第二二話 古城の食卓にて
ちょっとした紆余曲折を乗り越えて辿り着いた食堂にて、フードワゴンを押してきた猫娘が足音も無く歩み寄り、淀みない動作で焼き立てのパンと芋料理を眼前に並べていく。
なお、半年ほど保存が利く晩生種の玉葱を使ったスープは運搬具だと振動で零れるため、もう一人の給仕役がトレーに乗せて持って来てくれた。
「どうぞ、熱いので気を付けてください。熱いです、大事なので二度言いました」
種族的に猫舌なメイド達が微妙にアンニュイな表情で心配してくる傍らで、深緑のテーブルクロスが掛けられた食卓の上座に陣取る吸血姫が言葉を紡ぐ。
「良い食事を……」
囁くように発音された声に合わせ、彼女の斜め左右に着座している俺や騎士令嬢も同じ文言を口にして、それぞれ暖かい食事へ手を伸ばす。
行軍中は炊事の煙でベルクス軍に存在を察知される訳にもいかず、冷たく塩分過多な料理ばかりだったので自然と期待値が高まるのを押さえ、先ずは喉を潤すためにオニオンスープを頂いた。
「うぅ、それからいきますか」
「熱いのに……」
何やらジト目で呟く猫耳メイドを見遣り、古城の者達は鹿人のマリィも含めて風変わりだと思いながら視線を戻せば、切り分けてフォークに突き刺した ”じゃがバター” に齧りつくリエラの姿が視界に留まる。
「うまッ、何これ!? 単に芋を焼いただけの料理なのに!」
「ふふ、喜んでもらえて嬉しいわ。クラウゼも食べてみてくれる?」
「食欲を唆る良い匂いだからな、喜んで頂くさ」
この場には親しい者しか居ない事から、率直な態度の吸血姫に促され、乳酪と岩塩で味付けられた “ジャガイモ” を口に運んでゆっくりと咀嚼した。
ほっくりとした食感と共に蕩けて染み込んだバターの濃厚な味が広がり、程よい塩分と相まって素材の良さを引き立てている。
「どうかしら?」
「あぁ、普通に旨いな」
「でしょう! 油で揚げても美味しいの、今度作って…… あげられないわね」
以前に試みた際、跳ねた油で手を火傷した事もあり、作ろうとすれば老執事のレイノルドが身体を張って阻止してくるとの事だ。
「たかが火傷なら純血種の特性で瞬間的に治るのに……」
「その過保護っぷりが爺さんらしいよね~」
「ともあれ、“ジャガイモ” の良さが伝わって嬉しいわ。生産性も高いし、土壌を活かして保存した場合、涼しい時期なら半年は持つの」
さらりと衝撃的な事実が告げられ、意図せずに食事を取る手が止まってしまう。
厨房で調理しつつ聞いた春秋に収穫する二度芋、土地柄次第で育成可能な三度芋の話を考慮したなら、“ジャガイモ” は年中いつでも食べられる作物となる。
「ッ、これは西方大陸の食料事情が変わるな、麦類に並ぶ主食になるぞ」
「痩せた土地でも育ち易く、食用部分が地中にできるから鳥獣被害は少ないし、単位面積当たりで小麦の倍以上に及ぶ収穫効率が見込めるわ」
得意げな吸血姫エルザの発言により、食している “ジャガイモ” が途轍もない作物に思えてきたが、良いことづくめでも無いだろう。
暫時の思案で幾つか想定した後、上品にスープを飲む彼女に問い掛ける。
「確か、芽に毒があるんだったな…… 致死性があるとか、極端に栽培方法が難しいとかは無いのか?」
「ん、グリコアルカロイドの一種、ソラニンが含まれてるから注意は必要ね、実は皮にも同系の毒素はあるのよ」
悪戯っぽい笑みで投げられた言葉に一瞬硬直し、上機嫌でパクついていたリエラと思わず顔を見合う。
「待て、切るときに皮付きで構わないと言ってたと思うが……」
「え゛、姫様、もう結構食べちゃってんるですけど!?」
「勿論、それは大丈夫よ、適切な処置をしているから安心して良いわ」
“私も普通に食べてるでしょう?” などと嘯く吸血姫の学士曰く、芋皮に含まれる有害なソラニンは少量なので、余り気にしなくても構わないそうだ。
ただし、収穫後に直射日光を浴びさせてしまうと皮の緑化が進み、その含有量は10倍以上に達するため、油断せず警戒しておく必要がある。
「身体の小さい子供だと一日当たりの摂取許容量が大人の半分以下だから、基本的に “ジャガイモ” の皮は食べさせない方が良いの」
異界の西欧諸国では伝播初期の段階で中毒症状を起こした者も多く、場合によっては死者も出した故に “悪魔の作物” という不名誉を賜り、約二世紀にも渡って有益な食料と見做されなかった訳だ。
「一応、聞いておくが、知らずに芽などを食した場合の中毒症状は?」
「下痢・嘔吐・腹痛・頭痛等ね、大量摂取しない限りは軽微だけど」
列挙された諸症状はあくまで人族を基準にしており、強靭な肉体を持つ亜人種なら、恐らく深刻化し難いとの見解に騎士令嬢が胸を撫ぜ下ろす。
その様子に微笑した吸血姫は自ら脱線させた話を打ち切るかのように軽い咳ばらいをひとつ。
「栽培の方法は比較的簡単な部類に入ると思うわ、連作障害のある作物だから配慮は要るけど、既に新しい手法を幾つかの農家に試して貰っているの」
「何気にベルクスとの戦役で有耶無耶になっちゃってません?」
「あうぅ、確かにリエラの言う通りです。 一度、畑を見に行かないと……」
やや脱力した感じの呟きが届くものの、補給線を断たれたベルクス王国の主力が黙っている筈は無く、外敵に備えた次の布石も考えなければならない。
それでも、少しの余暇はあるかと思い直して残りの料理を味わい、舌鼓を打ちながら午後の一時を緩りと過ごした。
ジャガイモを調べ過ぎて今ならかなり語れる気がします(-_-;)
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