第二話 虜囚の辱めを受ける吸血姫
“外海の彼方に新たな大陸を見つけた”
まだ見ぬ新天地を求め、とある国家の支援を受けて大海原へ漕ぎ出した勇敢な冒険家達、見事に生きて帰還した幸運な彼らの一部が口にした言葉だ。
似て非なる “異界” の中世西欧より二百年ほど早い段階で発見されたのは気掛かりだが、新たな航路の権益を極一部の国が独占する状況は数十年続くだろうし、西方大陸の情勢を激変させるのは更に百年以上も必要だと見て良い。
つまり、人間も亜人も進出できるのは既存の場所だけであり、種族の繁栄に必要な資源は限られている。
(だから飢饉の兆候などが起これば人と亜人は些細な違いに拘り、口減らしも兼ねて容易く戦争を始める。本当に愚かしい……)
衆人環視の中、敗走の末に捕縛された吸血種の令嬢が自嘲気味に嗤う。
特別仕様の荷車に悪趣味な黄金の枷で繋がれ、煽情的な露出度の高い布切れを着せられた上、ベルクス軍占領下の首都で見世物になっている故だろうか。
「はッ、別嬪だが所詮は下賤な魔族だな、いやらしい体付きしてやがる」
「違いねぇ、あれで国王様への貢物になんのかよ」
「一応は先日に討った吸血領主の姫君らしいな」
「「「…………」」」
大通りに屯した大勢の兵士達が好き勝手に揶揄する一方、周辺の建物に籠っている魔人族などの魔力が強いだけで人族と外観は殆ど変わらない、実は魔族の大半を占める亜人達も窓越しに無言の視線を投げていた。
これから異国の地で慰みものにされる貴人に対する同情を受け、諦め混じりに溜息した吸血姫の紅い瞳が狭い路地に向いて…… そこに潜む友人の姿を見掛けてしまう。
フード付きの外套で狐耳を隠した少女は深く頷き、人族には聞き取れない周波数で吠えた。
「ッ、まさか!」
「「ウォォオオオ――ッ!!」」
はっとして見渡せば屋根上に潜んでいた人狼数匹が飛び降り、帰還兵らの頭上より強襲を仕掛けてくる。
手頃な位置にいた連中の顔面を踏み台にして、荷車の付近まで躍り出た彼らは四方を固める兵士目掛け、抜剣する暇も与えずに鋭い爪を振り下ろした。
「ぐべッ!」
「ぐうぅ!?」
粗悪な数揃えの軽装鎧を引き裂き、致命傷を刻んだ相手が斃れるのも見届けず、荷台に上がった二匹が左右の腕枷に繋がる鎖を一本ずつ掴んで持ち上げる。
「ま、待ってッ」
「「グルァア!!」」
咄嗟に手を伸ばした吸血姫の静止は間に合う事無く、その強靭な顎と牙で咥えた縛鎖を噛み千切ろうとした刹那、仕込まれていた雷撃の魔法が発動して口元で火花を散らす。
瞬時に脳を焼かれた同胞が絶命する予想外の展開となり、一撃離脱の目論見が崩れた人狼族の戦士達は諦めずに爪牙を繰り出すも、すぐさま窮状へ追い込まれてしまう。
「最初の威勢はどうしたよ、化物ッ!」
「切り刻んでやるよ!!」
「ガゥ、グルルゥ…… (ちッ、不味いな……)」
「良いから逃げなさいッ」
悲痛な叫びに黒狼の戦士長が撤退を考慮し始めた直後、近くの路地裏から颶風を纏った人影が飛翔し、魔力含みの下降気流を噴かせて墜落してきた。
「「グゥ! (なッ!)」」
「「うぉおおおッ!?」」
荷車を囲んでいた全員が人魔問わず強烈な突風に晒され、倒れながらも襤褸を羽織った乱入者に傾注するが…… 吸血姫の傍へ降り立った “風使い” は気負わずに悠然とした態度で口を開く。
「…… 度し難いな、人間は」
「奇遇ですね、私もそう思っていました」
半裸に近い卑猥な恰好をさせられた姿を一瞥し、傭兵に見える容貌の男は辟易しつつも腰元の鞘から短鉄剣を引き抜いた。
「待って、この鎖……」
「触れなければ、どうと言うことは無い」
言葉で止める暇もなく得物を振るい、生じさせた風の刃で両腕の拘束を纏めて断つ。
虜囚の魔力を雷撃に換える縛鎖が断裁されたと見るや否や、起き上がって様子見していたベルクス軍の兵士達が慌てて斬り込んでいく。
「そう簡単に逃がすかよッ」
「死ねや!!」
「ガゥオッ、グォ (ええいッ、侭よ)」
「グァオオゥ、アオォンッ (良く分らんが、機に乗じるッ)」
呼応して咆えた人狼達も鞘より抜いた大振りなハンディングナイフを膂力のままに振るい、各々が対峙する相手の剣戟を跳ね上げてから、強く蹴り飛ばして続こうとする後詰めの動きを阻害した。
なお、強壮な彼らの毛皮には防刃性があるため、負傷も厭わずに強引な追撃を仕掛ければ、圧倒的に優位なはずの軍勢が怯みを見せる。
何やら頭数の多さが裏目に出て “危険を冒さずとも誰かがやるだろう” との心理が働き、所謂 “集団的手抜き” の作用で戦力が均衡する最中、風使いの傭兵は荷車の上に跪いて両腕を伸ばしていた。
「よいせっと!」
「きゃうッ…… え、えぇえええ!?」
唐突にお姫様抱っこされた吸血姫が動揺して場違いな悲鳴を上げるも、やや赤くなった表情を覗き込んだ不埒者は無遠慮に呟く。
「細身の割に意外と重いな」
「ッ、淑女に対して失敬ですね!」
「いや、実は切実な問題なんだ」
「ん、それって……」
可愛らしく小首を傾げた彼女に構わず、風魔法で斜め上空へ噴射気流を生じさせると同時に傭兵が踏み切り、近場にある建物の屋根まで跳躍した。
それを頃合いと判断したのか、潜んでいた外套姿の少女が両掌に魔力光を灯し、強く打ち鳴らして澄んだ柏手を響かせる。
「「なんだ……」」
「何処から音がッ!?」
微細な振動に乗せられた誘引の魔法で意識が逸れた隙を突き、場に残っていた人狼達も強靭な脚力で飛び上がり、兵士達の頭や肩を踏み付けながら分散して左右の路地へ逃げ込んでいく。
取り逃がすまいと指揮官が怒鳴り立てるものの…… 人狼族に速度で勝つことなど不可能なため、不運な追跡者達は嫌になるほど翻弄された上、挙句の果てに置き去りとなった。
★人物紹介
氏名:????
種族:人族
階級:ハイ・ガーディアン
技能:中級魔法(風) 風絶結界
身体強化(中) 双剣術 投擲
称号:風使い
武器:短鉄剣(右手) 血錆びの短鉄剣(左手)
スローイングナイフ(補助)
武装:ハードレザー 襤褸い外套
★注釈
この物語における地球は異界となります。
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