第十八話 転機はどこにあるか分からない
「何故、開門されないんだッ!」
「分かりませんが、城壁上の歩廊に守備隊の姿が無い以上、何かしらの異常事態だと思われます」
側近の準騎士が声を荒げた旅団長リヴェルに具申した通り、事態は不明瞭で如何ともし難い。
もし、防壁に掲げられた王国旗や辺境伯家の紋章旗が焼き捨てられていたり、代わりにディガル魔族国の北西領軍を率いるクライベル公爵家の紋章旗が風にたなびいていたら、中核都市ヴェルデは陥落したと断定できる。
ただ、守備兵の不在だけでは見過ごせない問題が街中で起きた可能性もあり、的確な判断をするには情報が足りない。
(まさか、この短時間で都市を奪還された? いや、常識的に考えて有り得ない)
動揺して騒然となり始めた駐留軍兵に配慮し、声に出さず暫時の思案などしている貴族家の嫡男だが、既に嫌がらせ染みた吸血騎士リエラの策に嵌っていた。
分かり易い状況など与えてやらず、行動に先んじて考察を挟ませる事により、貴重な時間を少しでも多く浪費させたいという彼女の思惑に乗せられている。
(くッ、こんな事でクレイド達の稼いでくれた時間が使われるなんて……)
一個大隊規模の殿が個々の身体能力に優れた魔族兵を長く留める事など無理があり、2 ~ 3㎞先の街道では決着がついている頃だろう。
あと十数分もすれば駐留軍は背後から魔族勢の攻撃に晒されるため、取り急ぎ騎兵十数名を残りの三門へと走らせたリヴェルが重い溜息混じりに呟く。
「全ての門が閉じている場合、潔く転進して戦い抜くのも一手か」
「…… 何処までもお供いたしましょう」
「無様に死ぬよりは本望です」
覚悟を決めた側近達が頷くも、指揮系統を崩された混乱の中で二割前後の戦力を失った上、恐らく逃散したであろう殿部隊も含めると、実に四割近い損失を出している自軍に勝ち目など無い。
蛮勇でアルニム家の名誉は最低限守られても、引き連れてきた配下の悉くが討ち死にして屍を転がすことになる。
(いや、それも怪しいな……)
現状で本国と前線を繋ぐ重要拠点を奪われる影響は大きく、以後の推移次第ではディガル魔族国への遠征自体が頓挫して、遺された身内に批判の矛先が向くかもしれない。
そもそも、戦場まで付き従ってくれている兵士達の多くが地元の領民であり、短絡的な玉砕で命を散らさせるなど論外だ。
故に難を逃れてベルクス軍の主力と合流し、またの機会に名誉挽回を狙うことも選択肢の一つだが…… 食糧や天幕、防寒用具などの軍需物資は閉ざされた都市の中に置き去りとなっている。
比較的大きいロズベルという町が近隣にあるため、立ち寄って強奪を敢行すれば必要な物資の調達ができるものの、手間取っている内に魔族勢が追いつくのは自明の理と言えよう。
何よりも、既に街道の遠方には相手方の影が見えており、再度の接触までの猶予は残り数分に過ぎない。
「おいッ、後ろからさっきの連中がくるぞ!」
「どうして北門が開かないんだよ、俺達を見殺しにする気か!?」
「ッ、これでは士気が維持できません。リヴェル様、どうか御英断を……」
「進退窮まったか、総員反転ッ、陣形を整える!!」
最早、是非もなしと大声を張り上げて前衛に軽装歩兵大隊、両翼に騎兵中隊を配置し、それぞれの背後に弓兵小隊及び魔術師小隊を分散配置していく。
敵陣に切り込んで一矢報いるため、密度の高い方錐陣形を構築する最中、何故か不意に戦地へ送り出してくれた両親や妹の顔を思い出して…… 態と考えない様にしていた選択肢が脳裏へ浮かんだ。
「なぁ、私が此処で投降を選んだら軽蔑するか?」
「いえ、致し方ありません、殿を務めた連中は無念でしょうけどね」
「寧ろ好感が持てますよ、他国に骨を埋めるのは御免被りたいですから」
衒うこと無く格好も付けず、恥じ入るように告げた準騎士らの言葉が決め手となって、貴族の嫡男は散った者達に詫びてから腹を括る。
僅か数百メートルまで迫り、警戒しながらの漸進に動きを切り変えた魔族国の北西領軍に対して、中衛部隊の弓兵達には射撃準備させたまま前衛部隊の武器を地面へ捨てさせた。
手元に無い白旗は振れずとも、交戦を望まない意思は十分に伝わる筈だと割り切って、接近してくる軍勢の出方を窺う。
その様子を手勢と一緒に防御塔へ隠れて見下ろし、いざ戦闘になれば総指揮官らしき若者を “炎の矢” で射殺そうとしていた騎士令嬢のリエラだが、彼女の同胞達は彼我の距離を置いて二の足を踏んだ。
(ま、普通は姫様の判断を仰ぐよね、という事は戦いも終わりかな?)
無理に争う必要もないため血の昂ぶりを押さえていると、狙い定めていた人物が数名の側近兵を従えて矢面に立ち、凛とした声音を響き渡らせる。
「私はベルクス駐留軍を纏める辺境伯家の嫡子リヴェル・アルニムだ、其方と投降に係る交渉をしたい!」
傍付きの女魔導士が行使した風魔法 “ウィンド・ボイス” の効果で広く言葉が運ばれ…… 対峙する領軍側から、中隊副長である若い魔女を従えた “飄風” の吸血騎士が歩み出た。
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