第三八話 吸血姫は兵器がお嫌い？
直後に吸血種達が先陣を切り、正門脇の内扉を破壊するために近寄ったところで、防衛塔の一つより風魔法 “ウィンド・ボイス” で拡張されたと思しき怒鳴り声が響き渡る。
「賊は中庭だッ、射殺せ！！」
「ちょッ、反応が早いんだけど！？」
事前の警戒水準が何かしらの理由で高かったのか、面喰う騎士令嬢リエラに一切構わず、四方を囲む八基の塔に備えられた狭間及び上部胸壁の隙間から結構な数の弓矢が降り注いだ。
「ッ、姐さん！！」
一瞬だけ硬直した指揮官を庇うべく傍にいた副長マーカスや吸血種らが盾となり、残りの者達も防御姿勢となるのを眺めながら、中庭の構造を上空より見た時点で構築に取り掛かっていた “ウィインド・プロテクション” の魔法を励起させる。
どうせ牢獄内部は結界のせいで軽微な体循環系魔法しか行使できないため、消耗は激しくとも味方全員を内包するような範囲で生じさせた暴風が吹き荒れ、殺到する全ての矢を夜空に巻き上げていく。
「リエラッ」
「任せてッ、破砕用の火薬を！！」
間髪入れずに大声を出せば、呼応した騎士令嬢が両掌の間に紅蓮の火球を浮遊させるのに合わせて、二人の吸血種が黒色火薬入りの小樽を抱えて歩み出た。
此方も連動して矢避けの魔法を解除した瞬間、当然の如く次射が各防衛塔から撃ち込まれる訳で…… 再び皆が魔術障壁を展開する傍ら、遅滞なく転がされた二つの小樽は正門脇の内扉まで辿り着き、後追いで撃ち込まれた火炎弾により派手な轟音を鳴らして爆散する。
「ふふっ、豪快で良い感じね♪」
「ッ、早く突入しましょう」
「包囲状態で射られた矢は防ぎきれませんッ」
「しかもこれ、“聖銀” の鏃ですよ」
運悪く矢傷を受けた者達が焼けるような痛みに呻き、忌々しい聖別された銀製の鏃を引き剥がす間も継続的な射撃は止まない。
一時的に体勢を整える必要性もあり、再び大気中に存在する魔素と自身の魔力を共鳴させ、溜息混じりに風壁を形成した。
「…… 因みに広域展開できるのは最後だぞ。最悪、逃走も想定しているからな、手持ちの魔力回復薬は温存したい」
「大丈夫、姫様に失敗なんて報告できないし。判断は慎重にって言われてるけど…… 制圧用の爆雷も使う。前衛は魔法障壁の準備、後衛は弓矢に備えてッ！！」
威勢よく叫んだリエラの指揮に麾下の吸血種達が従い、先程の爆発を見た故か、硬い表情で先の物とは木材の質感が違う小樽を差し出す。
受け取った彼女は矢避けの暴風が静まるのを見計らい、指先に灯した焔で気持ち長めの導火線を炙ってから、着火した状態で補強用の板金ごと吹き飛んだ内扉の奥目掛けて転がした。
「前衛、障壁展開！」
「「了解ッ！！」」
掛け声と共に発動段階で維持されていた魔法が解き放たれ、淡い燐光を放つ十枚前後の障壁が互いに重なるように前面を覆う。
その後方に皆が身を隠して程なく、牢獄の廊下側から石壁越しに顔を覗かせ、此方の様子など窺っていたベルクス守備隊の足元へ小樽が届き…… 暫時の後に爆音が響いた。
憂鬱だと愚痴りつつも吸血姫が試験を繰り返し、領兵達の犠牲を減らすために実用化した樽型爆雷には幾つもの小鉄球が仕込まれており、飛散してきたそれらは魔術障壁の各部に細かな罅を刻んで損壊させる。
「…… 結構な威力ですね、クラウゼ卿」
「あれ、本当に姫様が作ったんですか？」
「間違いない、直に手渡されたからな……」
仮にも比較的容易に作製可能で中級魔法と同等以上の威力があり、遣い手を選ばないとういう時点で相当な脅威だが、この場で考える事でもないかと割り切って剣帯の鞘から赫と黒の双剣を抜いた。
「吶喊するぞ、続け！！」
「「「応ッ！！」」」
漏れ聞こえてくる敵勢の苦鳴を聞き流してカストルム牢獄の内側へ飛び入り、爆雷で致命傷を受けて伏した同僚達の救護などしている軽傷者の一人に斬り込む。
「なッ、うぉおッ！？」
咄嗟に立ち上がりながら翳された守備兵の鉄剣を叩きつけた右手の赫刃で封じてから、薄暗がりに溶け込む左手の黒刃を軽装鎧の隙間へ突き刺し、その柔らかい腹部を貫通させた。
さらに手首を捻り、臓器に追加の損傷を与えてから、去り際に右脚の中段蹴りを喰らわせて得物を外せば、唖然とした表情の相手は踏ん張り切れずに血を撒き散らして斃れていく。
「うあッ… あ、あぁッ……」
「貴様、よくもダックスをッ！」
「これも戦争だからな」
激昂して上段の構えから斬り掛かってきた壮年の守備兵に即応し、渾身の一撃を交差させた双剣で受け止める。
先んじて威力を相殺した上で、押し切ろうとしてくる鈍色の刃を右斜めに逸らすと同時、少しだけ懐へ詰めて黒刃の剣柄で顔面を強打した。
「ぐぅうッ！？」
短い悲鳴が零れた一瞬の隙に彼我の距離を取り直し、無防備に晒されている喉元を突き出した赫刃で穿つ。
致死の深手により朽ち果てる姿を一瞥した後、複数の怒号が鳴り響いていた周囲の状況に意識を割くと、他の残敵達も殆どが一緒に踏み込んだ吸血種らの手で速やかに仕留められていた。
黒色火薬の歴史に於ける登場は早いですけど、そこから銃器に至るまではかなりの年月がありますよね～(*'▽') 爆発で弾体を飛ばすという発想は結構難しかったのかもしれません。
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