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第十三話 相手が思い浮かべる地図の枠外を突け

「さてと、私たちは後発ね。(いくさ)の指揮は素人なので委細任せます」

「御随意に……」


歴戦の老執事は慇懃(いんぎん)な態度で頭を下げるものの、その主から不安の色は消えない。


彼女自身の言葉にあったように、金髪紅瞳の吸血姫エルザ・クライベルの本領が発揮されるのは学問分野であり、荒事には向いていない(ゆえ)だ。


「まぁ、物事に絶対など在りはしませんが、恐らく此度(こたび)の戦いは上手く事が運ぶと愚考します。過剰に御心配を()されるな、良い拾い物をしましたな」


「ありがとう、レイノルド。でも、彼は物ではありませんよ?」


先代の時から忠義を尽くしてくれる古参の配下に苦笑してから、先発した騎士二人の部隊が配置に着くまでの調整時間を緩りと過ごし…… 一晩明けた翌日、まだ日が昇り切らない早朝から進軍を再開する。


それから二刻ほど経った頃、吸血姫達が目指す中核都市ヴェルデの防壁に備えられた複数の防御塔より、唐突な警鐘が鳴り響いた。



森林地帯を抜けてきたのか、街道の数キロ先に出現した予期せぬ軍勢をベルクスの守備兵が捕捉し、塔内にいた伝令役の人員を駐留軍が(たむろ)している中央広場や領主の城へと送り出す。


やがて約四千名の旅団を統括(とうかつ)する門閥貴族の嫡男リヴェルの下に報告が届き、占領した都市の運営に(かか)る書類仕事で忙殺されていた当人は嫌そうな顔で手を止めた。


「困ったな、前線から下がってくる部隊の話は聞いてない」

「まぁ、胡乱(うろん)な魔族どもでしょうな…… 数は?」


「遠目ではありますが、中規模な連隊相当の千数百名かと思われます」


(ひざまず)いた兵士の見解に世話役の副官クレイドが少しだけ緊張を緩め、些細(ささい)な事のように軽い口調で言葉を(つむ)ぐ。


「都市ヴェルデの防壁をその人数では破れません。悪戯(いたずら)に将兵を損耗(そんもう)させるよりも、先ずは相手の出方を(うかが)いましょう」


「妥当だが、城にいても初動が遅れる。我らも都市門までいくぞ」


まだ年若くとも堅実な次期当主を見遣(みや)り、その御守りを頼まれて現役復帰した白髪の騎士が微笑を浮かべた。


(父君とは違い、政務の才だけでは無いやもしれんな)


ならば比較的に危険度が低そうな戦闘で経験を積むのも良かろうと、将来性のある若者に続いて執務室を後にし、正体不明の軍勢が接近してくる南門の防御を固めながら待ち受ける。


適度な距離に近付いてきたところで傍付(そばづ)きの女魔導士が “遠見の魔法” を双眼に宿して、相手方が屍鬼や魔人などで構成されているのを把握し、何とか確認しようと目を細めていたリヴェルの耳元で囁いた。


「…… クレイド、北西領軍の残党どもは人狼公と合流していたのでは?」

「手際よく前線のベルクス軍主力を出し抜いたんでしょうな」


「狙いは後方攪乱か……」


だが、個々の技量に(ひい)でた魔族と言っても、倍以上の戦力差をひっくり返すのは難しい事に加え、駐留軍には都市防壁の護りがある。


どういう意図に基づく行動なのか考えあぐねている間にも、彼我(ひが)の距離は刻一刻と縮まるばかりだ。


(あの数で中核都市を奪還する事は難しい。伏兵は…… 此方(こちら)が壁内に籠れば意味を成さないから可能性は低い。つまり……)


思索に意識を割いていた貴族の嫡男が結論に至るのと、魔族の軍勢が迂回行動を取ったのは(ほとん)ど同時になった。


「ッ、あいつらベルクス本国を狙うつもりか!?」

「国境沿いの都市ラズベルは手薄で、各地からの支援物資も集まってますからな」


「どうしますか、旅団長殿ッ」

「このままだと見送る失態を犯してしまいます!」


動揺し始めた兵達を(しず)めるべく、近場にいる部隊長達から裁可を求められた事により、後手に廻って不利な判断を迫られている事実にも気付いてしまう。


それは控えていた副官も同様であり、やや苛立(いらだ)ち含みの唸り声を漏らした。


「なるほど、私達を釣り出す計略でもあると……」

「あぁ、しかも無視すれば本国に被害が出る。(しゃく)だが、放置はできない」


不愉快そうに言い捨てたリヴァルは貴族家らしからぬ大声で指示を飛ばし、事態の推移に合わせて都市内の広場まで避難させていた軍馬と騎兵の一個中隊、温存していた軽装歩兵の三個中隊を北門から出撃させる。


彼らが先行して付かず離れず敵勢の警戒心を(あお)り、足止めしている間に自身とクレイド麾下(きか)の本隊が追いつき、一気呵成(いっきかせい)に畳み掛ける算段だ。


「笑ってくれて良いぞ、ありきたりな数に任せた力押しだ、情けない」

「いえ、都市内に残す守備兵が僅かなあたり、思い切りの良さを感じます」


「相手は戦力の分散も計算に入れているだろう? せめてもの嫌がらせだよ」

「ははッ、それが結果的に味方の被害を減らすのなら、大いに結構!」


破顔して豪快に笑い飛ばしつつも白髪の騎士が指揮を執り、前面配置した弓兵隊の背後に槍兵隊を並ばせていく。


それと並行して、伝令兵を集めた貴族の嫡男が守備兵宛に “本隊の帰投まで決して開門するな” と言付け、不在時の防御を固めさせる。


魔族国に属する北西領軍の残党と一戦交え、蹴散らすまでの短時間で防壁が破られる事は無いだろうという判断の下、必要な準備を手早く終えた駐留軍の本隊も北門より発った。

★人物紹介


氏名:リヴェル・アルニム

種族:人族

階級:ノーブルナイト

技能:身体強化(小) 槍術 剣術 馬術

   初級魔法(水) 演算 先見

称号:旅団長

武器:馬上槍(主) 片手剣(補)

武装:軽硬化錬金鎧



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― 新着の感想 ―
[一言] 更新お疲れ様です! なるほど、相手の急所を突いて陽動にのらせると、乗っても乗らなくてもどちらにせよ被害は大きいですもんね、、それにしてもりヴェル旅団長もかなりの強者ですね、すぐさま追い掛けず…
[良い点] 気づけばジャンルが『ヒューマンドラマ〔文芸〕』となっていました。この何日か、そのようにしては如何と感想に進言するか悩んでは止めていたことでした。 [気になる点] 一文毎に段落(改行)を切ら…
[良い点] 釣り つまり魔族は戦闘民族サツマー島津だった。 [気になる点] 釣り上げと捨てまがりが出来るかですね。 [一言] 更新お疲れ様です 釣り上げたら、見当違いの場所に誘導して 都市を制圧、都…
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