第二十話 古城の菜園とナス科植物
入城より暫く経ち、敷地内に設営されていたベルクス軍の駐屯地で各部隊を休ませてから、赤に黒を添えたドレス姿の吸血姫が捕縛された者達と向き合い、落ち着いた口調で言葉を紡ぐ。
「初めまして、私が領軍を統括しているエリザ・クライベルよ。虜囚の辱めを受けた折、占領下の首都で晒し者にされたお陰で、少しだけ心境は理解できるわ」
「…… 相応に人道的な処遇を期待しても?」
「そんな訳無いでしょう、私達を化物扱いする人族に配慮を求められても~」
好機とばかりに尋ねたリヴェルに対して、赤毛の騎士令嬢リエラは嗜虐的な嘲笑を見せたが、主君たる吸血姫の性格を鑑みれば陰惨な事態は起きないだろう。
それは明確な美点であれども、相手次第では増長させる切っ掛けとなり、軽んじられてしまう難点も有している。
故に捕虜との接触を挨拶程度で終わらせるべく、話の途切れに合わせて彼女の傍に控える老執事へ視線を投げた。
「レイノルド殿、城内に彼らを留めおく場所はあるのか?」
「ふむ、取り敢えずは地下の牢屋に案内しよう」
此方の意図を汲んだ御仁が近場のコボルト兵達に声掛け、数匹集めてから共に憔悴した人間達を引き立てていき、まだ物言いたげな吸血姫が残置されてしまう。
「うぅ、冷酷に成れない自覚はあるけど…… 言論封殺じゃないかしら?」
「適材適所ですよ、姫様♪」
「あぁ、不得手なことは俺達に任せると良い」
やや落ち込んだエルザを生暖かく見守る騎士令嬢に同意したところで、メイド服を着用した女性が現れ、静かな足取りで歩み寄ってきた。
流麗な所作でスカートの裾を両手に持ち、軽く掲げながら屈んで一礼する。
「お帰りなさいませ、姫様。それにリエラ様と…… 誰ですか?」
「彼はハインツの代わりに三騎士となった元傭兵よ」
「…… そうでしたか、心中お察し致します」
前任騎士の戦死を理解して、陰鬱な様子で項垂れる姿に気まずさが漂う。僅かな沈黙を挟み、再度緩やかに顔を上げた相手は改めて会釈してきた。
「ノクス城のメイドを纏める鹿人族のマリィと申します、お見知り置き下さい」
「クラウゼだ、此方こそ宜しく頼む」
「二人とも仲良くね。それと城館に残った皆は手酷い事をされなかった?」
「幸い、ベルクス駐留軍の旅団長や副長は節度を重視する方でしたが……」
言わずもがな、下っ端の兵士達には荒くれ者が多いため、城付きのメイド達は性的な嫌がらせを受けたり、貞操の危機を感じたりする場面もあったらしい。
あからさまな事件が起きてない辺り、最低限の規律は維持されていたと言えるものの、耳を傾けていた吸血姫は表情を曇らせた。
「領主であるクライベル家の不甲斐なさで、過分な苦労を強いて御免なさい」
「滅相も無いです、普通に気まずいので止めてください」
鹿人のメイドが軽い溜息を吐き、思案するように一瞬だけ視線を泳がせてから、話題の矛先を変えるべく言葉を切り出す。
「色々と報告はありますけど…… 出陣前に気掛かりと仰っていた家庭菜園の “ジャガイモ” は健在です。指示通り、新大陸原産の観賞植物だと伝えておきました」
「ふふっ、似て非なる並行世界の西欧でも芽に毒があって食べられないと勘違いされて、伝来後の数年間は花を愛でるだけの植物だったから、嘘じゃないわね」
相好を崩した吸血姫によれば驚異的な生産性を持つナス科の作物だが、何故か異界の西欧諸国では宗教絡みの風評被害が凄まじく、約200年間も “悪魔の根っこ” 呼ばわりされて不遇な扱いを受けたそうだ。
この世界と同様に “下界の平面構造” を定めた天動説が歴代教皇に支持されていた事もあり、“下界の球体構造” に基づく地動説の証拠となる新大陸発見が問題となって、由来する物品に批判が集まったのだろう。
「取扱いに多少の注意が必要だな……」
「別に良いんじゃない? ポルトスの港町まで種芋を買いに行った時、街の交易商は気に留めてなかったし、私達も聖教会に気を遣う必要なんて無いよ」
元々が犬猿の仲であるため魔族の騎士令嬢は楽観的に受け流せども、近隣諸国の生産性を向上させて飢餓や格差を緩和し、西方大陸に於ける戦争の芽を摘もうとする吸血姫の学士にとって他人事ではない。
当然、聖女アリシアの遺志を汲み、多様な種族の調和を願う俺も状況は変わらず、頭の片隅で思案しつつ此方を先導するマリィに追随していく。
やがて辿り着いた先には見たことが無い植物の多い小規模な菜園があり、外縁にはスコップやレーキなど農具の収納場所と思しき東屋が建てられている。
「しかし、菜園の中心に専用の井戸があるとか、贅沢極まりないな」
「一応、領地を治める公爵家の令嬢だから、少し我が儘を言ったの」
当時の過去が想起されたのか、数十年前に他界したと聞く母親に続き、戦争で父兄も失った吸血姫は寂しげに微笑んだ。
何やら思わぬ忌諱に触れてしまい、少々窮している間にも鹿人メイドは東屋の横手まで移動し、その一角に掛けられていた遮光布を取り払う。
他の皆と一緒に歩み寄って覗き込むと、歪な球状の作物が土壌に置かれていた。
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