第四六話 双撃の猛獣
なお、ベルクス駐留軍の守備隊に視点を転じれば、疾風怒濤の如く押し寄せる大神の眷族達は迷惑でしかない。
ただでさえ、北西領奪還で息を吹き返したディガル魔族国の軍勢に大半の兵力を割いている上、占領下の首都イグニッツでは牢獄立て籠もり事件が現在進行中だ。
従って防壁西門を護る人員は一個小隊の六十名しかおらず、ちょっとした大隊規模の魔族勢を押し留めるには到底無理がある。
(詰んだか…… すまんな、マリス、エミカ)
国元の故郷に残してきた妻子に詫びてから、壮年の指揮官は役割を全うすべく、大声で配下に命令を飛ばす。
「第一分隊、門扉の後方に陣取れッ、入口の狭さを利して時間を稼ぐ! 第二分隊は所定の位置で弓矢を構えろ! 気張るぞ、此処が我らの死地だ!!」
「「「うぉおおぉおおおぉ―ッ!!」」」
檄に呼応した雄叫びを聞く限り、局所的な優位性が損なわれている状態でも部隊士気は衰えていない。
穿った見方をするなら、逃げ出したところで駐留軍全体を巻き込んだ混乱の最中に討ち取られる確率が高く、運良く生き延びても敵前逃亡は死罪に準ずるのだが…… あながち、それだけが理由とは言えず、兵士達にはベルクス軍人としての矜持も垣間見えていた。
「ガゥ、グルォオァアオゥ グァアゥ (はッ、気合が入ってそうな連中だな)」
「ウォルアァウ グォルオゥ (相手にとって不足は無い)」
露払いの人狼猟兵や犬人戦士に先導されたウォルギスとガルフが風に乗って届いた喊声を聞き、牙をむき出して短い言葉など交わす様子を見流し、随伴している双子魔女は麾下の魔杖騎兵らに術式構築の指示を出す。
勿論、矢除けの魔法 “ウィンド・プロテクション” を進行方向に展開させるためであり、魔人族の特性を遺憾なく発揮した複数名による “共鳴魔法” の兆候で、大気中の魔素が連鎖的に励起していく。
程なく防壁の上から一斉に数十本の矢が放たれ、魔法由来の上昇気流で綺麗な夕焼け空へと巻き上げられた。
されども、弓矢での攻撃は魔術師兵の余力を削る意味合いがあるため、風が緩やかになった瞬間に第二射が撃ち込まれる。
「ッ、第二班、術式発動!!」
「「承知ッ」」
魔人族を纏める副長リアナの掛け声に合わせて、先程は温存されていた者達が馬上にて魔杖を掲げ、再び飛来する矢を暴風で凌いだ。
「ちッ、通らないのは想定済だが、随分と速いなッ!?」
「突っ込んでくるぞ!!」
「落ち着けッ、第三射、第四射は引き付けてからだ!」
やや取り乱した守備兵達を諫め、ベルクス側の指揮官は射撃体勢を取らせるのと並行して、両脇に控えていた魔術師兵の四名に術式構成を始めさせる。
僅かな後、魔族勢の先頭が城壁へ肉迫したのを見計らい、号令一下で弓矢を斉射させた。
「もうッ、しつこいね」
市街戦も想定して魔力を温存したいリアナが悪態を吐き、第三班の人員が前衛達の足元から上昇気流を生じさせた直後、防壁上の歩廊から火属性の中級魔法 “ブレイズ” が解き放たれ…… 渦巻く暴風と紅蓮の炎が混じり合う。
「あ… やばッ」
「「ウォオオァアアッ!?」」
突発的なファイアストームに包まれた大神の眷属らが動揺の叫びを上げると、彼女は間髪入れず術式解除を術者に命じながら妹へ視線を送る。
頷いたレミリは惜しみなく自作の魔封石を三個取り出し、軽く魔力で励起させてから前方の低空へ投擲した。
それらの外殻は魔法発動に伴う内圧上昇で弾け、刹那の強烈な旋風が吹き荒れて、人狼や犬人達の体毛に引火している炎を一瞬で消し飛ばした。
「ク、クァアン…… (た、助かった……)」
「ウゥ、グォオォァアウゥ (うぅ、焦げちゃったよう)」
思わぬ火傷を負ったコボルト数匹が嘆いている間にも、守備兵らは新たな矢を番えて、防壁上より容赦なく次射の狙いを付けてくる。
「ッ、魔力障壁を展開!」
「グルォッ、ヴォルガゥア!! (お前らッ、防御体勢だ!!)」
ほぼ同時に自種族を率いる両副長の大声が響き、前衛達は虚空に複数顕現した淡い燐光を放つ浮遊障壁の下で中型盾を翳したが、不運な数名は矢を避けられず四肢に鏃が喰い込んでしまう。
「グッ、ウォルアァウゥ (ぐッ、やってくれるね)」
「ワファオン…… (地味に痛い……)」
急所を隠しているため致命傷には至らず、忌々しげに呻く同胞を横目に弓持ちの人狼達が応射すれば、攻撃こそ最大の防御とばかりに魔杖騎兵らも速射性が高い初級魔法 “魔弾” で牽制していく。
守備隊の面々は歩廊の胸壁に身を潜めて耐えるものの、市街地の騒動で迅速な増援を見込めない現状もあり、兵数の差から防戦一方にならざるを得ない。
「くそッ、良いように踊らされている感が拭えない!」
「実際そうだと思いますよ、上官殿」
「牢獄に陣取った連中を扇動しているのも、魔族国の先遣隊なんでしょうね……」
厄介極まりない事態に守備兵の一人が重過ぎる溜息を吐き、胸壁の狭間から相手方の遊撃隊を睨んでいると防壁西門まで到達した犬系獣人らが道を開け、馬鹿デカいハンマー型破城槌の柄を握り締めた二匹が吶喊してきた。
極僅かに先駆けた人狼族の戦士長ヴォルギスは槌頭を大上段から袈裟に振り下ろし、犬人族の副長ガルフは槌頭を地走りさせた状態から逆袈裟に振り上げる。
「「ヴォオルアァアアァ―――ッ!!」」
咆哮を被らせつつも、驚異的な膂力で叩き込まれた双撃が鈍い破砕音を響かせ、板金仕立ての格子を容易く半壊させた。
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