第十七話 中核都市奪還
時間は少し遡り、街道一帯で魔族と人族の軍勢が争い始めた直後……
黒い靄状の翼を背中から生やし、そこに吸血種固有の内臓器官で吸収変換した大気中の魔素に由来する浮力を纏わせて、赤毛の騎士令嬢リエラが都市防壁に近い上空を揺蕩っていた。
喜悦の宿った紅い瞳を細め、魔力など通さずとも只人より優れた視力にて、自身が生まれた街に居座るベルクス王国の不埒者達を見下ろす。
「守備隊の数は二百名程、城の敷地内に施設した駐屯地は空で、四方の各都市門に一個小隊といった感じかな？ ん、問題なく殺れそうね」
視界に収めた位置関係だと早々に部隊連携を取れる距離でもないため、手際よく強襲すれば小隊同士の戦闘を数回繰り返すだけである。
領軍最精鋭と断じても過言ではない、吸血種のみで構成された飛兵小隊の実力なら、比較的に簡単なお仕事かもしれない。
天高く掲げた右掌に焔を灯し、すぐさま握りつぶして四散させると、その合図に従って数十名の吸血種達が伏せていた街道沿いの森から飛び上がった。
「征くよ、野郎どもッ、皆殺しだ！！」
「ぶちかましてやりましょう、姐さんッ」
気合を滲ませ、直参部隊で副長を勤めていたマーカスが呼応するも、戦闘時に “血煙” の騎士令嬢が性格を豹変させると噂で聞いた程度の者達は付いていけない。
「…… もしかして、こっちが素なのか」
「いや、方向性が違うだけで、いつも通りの自由奔放さでは？」
「喋ってないで腹の底から声を出しなッ、奪われた物を取り返す！」
「「「うぉおおおぉ―――ッ！！」」」
再度の発破で喊声を上げた吸血飛兵らが防壁南門へと高速飛翔し、途中から滑空に切り替えて歩廊や防御塔の上に待機していた守備兵達へ魔弾を浴びせていく。
接敵に先駆けて、警鐘を鳴り響かせた彼らは迅速な援軍など望めない苦境に立たされており、翳した中型盾で護りに徹するが、完全に攻撃を防ぎ切れる訳では無い。
「うあッ、盾が… ぐうぅ！！」
「くそがッ、うぁああッ！？」
鈍い破砕音が連続する中、魔法の一発ないし二発を受け止めるくらいが精々の盾は装備者の片腕ごと損壊させられてしまう。
それでも初撃を凌いだ幾人かの守備兵が素早く反撃に転じ、いつでも撃てる状態で把持していたクロスボウに仰角を付け、狙い定めて躊躇なく引き金を絞った。
「落ちろや、人外どもッ」
「好き勝手やりやがって！」
携行し易い小型とは謂え、時速164㎞で撃ち出された矢を躱すのは相応に難しく、初動の遅れた迂闊な吸血種の数名が被弾する。
「「ぐぅッ」」
押し殺した呻き声が漏れたものの、頑強な人外の身体と修復力を持つため、致命傷でなければ本人が痛いだけに過ぎない。
それを踏まえて急所を庇いながら、騎士令嬢のリエラが先陣を切って急降下し、着地の瞬間に小さな刃が剛糸で蛇腹の如く連結された剣を振り抜いた。
「なッ、う…… あぁああッ！？」
「ごはッ……うぅ、ッ……」
鞭のようにしなった剣身が左右にいた守備兵二人の首元を裂き、血飛沫を撒き散らさせる。
さらに留まる事無く、縦横無尽に繰られた連接剣が彼らの全身を切り刻み、局所的な血煙を生じさせた。
「ふふっ、綺麗な赫色♪」
上機嫌で嗤う彼女に続き、斜め上空から他の吸血種達も抜剣突撃を仕掛け、閃かせた白刃で各自の標的を仕留める。
暫時の攻防で南側の防壁を制し、門扉の内側に待機していた者達も行動不能にした後、数名を残した飛兵隊の面々は屋根伝いに北門へと向かっていく。
「ッ、吸血種のみで構成された小隊だと！？」
「畜生、防壁が意味を成さないじゃないか！」
元々貴種であるため数が少なく、ほぼ必ず指揮官を務めている印象の裏を突いた特異な強襲部隊に対して、居残っていた守備兵の数は十分と言えない。
事前に矢を番えていたクロスボウで斉射してから、得物を弓に持ち替えて二の矢を放つも…… 跳躍と降下を繰り返して迫る相手に大半が躱されてしまった。
迎撃側が手をこまねいている内に、防壁付近まで到達した騎士令嬢は右腕に紅蓮の炎を纏わせ、無造作に大きく振り払う。
「フォーマルハウトの業火に焼かれなさい」
「「「ッ、うわあぁッ！？」」」
派手な台詞で解き放たれた広域魔法だが…… 実際は注意を惹くだけの虚仮脅しに過ぎず、薄い炎幕を麾下の吸血飛兵隊が突破し、城壁や門扉周辺の守備兵達に斬り込んだ。
「はッ、隙だらけだな」
「疾く討つのみッ！」
「ッ、ぐぁ…… ッ、うぅ」
「ちッ、持たせるのは…… 無、理か…… ッぅ」
目眩ましの炎で後手に廻り、咄嗟に斬撃を受け止めた者達は乱れた体勢を整える暇も無く、僅か数合の剣戟で斃される。
双方の人数が等しい状況では、個々の能力に優れた魔族勢を押し留める事叶わず、駐留軍本隊が出撃していった北門の守備隊は壊滅状態に追い込まれた。
「「う、うぁッ……ぅ……」」
「ぐッ、痛ぇ…… 洒落にッ、なら… ねぇ」
時折、聞こえてくる呻き声の中、少数精鋭での強襲に於ける最優先目標を達成した騎士令嬢が一息つき、防御塔より未だ健在な東西の門を見渡す。
「何気に此処からが正念場…… ん～、安請け合いしたかも？ クラウゼには御褒美を貰わないと」
全ての都市門を陥落させなければ、領軍本隊が街道に誘導した駐留軍主力の帰還を許してしまう可能性も否定できない。
従って襲撃を継続するにあたり、相手が素直に各個撃破の順番待ちをしてくれたら良いものの、戦況は常に流動的だ。
「ま、それが面白いんだけどね」
薄く微笑んだリエラは先程と同じく数名の吸血種を北門に配置し、残りの同胞達を率いて意気揚々と市街の空へ舞い上がった。
それから然したる時間を掛けずに壁内の全守備隊が制圧され…… 待ち伏せによる半包囲攻撃で崩れた態勢を立て直すため、都市まで撤退してきたベルクスの駐留軍は途方に暮れてしまう羽目となる。
読んでくださる皆様の応援で日々更新できております、本当に感謝です！
ブクマや評価などで応援してもらえると嬉しいです！
