第四話 病める時も健やかなる時も
「確かに首都イグニッツと進軍経路にあった私達の北西領は占領されたものの、残りの三領地は健在ね。そう簡単に攻め落とせるほど柔じゃない」
「故に迎撃体制を整え、次の一手を打つことも可能だ。どうにかして戦力の均衡を作り出せたなら、やがては停戦も見えてくるだろう」
亡き聖女の望みに添うため、ここ数日考えていた目算を告げれば、吟味するように熟考していた吸血姫が訝しげに此方を眺める。
「殺し殺されの連鎖が嫌いなのでは?」
「さっきエルザ殿も言っていたな、“戦時下で必要なのは武力” だと…… 早々に戦争の区切りを付け、知識が役立つ環境を醸成すべきと愚考した」
向けられた疑問に衒わず応えると、深く溜息した彼女は頭を抱え込んだ。
暫く何やらぶつぶつと小声で呟いてから、今度は紅い瞳に決意を秘め、真っ直ぐに視線を合わせて問い質してくる。
「戦死した父兄に代わり、暫定的な吸血種の領主として聞くわ。望む明日に辿り着くまで、恐らく夥しい血を流すことになる。それでも、私と一緒に歩む意思はある?」
「掲げる理想が違わない限り、貴女の傍で力を尽くそう」
「ふふっ、そこは “病める時も健やかなる時も” でしょう」
揶揄い混じりに差し出された色素が薄い手を取り、微笑みを浮かべた吸血姫に釣られて自身も口角が上がりかけたところで…… 不意に風下から微かな草鳴りの音が響く。
反射的に腰元の鞘から短鉄剣を引き抜き、矢避けの魔法 “ウィンドプロテクション” の発動準備もするが、緩慢な動作で木々の合間から姿を見せたのは外套を纏った二足歩行の狐である。
件の狐は不意に立ち止まってフードを外し、バキボキと骨格が変形する異音を連続させて、肩に掛かる茅色髪から狐耳を覗かせた尻尾を持つ少女に転じた。
「ごめん、経路偽装で南東に抜けて迂回したから遅くなった」
「いえ、助けに来てくれただけで嬉しい。ありがとう、でも……」
「うん、バドス兄弟が殺られた。けど、あたし達が救出を敢行した結果で、手を下したのは薄汚い人族だ」
ともすれば可愛らしい容姿に似つかわしくない、狐娘の殺気が籠った眼差しを受け止め、ちらりと吸血姫を一瞥する。
少しだけ難しい表情になった彼女は軽く額を押さえ、先ずは安全確保のために森の奥へ移動する事を提案した。そうして黙々と一刻ほど歩いた場所で、改めて狐人族の少女に語り掛ける。
「彼は私が雇った傭兵のクラウゼ殿、凄腕の風使いよ」
「…… どれだけ強くても、人族は信用に値しない」
「さりとて、友好国のハイラッド帝国を統べる魔皇は隣接した人族の国家二つと期限付きではあれ、停戦協定を締結しているわ」
やんわりと諭すような言葉通り、一定の信頼無くして協定は成立しないのは事実だが、そのせいで魔族達の帝国は朋友に援軍を送り難い情勢だ。
例え、ベルクス王国が直接の停戦相手でなくとも、下手に隣国を刺激すれば国益に反する恐れがある。
(まぁ、余計な口は挟まない方が賢明だ……)
そう判断して二人の押し問答を聞いている内に、隠れて尾行する必要性を感じなくなったのか、四匹の逞しい人狼が左右の木陰から姿を現す。
彼らも先程の狐娘と同様に骨鳴りの音を出し、滑らかに人の姿へと転じて少々困惑気味に苦笑した。
「御嬢の言い分にも一理あるぜ、エルザ殿。こっちはお世辞にも人族に対して良い印象を持ってない。せめて吸血してくれたら譲歩するがな」
「そいつが貴女を助けたのは見ていましたが、我々は仲間を二人も失っています。うちの戦士長も無条件では尻尾を振りたく無いんですよ、分かってください」
先に発言した頭目らしき黒髪の軽装戦士に続き、隣にいた栗毛の青年が正直な意見を述べれば、残りの者達も同調して頷く。
ただ、皆の視線を一身に受けた吸血姫は応じる様子が無く、少しの間を空けて言葉を紡ぎ出した。
「黒狼のヴォルギス、彼が人の身で我らと歩む意義は大きい。いずれは何某かの決定打に成り得る筈よ」
「だからと言って、その見掛けだと要らぬ反感を買うぞ?」
「あたしは外見に関係なく気に入らないけどね」
何やら不満気にそっぽを向いた狐娘はさておき、金糸の髪を揺らして吸血姫が振り返り、手慣れた所作で此方に右掌を伸ばす。
何かを所望するような仕草に心当たりが無いため、疑問に思っていると視線が俺の右手に移り、把持したままの首輪に気付かされた。
「これ…… と言うより魔法銀か?」
「ん、それ、折角だから有効活用させて貰いましょう」
悪戯っぽく微笑んだ彼女は受け取った拘束具に付けられたタリスマンを握り、淡く青白い魔力光を灯らせる。
ぼとりと著しく価値を失った首輪が地面に落ち、開かれた掌には複雑な魔法文字の刻まれた指輪が生まれていた。
「戦闘では頭数に入らなくても、錬金術とかは得意なの。でも、混ざり物が多かったから、純魔法銀製だと一つしか作れなかったみたいね」
そう言いつつも此方の左手を取って薬指に嵌めてくるあたり、巫山戯た性格をしているなと認識を改めた直後、体内に循環する魔力が変質していく。
「ッ、何だ!?」
「別に無害よ、装着者の魔力を利用した偽装だから」
「ふむ、黒髪紅眼の吸血種といった風貌だな」
感心したようなウォルギスの言葉が正しいなら、自身は纏う魔力含めて吸血種の様になっているのだろう。少々戸惑いながら色が変わった前髪を弄り、伸びた牙に違和感を感じていると追い打ちが掛けられる。
「容姿はこれで良いとして、血も飲めるようにならないとね」
「…… 本気なのか」
「聖教会が喧伝するみたいに飲まないと死ぬ訳じゃないし、寧ろ信頼関係にある者以外の血を体内に入れるなんて、普通に嫌だけど場合によっては必要かも?」
などと可愛らしく小首を傾げた吸血姫の話では “太陽の光で灰になる” とか、 “聖印を直視できない” など、さも悪魔らしい風説を聖職者達が流布しているとの事だ……
★人物紹介
氏名:クラウゼ (平民出身:姓なし)
種族:吸血種(偽)
階級:ナイト・ブラッド
技能:中級魔法(風) 風絶結界
身体強化(中) 双剣術 投擲
称号:元聖女の護り手
武器:短鉄剣(右手) 血錆びの短鉄剣(左手)
スローイングナイフ(補助)
武装:ハードレザー 偽装の指輪
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