第六回星新一賞ジュニア部門応募作品「自動翻訳がもたらした利益とその弊害、そして副産物」
「自動翻訳がもたらした利益とその弊害、そして副産物」
(あれ、俺の会話機が無い)
「☆|^+%gj××5r」
(クソ!あれ高かったのに)
「<…<……<×:::$=+○○」
(×:€%〒%€€=€)
(そんなことより、また美味そうな星を見つけたんだ)
誰しも一度は考えたことがあるのではないだろうか。世界中の言語が全て同じだったら便利だなぁと。しかしそれが現実となることは無い。なぜなら、大多数の人が言語を一から覚え直さなくてはならないからだ。また言語とは文化と歴史の積み重ねで、コミュニケーションが取りやすいからと言って滅ぼして良い様なものでは無い。だがそれが便利なのも事実。国のトップ達は言語の壁を無くそうと必死に考えた。
そして数年後、言語の壁は消滅する。自動翻訳機によって。自動翻訳機とはイヤホンの様なもので、耳に挿しておくと相手の言葉を翻訳して教えてくれる道具だ。小さく安価で高性能、その上言語が廃れる心配も無い。便利過ぎるほどのその道具は瞬く間に世界中へ広まっていった。
遮るものは何も無くなり、世界の経済は円滑に回り続けている。誰もが好きなことをしやすくなった世界。人は無くなってから気がついたのだ、言語の壁の不便さに。今の世界は最高の状態と言えた。そう、このままで良かった。
ある日、自動翻訳機の開発者は一つのことを考えた。耳に障がいを持っている方や、言葉を話せない方には自動翻訳機は使えない。つまり言語の壁は無くなったが、コミュニケーションの壁は残っているのでは無いかと。その壁は、かなり大きな課題だった。しかし、それは案外すぐに解決する。
「ヒューーー……コツン!」
彼が道を歩いていると、何かが上から落ちてきた。小さくてよく分からないものだった。調べてみたところそれは未知の物質で作られた機械のようだ。それにその構造は彼の作った自動翻訳機にそっくりだった。
数年後、彼はその機械を地球の材料だけで複製することに成功した。その機械がコミュニケーションの壁を破壊してくれると確信していたからだ。その機械の名は「精神会話機」。自分の精神の言葉を脳から直接送受信できる機械、つまりテレパシーができる機械だ。精神会話機の誕生で、コミュニケーションの壁はすぐに消滅した。耳に障がいを持っている方や言葉を話せない方どころか、言葉を知らない赤ちゃんや動物、虫や魚ともコミュニケーションを取れるようになったのだ。精神会話機はすぐに一般の物となり、やがて人々は声を出すことをやめた。しかしそれだけに留まらない、その機械は書類や本、写真、動画、絵などのデータをも取り込めるようになったのだ。つまり、人は脳内だけであらゆるデータの送受信、再生が可能になったということだ。
そして事態は極限に達する。人は脳内からインターネットに接続出来るようになるのだ。脳を少し動かすだけで、世界中と繋がれる世界。パソコンなどの機械やあらゆるものが絶滅した。その中には「言語」も含まれていた。始めは言語という文化を守るために自動翻訳機を開発したはずだった。だがそれが仇となったのだ。人間は、追い求めすぎた。人は無くなってから気がついたのだ、言語の大切さに。
(おい、到着したぞ)
(ああ。さっさと食事をしよう)
人々は混乱し、脳内のネットワークは乱れに乱れていた。それもそのはず、世界の各地に未知の生物が現れたのだ。そしてそのうちの一体が放った一言に、全人類は絶望する。
(今日からお前たちは俺たちのご飯だ。大人しく食べられろ)
手始めに目の前の女性が捕まえられた。
「ざぎきがぁぁぁ!!はなばだづげごらあ」
彼女の悲鳴は、人の言葉を成していなかった。
(おい、もしかして)
(ちょっとそこの人間、舌を見せてみろ)
(し、舌ですか?)
この一言で、ベロイート星人達は絶望した。
(こいつら、俺達のテレパシーを使ってるぞ)
(どうやらお前の無くした会話機を複製されたようだな)
(ああ。もうこいつらの舌なんて食えたもんじゃないぞ)
生物の舌を主食とするベロイート星人にとって、様々な言語を使う地球人の舌はご馳走だった。しかし、精神会話機の登場により人間の舌は退化、縮小してしまったのだ。
(おい、もう帰るぞ)
(ああ)
精神会話機の存在により星人は撤退、人々の命は守られた。これは、副産物と言うにはあまりにも大きすぎる出来事だった。