聞こえて微振動が伝わり、程なくして吸血種の一団が広間へ雪崩れてくる。


最後に時間稼ぎで高威力な魔法を放ったと見受けられるリエラや、種族的には珍しい筋骨隆々なマーカスも合流した。


「ふふっ、手際よくコルヴィスを仕留めたようね」

「あぁ、新手を足止めしてくれたお陰だ」


「いや、余裕ぶってないで逃げましょうぜ、御二人さん」

「賛成です、此処(ここ)が退き際かと」


(もっと)もな意見に同調した数名が黒い(もや)状の魔力翼を展開する中、ベルクスの護衛兵達が怨嗟の籠った視線で睨みつけてくるも…… 再集結した吸血飛兵隊の数的優位は崩し(がた)く、体勢を立て直した増援が現着するまでの僅かな時間、軽々(けいけい)に攻める事はできない。


「くッ、将軍を討たれて賊まで逃がすだと!?」

「落ち着け、闇雲に仕掛けても斬られた者達の二の舞だぞ」


苛立つ若手の護衛兵を(いさ)めた隊長格含む半数は語弊(ごへい)無く “冷静” であり、護るべき対象が(たお)された現状で身命を()す意味は薄いと心得ているようだ。


既に必要最低限の目的を果たした此方(こちら)も同様なので、双方ともに積極的な戦闘を続行する誘因が無い。


「… 所謂(いわゆる) “ナッシュ均衡(きんこう)” とやらか? 」

「あ、知ってる。姫様が好きな異界(カダス)の賢者ね♪」


何故かどや顔になった騎士令嬢を見遣(みや)りつつも、互いに資する利益の中で生じた間隙(かんげき)を突き、魔法で起こした上昇気流(アップドラフト)を受けて飛翔する。


直線的な軌道で突入時に打ち破った窓の一つを抜け、空中で身体を(ひね)って振り向けば、追随(ついずい)するように離脱してきた吸血種達の姿が見えた。


「あと、ひと仕事だな……」


軽く呟いて斜め上方への暴風を吹かせ、王城の屋根へ着地すると同時に膝を曲げて屈み、幾分か衝撃を(やわ)らげる。


なお、他の者達は種族固有の臓器で生み出した浮力を黒翼に(まと)わせ、幾つかの場所に分散してゆっくりと降り立った。


「かなり難儀(なんぎ)に見えるけど大丈夫、その飛び方?」

「もう少し魔法を繊細に扱えるようになったら、改善するさ」


揶揄(からか)い気味に掛けてきたリエラの言葉を聞き流し、高所より城郭(じょうかく)及びカストルム牢獄周辺を俯瞰(ふかん)して状況把握に務める。


此方(こちら)に同調した彼女の視線も東門付近へ移動して、早々に退避を決めたベルクスの王族であり、確かレブラントという名の男を捕捉した。


「ん~、えいッ、姫様考案の新魔法“リボルバー”!!」


(おもむろ)に掲げられた細い右腕の外縁へ青白い炎が浮かび、瞬く間に六本の火矢が形成される。(ゆる)りと回転する個々の矢が順番に飛び出していき、標的の頭上から無遠慮に降り注ぐ。


多分、狙える距離か(いな)かでは無く、取り敢えず目に付いたので撃ち放ったのだろうが…… 中々どうして、惜しい場所に飛んで無様な尻もちを突かせた。

異界の賢者こと、ジョン・フォーブス・ナッシュ氏はゲーム理論で有名ですね

確か、ノーベル経済学賞を受賞してたと記憶しています(*º▿º*)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 更新おつかれさまです 討ち取った敵将はどうするかですね? さらし首にするのも良し丁重に弔うも良し あと昔の武将は討ち取った敵将の頸で髑髏の杯を作ったとか? 吸血鬼に髑髏の杯とか似合いますね…
[一言] 更新お疲れ様です!(*`・ω・)ゞやっぱり圧勝でも死傷者は出ちゃいますね、それにしても灰になっちゃうのはちょっと悲しいですね、、。そういえばクラウゼ殿、確か臓器がやられて翼が使えないって言う…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ