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第五話 敗残兵はしぶとく生き残る

逆説的だが、吸血種の判別が聖教会には不可能な事を知り、あきれ果てて思わず片手で顔を覆う。


(過激派主導の異端審問が適当に行われているのは知っていたが、そこまでとはな)


(にわ)かに思考が囚われた瞬間、ずずいと身を寄せてきた狐娘が下から(のぞ)き込み、()れていた意識を引き戻された。


「匂いでも判別し難いのは(しゃく)だけど、傭兵なら戦場で成果を出せば良いか……」

「善処しよう。ところで自領軍の現在地は把握できているのか、エルザ殿?」


「首都が陥落した後、健在な三領地と違って撤退する場所が無かったから、大隊単位に分散して南西領を目指したの…… 多分、その内外を隔てる境界線付近に駐屯していると思う」


少々曖昧に答えた吸血姫は紅い瞳で狐娘を一瞥(いちべつ)し、自身がベルクス軍の残敵掃討で捕縛されて以降の話を促す。


素直に人狼達が従っている事もあり、ペトラと呼ばれた狐人の身分が高いとは予想していたものの…… 断片的な情報を統合すると、獣人系種族が多い南西の森林地帯を治める人狼領主ヴォルフラム・ゼーゲンヴァルクの令嬢らしい。


(つまり、母親が狐人族でハーフなのか?)


余り意味の無い推察が脳裏を過り、密かに自戒して吸血姫と狐娘が交わす会話を傾聴(けいちょう)する。


どうやら思ったよりも迅速かつ円滑な撤収が行われているものの、魔族国の首都イグニッツを奪われた中央領軍の一部が未だに留まり、散発的に敵軍へ攻撃を仕掛けているとの事だ。


「それは戦力の薄い後方で、補給線を狙ってやるべきだが……」

「同感だぜ、クラウゼ殿。正面でやったら最初は良くても各個撃破の(まと)になる」


何度か頷いた黒髪の戦士長を見遣(みや)り、人の皮を被っていても野性味溢れる剛毅な姿の割に理知的だと感心していたら、横合いから不意に吸血姫の小さな咳払いが聞こえてきた。


「さりとて、友軍部隊がベルクスの侵攻を遅らせているのは事実です」

「策を(ろう)するなら今の内だけど…… 何か無いの、ウォルギス?」


「毎度のことながら唐突に振られても困るぜ、御嬢。()いて言うなら、取り急ぎ南西領に帰還して手勢と合流した方が良い気もするがな」


やれやれと軽く両肩を(すく)めた後、先んじて南西の方角に歩き始めた背中を追い、その隣にいた人狼の青年も一歩を踏み出す。


彼らを露払いにして令嬢達が続き、俺や残りは殿(しんがり)を受け持つ隊列となり、折に触れて休憩など挟みつつも変わり映えしない森の中を進んでいく。


外見が人の姿でも精強な人狼族が健脚なのは兎も角、学士と称される頭脳派の吸血姫も封印を解かれた魔力で身体強化などしているため、翌々日にはディガル魔族国の中央領と南西領の境界線上に到達した。


そこから少し森の奥に入った頃合いで先頭二人が足を止め、斜め前方の空間に視線を向けて暫く待てば、木陰から犬人(コボルト)族の偵察兵達が姿を現す。


「ウォルアゥ~ (お味方発見~)」

「グォア ガルォフ (他には異常無し)」


「彼らは黒狼殿の手勢か?」

「いや、あいつらは北西領軍の所属だ。犬人(コボルト)は何処にでも定住しているからな」


何やら適応能力には御墨付きがある体格だけ人に似た犬型魔族がハンドサインを送ると、数人の屍鬼族を従えた吸血種が出てきたあたり、確かにそうなのだろう。


「ッ、エルザ様、よくぞご無事で……」

「ん、心配を掛けたわね」


「我らが姫の救出に感謝致します、ペトラ嬢」

「余り(かしこ)まらなくていいよ、友達を助けるのは当然だから」


照れてぶっきらぼうに言い放った狐娘に対して、深々と頭を下げた相手の視線が今度は此方(こちら)に向き、柔らかな態度で友好的な笑みを浮かべてくる。


「こんな時勢だからこそ、同胞は歓迎させて貰う」

心遣(こころづ)いに感謝だな、宜しく頼む」


軽く頷いて純魔法銀(ミスリル)製の指輪が持つ偽装効果を実感している内に、吸血種の指揮官は一声掛けてから(きびす)を返し、偵察小隊を率いて本陣の場所まで誘導し始めた。


黙々と四半刻ほど移動した途上にて、やや逡巡していた吸血姫が口を開き、遠慮がちな雰囲気で自身の配下へ問う。


「…… 私が捕まってから、皆に大きな被害はなかった?」

「はい、その場合でも撤退を優先するように厳命されていたのが奏功しました」


積極的に選択した “交戦の余力を残した撤退” ならば、眼前の “窮状(きゅうじょう)を打破するための仕切り直し” だと心得ている(ゆえ)か、返ってきた言葉や声音に過分な陰りなどは含まれていない。


戦端を開くことになった北西領の軍勢は土地や前領主らを失い、身を寄せた中央領での戦いにも敗れたが…… 過酷な戦場を潜り抜けた経験により、かなりの精鋭に仕上がっているようだ。


(これならベルクス軍に対抗する戦略にも、多少の幅を持たせられるな)


細めた視線の先、樹木の密度が薄くなった川沿いに野営する連隊規模の魔族兵二千数百名を眺めながら、朧げに組み上げていた献策に修正を加えていく。


なお、狐娘ペトラの父親である人狼領主麾下(きか)の南西領軍はもう少し後方に陣取っているらしく、吸血姫の帰還で湧き立つ眷属達や各種族の歓待を受けてから、俺達は夜分なれども彼の御仁が駐留している中規模の都市ラルクへ向かった。


……………

………

★人物紹介


氏名:ペトラ・ゼーゲンヴァルク

種族:狐人

階級:地狐

技能:中級魔法(土) 土塊錬成

   初級幻術 完全獣人化

称号:人狼領主の令嬢

武器:片刃剣

武装:ハードレザー フード付き外套



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[良い点] 最初から方向性が戦争物だと分かり易い書き方ですね 主人公達の道程はめっちゃハードモードですが・w
[一言] コボルトが出てくると思わずニヤけてしまうのはきっと、私だけではないハズ。 ……と思っています。
[一言] 更新お疲れ様です!吸血種 やっぱり見分けがつかないんですね なんだか魔女狩りのように無差別に吸血種扱いする聖教会も居そうです、、、ヴォルギスさん、エルザ殿の相当振り回されてるんですねw …
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