第十五話 混乱した軍勢など烏合の衆に過ぎない
「くッ、自軍の進行方向に伏兵を配していたとは……」
「色々としてやられましたね、中隊長殿」
ベルクス軍主力が本営を置く中央領から魔族の兵団が動いたという報告も無く、突如現れた相手に陣地を無視した本国への進軍で釣り出された挙句、遊撃隊の強襲に晒されている現状は散々なものだ。
言い訳をできるとすれば、緊急性のある状況で相手方の正確な規模が分からなかった事や、占領中の都市ヴェルデを迂回した後方に伏兵が潜んでいた事だろう。
「…… 普通にヤバいな、相当に準備された攻撃だぞ」
「でしょうね、もう突破は無理かと思われます」
木々合間に隠れた魔人達の魔弾攻撃だけでも厄介なのに、自ら掘った穴に落ち葉を敷き詰めて隠れ、足音に反応して地面から槍を片手に飛び出してくるコボルトが洒落にならない。
死への恐怖は確実に軽装歩兵達の動きを鈍らせ、そこに狙いすました魔法攻撃が飛来してくる。
「ぐぶッ、は、腹に穴が…ッ、死にたく、ねぇ……」
「ッ、しっかりしろ、傷は深いぞ!」
「おい、ありのまま伝えてどうすんだよッ」
様々な怒号が飛び交い、遅々として進まない進攻に中隊長が友軍の様子を確認すれば、左右に展開している部隊は既に後退を始めていた。
自部隊だけが取り残されて集中攻撃を受けるなど論外なため、張り上げた大声で撤退指示を出したのだが…… それは裏目に出てしまう。
何の前触れも無しに斜め前方の樹上より魔力を帯びた二連の風刃が飛来し、狙い違わず駐留軍部隊を指揮していた中隊長の首元と胸部に直撃した。
「がはッ、な、何で…… ッ、やってられ、な… い……」
「そんな、ラルグ殿ッ」
「ッ、弓持ち兵は応射しろ!!」
どう見ても処置が間に合わないほどの致命傷を受け、仰向けに斃れていく上官を副隊長らが支える傍で、数名の軽装歩兵が斜に構えた短弓の弦を引き絞っていく。
瞬時の後、狙撃手がいると思しき場所に一斉射撃が行われたものの…… 僅差で颶風を纏う新参の吸血騎士は樹木伝いに退避しており、程なくして麾下の混成部隊と合流を果たす。
「如何でしたか、クラウゼ様?」
「上々だ、敵指揮官の一人を仕留めた」
「ふふっ、ならば此処が攻め時です! 皆、気合を入れなさいッ」
一時的に指揮を預けていた魔人族の副長リアナが酷薄に微笑み、自身の配下や各小隊を鼓舞して、撃ち出す魔弾の密度を引き上げる。
相対するベルクス駐留軍は正面の部隊を中心に被害を拡大させ、這う這うの体で森から街道へと撤退していった。
「追うぞッ、魔力切れした者は弓矢での攻撃に切り替えろ、混乱状態のまま敵勢の本隊まで押し返す」
「上手くいけば統率を乱せますからね。各小隊、漸進ッ」
「「「おぉおおぉ――ッ!!」」」
沸き起こる喊声に若干の高揚を禁じ得ないのは傭兵稼業の悪癖かと呆れつつも、副長直下の部隊と行動を共にして、潰走する軽装歩兵達に付かず離れず風の刃を喰らわせる。
「さて、こっちは順調に推移しているが……」
「反対側の中隊指揮はウェルズ殿が執っていますし、副長に抜擢されたレミリも優秀な魔人ですから、大丈夫でしょう」
他人事を装い、しれっと身内である妹の魔女を褒めたリアナはさておき、勢いに乗って街道付近まで進み出た俺達は駐留軍本隊の横腹も纏めて穿つ。
早々に戦意を挫くため、待ち伏せからの奇襲で惜しみなく魔法を使った事もあり、殆どの魔人兵は防御を固めたコボルト槍兵の隙間から慣れない短弓で射撃するのみだが、統制を失った相手方は容易に反撃へ転じることができない。
さらに戦闘で沸き起こる喧騒に意識を傾ければ、逆側の森に伏せていた別働隊も敵兵を下して攻め上がり、側面攻撃を仕掛け始めたようだ。
その結果、前面の領軍本隊より槍撃と曲射、両側面から魔人族を主体とする二個中隊の直射を受けたベルクス駐留軍は窮地に陥った。
「ッ、腕に矢が……ッ、うぐぅ」
「ぐはッ、い、痛ぇ…」
「畜生ッ、人外風情が調子に乗りやがって!」
「落ち着け! 先ずは態勢を整えッ!?」
大声で指揮を執っていた馬上の旅団長目掛け、横合いから弓矢が飛んできたのに気付き、御守り役が上半身を引き寄せる。
間一髪の事態に頬を引き攣らせた貴族家の嫡男に向け、覚悟を滲ませた白髪の騎士は決断を仰いだ。
「リヴェル様、交戦中の立て直しは困難です。都市まで退いて籠城してください」
「今更だな、下手をしたら背撃で総崩れになるぞ!」
「此処が老い耄れの死地と見ました、私と前衛部隊が時間を稼ぎましょう」
「他に手は無いか…… すまない、その忠義に縋らせて貰う」
僅かな逡巡でもベルクス兵達の命を削ると判断したのか、苦渋に満ちた表情で居残る者達に可能な限り家族の面倒を見ると約束し、貴族家出身の旅団長は殿となる一個大隊以外の全軍を転進させた。
動きの変化に気付いた北西領軍の獣人槍兵隊が勢いづけども…… 国元で暮らす家族、今朝雑談など交えて同じ釜の飯を食った戦友のため、副官クレイドの指揮で前衛部隊が猛攻を食い止める。
「位置取りのせいで貧乏籤を引いたが……」
「誰かがやらないとな」
「というよりも、この状態で逃げようとしたら、交戦している俺達が真っ先に殺られるだろ!?」
破れかぶれな叫びと共に刺突が繰り出され、攻める事に集中していた鹿角が生えた獣人の太腿を貫く。
「ぐうぅッ、がぁああッ!!」
呻き声を飲み下し、気合で堪えようとしたところに無慈悲な追撃が加えられ、その命を刈り取った。
ただ、まぐれ当たりに気を良くした駐留軍の槍兵は次の瞬間、横合いからの槍撃で自身も落命する事になる。
少なからず双方の被害を出しつつも戦場の趨勢が定まる中、主命に従って輩たる魔族側の損耗を押さえるべく、吸血種の老執事が手勢を率いて殿部隊の指揮官に迫っていく。
★人物紹介
氏名:クレイド・ガルフィス
種族:人族
階級:ディフェンス・ヴァンガード
技能:身体強化(中) 大剣術 弓術 馬術
初級魔法(土) 軍団指揮 戦況把握
称号:副旅団長 辺境伯嫡男の御守り役
武器:大剣(主)
武装:板金鎧 腕盾
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