第三四話 備えあれば患いなし?
四半刻ほど経過した頃だろうか?
半壊した礼拝堂の扉が耳障りな音を鳴らして開き、沈んだ色調の外套を纏った男女四名が建物の内側へと踏み込んでくる。
彼らは適度な距離まで歩み寄り、一枚の銅貨を指で弾いて寄越した。
「…… 確かに御代は頂いた」
受け取った硬貨の指定位置に意図して刻まれた傷があるのを確かめ、狐娘のペトラが最後に勧誘した小集団の構成員だと判断して、近場の壁際に立て掛けてあった襤褸いスコップ二本を手渡す。
「ん、得物は埋めてあるのか?」
「力仕事は任せるわね、本数が足りないみたいだし」
「むぅ、仕方が無いな」
「何処を掘れば良いんだ、吸血騎士の旦那?」
それぞれに反応を示した彼らを無言で見遣り、自身もスコップ片手に移動しようとすれば、再び扉が軋む音を鳴らした。
暗がりに身を隠して飛び込んできた小柄な影が瞬時に迫り、手前にいた魔人族の男へ鋭い袈裟切りを放つ。
「ぐッ… がはッ、かひゅ!?」
双剣による右手の初撃をスコップで弾かせた上で、その隙に撃ち込まれた左手の次撃が鳩尾を深く穿った。
血の匂いがしない故、恐らくは生け捕りのために鞘を固定した状態での一撃により、外部から横隔膜を強制的に激震させられ、前後不覚に陥った魔人は腹を押さえたまま頽れていく。
「てめぇッ!!」
倒れた仲間越しに虎人族の男がスコップで刺突を繰り出すも、相手は先端部を右鉄剣で払いながら飛び退いた。
咄嗟に魔力を右掌へ収束させたが、眼前の味方が障害となって不用意に撃てない。
「ちッ」
思わず舌打ちしている間にも人影は再度の後方跳躍を行い、入口から姿を現したベルクス憲兵達の傍まで移動する。
一部屋根が焼け落ちた場所に立ち、月明かりに艶やかな黒髪を照らされた淑女には何処か見覚えがあった。
「“戦争狂いの令嬢” か……」
「というか、貴方はいつ人間を辞めたのです、“聖女の護り手”」
暗がりで煌めく吸血種特有の緋眼を碧眼で睨みつけ、僅かに面識があっただけの黒髪淑女が訝し気に小首を傾げる。
「国境沿いの都市ラズヴェルで護衛対象を殺害し、姿を眩ませたと聞いておりますけど…… 真偽のほどをお伺いしても?」
「否定はしないが、諮問はまたの機会にしてくれ」
抜かり無いゼノヴィアの性格なら、既に魔神教会跡地の周辺を押さえているとしても、時間経過が此方を不利にするのは確実だ。
冗長な会話も時間稼ぎの可能性があり、早々に切り上げさせて貰うため左腕を斜め上に掲げ、発動段階で留めていた風刃の魔法を高圧風弾に組み替えて放つ。
「ッ、対空防御!」
「はいッ!!」
指揮に即応した憲兵隊付きの神官が後衛から錫杖を掲げ、事前に術式構築していた半球状の魔法障壁を展開するのと、燐光を纏う風の弾丸が炸裂したのは同時で…… 間髪入れず、元々半壊していた屋根が相手方の頭上へ崩落した。
「「「うぉおおぉッ!?」」」
「今のうちに撤収するぞ、こっちだ」
「あぁ、異存はねぇな」
どさくさに紛れて完全獣人の姿へ変貌した虎男が片膝を突き、昏倒させられた同胞を軽々と肩に担ぐ様子など一瞥し、粉塵が立ち込めた礼拝堂の壁際まで移動する。
「ねぇ、裏口は袖廊の奥じゃないの?」
「多分、そっちは憲兵隊が抑えている」
端的に答えつつも旋風を纏わせた右脚で壁面を蹴り抜くと、狐娘ペトラの土属性魔法“破岩”にて、あらかじめ内部構造を脆くされている壁材が粉微塵に砕けた。
「用意周到ね……」
「まったくだ」
「無駄口は後にしてくれ」
若干、呆れた声を漏らす魔女達に一声掛け、率先して廃墟の外へ飛び出す。
鮮明になった視界で状況を把握すれば、やはり袖廊から続く裏口には十数名程度の憲兵が配されており、此方に気付いて騒ぎ始めた。
「奴ら、あんな場所からッ!」
「ゼノヴィア隊長はまだ中か!?」
「くそッ、俺達だけでも追うぞ!!」
慌てて動き出した連中を横目に路地へ駆け込み、街の夜闇に消えようとするが…… 如何せん、最初にやられた魔人が足枷となって徐々に差を埋められてしまう。
「此処は受け持つ、先に行け」
「すまん、恩に着る」
「お言葉に甘えさせて貰うね」
隘路へ飛び込んだ折に同胞達を逃してから、自身は縦列気味に突入してくるベルクスの憲兵達と向き合い、旋風の纏わり付いた右腕を真っ直ぐに突き出す。
狙いは先頭に立っている二人、その足元に三連の風刃を喰らわせた。
「うぉッ!?」
「ぐうぅッ!」
裂かれながら足元を掬われ、勢いあまった尖兵が狭い路地で倒れると後続も止まらざるを得ない。
その間隙に乗じて、今度は淡い魔力光が溢れる両掌を突き出し、水平に伸びる小規模な竜巻 “晴嵐” を撃ち放つ。
「ちょッ、躱せねぇぞ!」
「おい、嫌がらせかよッ!!」
「「「ぐがぁああぁああッ!?」」」
此方を窺う前衛達が表情を引き攣らせる中、視界不良で状況が理解できていなかった後衛も含め、全てを暴風が薙ぎ倒していく。
されども一陣の風が収まった直後、埃に塗れて少々立腹な様子の黒髪淑女が呻く部下を踏み越え、強弩で射られた鏃のように吶喊してきた。
いつも拙作を読んで頂き、ありがとう御座います。
衒いや冗談の類では無く、皆様の応援で筆を走らせる事ができています。物語というのは筆者と読者のコミュニケーションで織りなされるものだと、日々痛感する次第です。
故に皆様の毎日が充実したものであるように願わせて貰いますね(*'▽')




