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一章08 悪逆を極めし者

 そして、バロンに代わり返事をしたのがエルドスだった。

「ッッッ! エルドスッッッッ!!」

 憎しみと焦りで満ちた表情は、次第に悲痛なものに変わる。

「どうした? この城の支配者である俺に、何かようか?」

 ニタニタと悪意に満ちた笑みを浮かべながら、エルドスが問いかける。

「……お前は、城の主じゃない」

 どうにか感情の高ぶりを押さえようと努力しながら、ケートスは答えた。

「ああ。だがソイツは、今や俺の足置きだ。足置き風情が、お前達の主なのか?」

 ケートスの顔が、怒りで歪む。

 バロンは、血だらけになって床に倒れていた。エルドスはその上に足を乗せ、バロンが愛用していた椅子の残骸に座っていた。

「お前っ……!」

 ケートスの手が剣の柄に伸びる。が、その動きを視線だけでエルドスは制止した。

 影になって見えていなかった人の存在に、視線を追ってケートスも気付く。

 エルドスの部下だろう。エルドス同様柄の悪そうな男が、フェンの首筋にナイフを突き立てていた。

「改めて言おうか。よく来たな、歓迎するぜ」

 エルドスの言葉にケートスは口元に笑みを浮かべ、虚勢を張った。

「お前が足止めに雑魚を送りつけるからだ。そんな悪手を取らなければ、分からなかった」

 だがそれを言うと、エルドスは楽しそうに笑い始めた。

「何がおかしい?」

「クックック。……これが笑わずにいられるか? どうやら、俺からの招待状はちゃんと受け取ってくれたみてぇだな」

「……招待状?」

 何を言っているのか、ケートスは咄嗟に理解できなかった。

「あの雑魚共は撒き餌だ。お前達をここまで誘導するためのな」

 笑いながら、エルドスは言葉を続ける。

「俺達とペルセウス達は今、手を組んでいる。……だが所詮それは一時的なものだ。バロン陣営を潰した後は、再び敵対関係になる。だから今のうちに、その力を奪う必要がある。今回の作戦で俺の下僕共には、ある程度戦った後は略奪もそこそこに撤退するように伝えてある。引き返してきたお前達と、ペルセウスの軍勢をぶつけて力をそぎ落とすためにな」

「な……」

 絶句した。エルドスの策略は、ケートスの想像の遙か上にあった。

 あの奇襲を見て、引き返すこと以外に取るべき行動はない。

 全てはエルドスの掌の上。

 エルドスの謀略を見抜き動いていた筈だった。しかし実際は、最初から選択肢の無い袋小路にいたのだ。

 選んだ故の行動ではなく、選ばされていただけの行動だったのだ。

「キサマァ……!」

 剣の柄を握る手が震える。怒りのあまり、今にも剣を抜いてしまいそうだ。

 だが勿論、そんなことをエルドスは許さない。

「動くな。お前には俺がこの二匹の虫けらを潰す様を、じっくりと見せてやる」

 ギィィ、と音を立てて、エルドスが椅子の残骸から立ち上がる。

「まずは顔の皮を剥ごう。掌をナイフで突き刺して固定して、一つずつゆっくりと爪を剥いでやる。死なない程度に腹を割いて、内臓をぐちゃぐちゃにしてやるのもいい」

 クルクルとナイフを回しながら、下卑た笑みを浮かべる。

 ひとしきり嗤った後、エルドスはしゃがみ込みひたひたとナイフの先端を倒れ伏すバロンの首筋に当てた。

「王家の血なんてものはなぁ、確かに本土じゃたいそうな価値があるものだろうさ? だがな、こんな犯罪者の巣じゃ何の価値も無い。政略戦争かなんなのか知らないが、アンタはこの島に追いやられた時点で、いずれこうなる運命だったのさ」

「……無礼な。私達一族を愚弄するか」

 フェンがエルドスを睨む。へぇ、と呟いて、エルドスが口角をつり上げた。

「バロンの元に妙な娘がいるとは聞いていたが、王族の娘だったか。……バロンの隠し子か? それとも下僕姫と罵倒される、あの愚王ゼシカの娘かな?」

 立ち上がり、エルドスがフェンに近づこうとする。

「女はいい。王族の男なんぞ我が強いし面倒なだけだが、女なら話は別だ。本土に帰った後もそれなりに使い道があるしな。……何か、王家の一員である証は持っているのか?」

「……証はある。条件さえ整えば、手に紋章が浮かび上がるようになってる」

「見せろ」

 会話の間じっとエルドスを睨んでいたフェンが、一瞬だけケートスとバロンの方を見た。

 その顔に、不安は無い。何か合図をしているかのような、メッセージ性を含んだ視線だと、ケートスは直感する。

 そして、バロンもまたエルドスの背後でぴくりと首を動かし、ケートスとフェンを見た。

 フェンの決意。そして、バロンの悲愴な覚悟の籠もった視線を受けて、ケートスもまた怒り静めるために感情を殺し、深く息を吸ってタイミングを見極め始める。


 ――勝負は、一瞬だった。


 フェンと同じタイミングで、ケートスもまた手を胸元でかざす。その手に浮かび上がった紋章が共鳴し、部屋が輝きで包まれる。

 二つの紅い閃光が部屋に満ちた。 

「チッ。テメッ、それは……!」

 目が眩んだエルドスと部下の男めがけて、倒れていたとは思えない速度で立ち上がり、血まみれのバロンが走る。

「うおおおおおっ!!!」

 周囲に血を撒き散らしながら咆哮し、バロンがエルドスに飛びかかった。フェンが部下の男を突き飛ばして走り出す。

 ケートスはフェンの手を取りながら周囲にあった調度品を掴み、部下の男に投げつけた。

 うめき声を上げ、男が頭から血を流ししゃがみ込む。

 そのまま今度はバロンの方を見た。

 バロンは、もうケートス達の方を見もしない。

 歯を噛みしめる。一瞬立ち止まり躊躇ってしまったが……ケートスは、バロンに背を向けた。フェンの手を握り、走り出す。

 火が既にこの部屋にまで届きつつあった。木々が爆ぜる音が間近で聞こえる。

「クソが……! どけよ、死に損ないっ!」

 エルドスのナイフが、滑らかに動く。

 バロンが仄暗く嗤った。

「……さよなら。ありがとうございました」

「ありがとう。ごめんなさい……」

 バロンの背中に、無言で別れを告げた筈の二人の声が届いた。

「……」

 無言のまま、バロンは何も答えない。ただその笑みが仄暗いものから、不敵さを感じるものへと変わった。

 血に塗れた老体に、最後の灯が灯る。

 的確に首筋を狙った一撃を、最早避けようともしない。死を受け入れ、バロンの手がエルドスの首に伸びる。

 命が失われ、視界が暗く染まる。

 バロンは最期の瞬間まで、その手に力を籠め続けた。二人を守るために。


「幸あれ……。呪われし子らよ……」

 その最期の言葉は、言葉にならず、誰に届くことも無く。

 バロンの魂は、ここではない何処かへ旅だった。

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