第ニ八話 他人の振りして良いか、ペトラ嬢?
西方大陸より遥か東方の平原にまで幾つか存在する特定の亜人種国家、かつて最大多数を誇る人族と各地で大きな戦を起こした多種族連合の末裔は健在であり、そこに暮らす者達は異種間の垣根を越えるため自らを “魔族” と総称していた。
当初は魔人族や純魔族、森人族が中心だった事実から “魔力に長けた種族” に由来した言葉も、獣人系種族などの合流により時代と共に意味合いが変化している。
現在に於いては聖教会の影響が強い人族からすれば、神々に歯向かう亜人種の蔑称であり、当の魔族側にとっては各種族間の融和を象徴する意味があった。
そんな経緯を父親である人狼公ヴォルフラムから聞き及んでいても、普段は意識する事などない、ざっくばらんな狼混じりの狐娘ペトラだが…… 真っ昼間から酒を飲んで馬鹿騒ぎしていたベルクス兵達に呆れて眉を顰める。
「おいッ、早く次の皿を持ってこいや、遅いぞ!」
「それよりも酒だ、酒、グラスが乾くじゃねぇか!!」
「すみません、今直ぐに… うぁッ!?」
怒鳴られて焦ったのか、給仕をしている青白い肌が特徴的な純魔族の娘が躓いて転び、運んでいたエールを盛大にぶちまけてしまう。
恐る恐る顔を上げると右半身を派手に濡らし、怒りの表情を浮かべる大柄な兵士の姿があった。
「ははッ、酒も滴る良い男だな」
「街を歩けばモテるかもよ、酒臭くて」
「うるせえッ、黙ってろ」
「ひぅッ、すみません、御免なさい」
揶揄してきた別卓の同輩に悪態を吐き、怯えている娘の胸倉を乱暴に掴んだ直後、その視線が零した酒で透けた乳房へ吸い寄せられる。
改めて見ると悪くない顔付きや肉感的な身体に気勢を削がれ、代わりに下卑た笑みを浮かべた兵士が抵抗する彼女を右肩に担ぎ上げた。
「あうぅ!? は、離してください」
「店主ッ、こいつを借りていくぞ、非礼の償いを取らせる」
「勘弁してくれ、お客さん。此処は娼館じゃないんだぜ」
「それぐらい知っている、馬鹿にしてんのかッ!!」
低姿勢ながらも食い下がってきた事に苛立ち、歩み寄ってくる酒場の主を太い左腕で殴り飛ばす。床に転がっていたグラスの残骸を踏み割った彼はバランスを崩し、後ろに倒れて尻餅を突いた。
「お前は誰のお陰で商売できてると思ってんだッ、汗水垂らして治安を維持してる俺達あってのものだろうが!!」
「ちったぁ、感謝と誠意を見せて貰わないとな」
「持ちつ持たれつ、世は情けって奴だよ」
薄ら笑いを浮かべ、便乗した兵士達も囃し立てる最中、隅っこで静かにホットミルクを飲んでいたペトラがふらりと席を立つ。
リネン生地の白いワンピースに若草色の上着を羽織った町娘の装いに反して、その足取りは武芸を嗜む者の特徴など備えている。
されども安酒が廻った狼藉者は気付かず、母親譲りの美しさと可愛さが混在した狐耳の少女に下世話な視線を向けた。
「何だ、こいつの代わりに嬢ちゃんが相手してくれるか?」
「う、うぅ……」
「御断り、粗野な輩が治安を語るのが気に入らないだけ」
「はッ、もう一度言ってみ… がぁッ!?」
啖呵の終わりを待つ事無く、スカートを翻して放たれた金的が対峙している兵士の股間に直撃し、男にしか分からない激痛で前屈みの体勢を取らせる。
それにより、肩へ担がれていた純魔族の娘がずり落ちてくるのに合わせ、狐娘のペトラは彼女の衣服を掴んで引き寄せた。
「うきゃあッ!?」
少々乱暴だが、背に庇うように身体を入れ替えた刹那、有無を言わさぬ飛び膝蹴りで中腰になっていた相手の顔面を穿つ。
「ぶべぅッ!」
「薄汚い鳴き声……」
意識を失って倒れる無様な姿を一瞥し、澄ました態度の狐娘はテーブルに残る三人の駐留兵へ嘲笑を向けた。
「貴様、我らに逆らって無事で済むと思っているのか!!」
「下賤な獣には躾が必要だなッ」
あからさまな挑発を正しく受け取り、酔いの醒めた顔で立ち上がる連中を背後より眺め、待ち合わせ場所に着いたばかりの俺は眉間を押さえてしまう。
客観的な状況判断から無駄だとは感じたものの、刺激しないように落ち着いた声で語り掛ければ、近い位置にいた二人が振り向いた。
「連れ合いが失礼をした。貴君らの酒代は持つから、手打ちにしてくれないか?」
「これは金銭の問題じゃねぇ、軍人の矜持に関わる事だッ」
「引っ込んでろや、魔族風情が!!」
聞く耳持たずに殴り掛かってきた兵士の右拳に左掌を添えて下方へ捌き、連続して繰り出された左拳は右腕で外側に払い、透かさず初動で降りていた左腕を掬い上げるように振り抜く。
堅く握り締めた拳で顎先を打ち上げ、軽い後方跳躍で距離を開けてから、無防備な鳩尾へ強烈な右中段蹴りを喰らわせた。
「がッ、ぐえぇッ!?」
「… 吐くなよ、汚い」
「てめぇッ、巫山戯るな!!」
吐瀉して昏倒する同輩の姿に怒り、左斜め前方にいた兵士が摺り足で僅かな距離を詰めて、此方の脇腹目掛けた右廻し蹴りを放つ。
その一撃を左腕で受止めつつも、素早く横振りした右腕にて蹴り脚を抱え込んだ。
「くそがッ!!」
軸足一本で立つ羽目となり、無益な悪態など吐いている隙に左掌で脛あたりも掴み、引き寄せると同時に踏み込んで外した右腕を胴へ薙ぎ払う。
前後異なる方向に加えた力が相手の体幹を崩し、勢い良く仰向けに転倒させた。
「うごッ… う、あぁ」
咄嗟の受け身が遅れて後頭部を強打した兵士が呻き、堪え切れずに失神していく。
なお、残る最後の一人も優れた脚力で跳躍したペトラが正面から頭部を両太腿に挟み、後方へ倒れ込みながら自重と遠心力で投げ飛ばすという、何やら変則的な体術で気絶させていた。
「また無為に派手な技を……」
「けど、効果覿面かも?」
小柄な狐娘が周囲を睨み付ければ、酒場にいる他の駐留兵達は視線を逸らし、些か不愉快そうな様子で酒を呷る。
良いとは言えない陰湿な雰囲気に店主が頭を搔き、暴れた客である俺達に困り顔で近寄ってきた。
今回はアジアの格闘技シラッドや南米のルチャリブレを参考に描写しました(*'▽')
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