一章09 乾いた涙
無言で、二人は燃え盛る城の中を走った。
「……ありがとう」
小さく囁くような声に、ケートスはかぶりを振る。
「脱出できてから言え。今はまだ……」
ケートスが会話の途中で言葉を引っ込める。
音を立てて、燃え盛る城が屑となって落ちてくる。
前方にある、外へと繫がる道が閉ざされようとしていた。
「走れ!」
足に力を込め、全速力で二人は崩れかけの道を走り抜けた。
一瞬遅れて、頭上から燃え盛る木屑が落ちていく。
二人が転がるように城から出たのと同じくして、城が倒れ始めた。
間一髪。二人が生還できたのは、殆ど奇跡のようなものだった。
「何とか間に合ったか」
「……間には合ったけど」
城だけじゃない。城下町も炎に包まれている。
敵兵の姿が見当たらないことだけが唯一の救いだ。……最も、それはこの火事に巻き込まれるのを避けて、撤退したというだけの話なのだが。
幸いなことに、ケートスの乗ってきた馬はこの火事の中でも主のことを待っていた。
「よし。森へ向かうぞ」
フェンを前に乗せ、ケートスも馬に乗る。そして、急いでこの場を離れた。
「……エルドスは死んだのかな?」
背後を振り返りながら、フェンが呟く。
「そうだとありがたいが、おそらく生きていると思う」
執務室のすぐ後ろにはベランダがある。用意周到なエルドスのことだ。そこから脱出できるようにロープの一つや二つ、用意していない筈が無い。
「それよりも、問題なのはペルセウスの方だ。未だにアイツの姿が見当たらない」
「……もう撤退したんじゃないの?」
「だといいんだが」
話ながら走っている間も、どんどん火は勢いを増していく。
進める道が少しずつ減っている。燃える瓦礫に阻まれて、引き返すことも多くなった。
汗を流しながら、何とか炎の檻から逃れる術を探し続ける。
「……ここしかなさそうだな」
風が強くなってきた。火は、強まる一方だ。
目の前にあるレンガ造りの建物の残骸。そこも炎に包まれているが、比較的火の勢いが弱い。他の建物がみんな木造なので、少しばかりマシに見える。
息を大きく吸い込み、余り意味のない気持ち程度のものではあるが、手でフェンを庇う。
怯える馬に命令し、炎の渦に飛び込んだ。
炎が、肺を焼く。一瞬だけ目を瞑り、歯を食いしばって炎の渦を突き進む。
ボロボロになりながら、息も絶え絶えに二人と一頭は炎の檻から逃れた。
安全な森の中を走りながら、ほっと息を吐いて一度だけ立ち止まり後ろを見る。
慣れ親しんだ町が燃え盛る様を一度見て、それからバロンが眠る、崩れ落ちた城を見た。
「……」
何一つ表情を変えないまま、ケートスが町と城を見続ける。
その手を、フェンが掴んだ。
二人が目を合わせる。
「……行こうか」
「うん」
二人は悲しみと喪失感を胸に、生き残った仲間達の元へと向かった。