第四十話 機械室と吸血種
「ッ、突進してくるか!」
「迂闊だな!」
短く喚いた敵射手が引き金を握り込む間際、先んじて狙いを読んでいた吸血種達が動き、被矢の想定される箇所に手甲型の腕盾を翳す。
流石に取り廻し易い小型のクロスボウと謂えども、凡そ秒速45.5mで飛来する弩矢の威力は大きく、黒鉄の装甲板を貫いた鏃は腕に喰い込んで負傷させたが…… 彼らの勢いを留めるに至らない。
「ッ、覚悟さえあれば!」
「「然りッ!!」」
気勢を上げて咆え、ベルクス軍側の用意した聖銀の効果で身体の内側から焼かれる苦痛を噛み殺して、猶も標的に疾走していく。
僅か数秒で彼我の距離を潰して抜剣したばかりの守備兵達へ斬り込み、連撃を繰り出して対応が追い付かない弱卒を切り刻んだ。
「がはッ… 運が、ねぇ… な」
「うぁ、血が止まら、ない……」
失血しながらの激しい動作に脱力して、敵方の二名が膝から崩れるのを機に負傷していた先鋒の吸血種らが退けば、入れ替わるように後続の者達が前面へと詰めて剣戟を振るう。
ただ、相対する増援分隊側も白兵戦の体勢を整え、後詰めを繰り上げて此方の手勢と切り結んできた。
幅広いと言えない牢獄の通路では互いの接敵人数が制限される事もあり、少数精鋭の吸血飛兵隊が優勢に立ち廻れるものの…… 殆どの魔法が形骸化される建物内では容易に人壁を打破できず、前後を挟まれた状態で立ち往生となってしまう。
何やら膠着しそうな戦況を感じ取り、汗の滲んだ両掌で双剣の柄を握り締めて歯噛みした直後、背後より剣戟や怒号に紛れて高揚を混じらせた声が響く。
「クラウゼッ、階段は押さえたよ!」
「有り難い、中衛隊は二階に向かうぞッ」
返り血塗れで微笑むリエラに一声掛けてから、十名前後の吸血種を従えて階段付近まで向かい、留まらずに石段への一歩を踏み出した。
どうやら予想と違わず、敵勢は正門脇の内扉周辺に集中しており、難所さえ乗り越えてしまえば足止めされる要素も無く、速やかに上階の機械室まで到達する。
首都占領に先立ち、カストルム牢獄で務めた経験を持つ退役軍人に描いて貰った見取り図だと、覗き窓で繋がった二部屋に跳ね橋の巻き上げ機が各一台設置されているため、仕方なく半数ずつに分かれて扉の前へ陣取った。
「…… 錠前は掛かっているか、当然だな」
物は試しで腰元の革製小袋に手を伸ばして、盗賊上がりの傭兵仲間より購入した特殊なウォード鍵の束を取り出すも、傍にいた吸血種の一人に肩を叩かれる。
その手には吸血姫エルザ謹製の携帯破城槌なるモノが握られていた。
「これで壊した方が早いのでは?」
「折角、姫様が下賜してくれた訳ですから」
「あぁ、好きにしてくれ」
求められる効果の性質上、重量10㎏もある装備を此処まで運んだ苦労に配慮して、全長50㎝の武骨な取っ手付き円柱の威力とやらを拝見させてもらう事にする。
勢い良く叩き込まれた小型の破城槌は二打目にして、あっさりと錠前を金具ごと破壊し、部屋扉を内側へ押し込んだ。
奥側の扉に取り付いた半数も同様の手段を講じ、突入できる状態になったのを確認してから、そっと顔だけ出して内部の様子など覗う。
(一見すると無人だが……)
入口からの可視範囲には死角が多いため、腹を決めて突入指示を出すも…… 案の定、最初に踏み込んだ同輩が弩矢の鳴らした風切り音に続いて呻き声を漏らす。
「うッ、うぐあぁッ!?」
一応、頭部と心臓は手甲型の腕盾で庇うように忠告していたので、急所を穿たれて灰燼には帰さず、防御範囲外に鏃が刺さったと思しき彼は動きを止めて頽れた。
その隣をすり抜けて姿を見せた守備兵の一人へと迫り、半身になりつつ右手の赫刃で逆袈裟の剣閃を煌かせる。
「なッ!?」
反射的に差し込まれたクロスボウの弦を切り、弓座も弾いて軽装鎧の胸部を裂いたのは良いとして、相応に威力を削がれたので骨肉まで達しない。
ならばと、斜めの角度を付けた左手の黒刃を即座に突き入れて、躊躇なく喉元を貫いた。
「かは… ッ、ぅう……ぁ…」
「…… 脆いな」
意図せず口に出た言葉は自戒であり、絶望的な表情の相手に同情を禁じ得ない自身の精神的な弱さに呆れながら、素早く斜め後方へ飛び退って室内を見渡す。
対面の壁際にもいた守備兵は手勢の一人から既に致命傷を与えられており、他に脅威が存在しない事を確認した上で、跪いている負傷者に視線を流した。
「深刻な状態か?」
「ッぅ、脇腹と太腿に被矢しました。戦闘では足手纏いになります」
石畳に小さな回復薬の空瓶が投げ捨てられているあたり、室内を制圧している間に傷口へ振り掛けたのだろうが、治癒魔法より数段劣る肉体賦活の効果は限定的だ。
含有魔素や身体に働きかけ、ある程度の傷を塞いで止血する効能はあれども、深手を直ぐに治療する事は出来ない。
「余り無理はするな、俺達の仕事も後少しだ」
「申し訳ありません、不甲斐ない」
ぼそりと呟かれた言葉に苦笑したところで鉄格子付きの覗き窓を経由して、遣り取りを窺っていた隣室の吸血種達より声が掛かる。
「此方の負傷も一名です、クラウゼ卿」
「…… 痛いだけで命に別状はありません」
「それは僥倖だ、機械の操作は問題無いか?」
「えぇ、直ぐにでも」
頷いた痩躯の同輩が指揮を執り、互いに連携して二台の鎖が巻かれたリールの留め金を外し、持ち手部分を掴んで慎重に廻せば耳障りな重い金属音が室内に響いた。
★人物紹介ならぬ、部隊紹介(*'▽')
部隊名称:吸血飛兵隊
部隊指揮:リエラ・リヴィエラ
部隊副官:マーカス・ザルト
部隊人数:総勢50名(※首都にいる先遣隊は35名)
種族構成:吸血種のみ
必須技能:中級程度の魔法 自然治癒促進(中)
短距離飛翔 馬術 剣術 盾術
授与称号:準騎士 北西領軍の最精鋭
制式武器:黒鉄の剣 黒鉄の投げナイフ
制式武装:手甲型腕盾 軽装鎧 外套
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