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一章07 戦い

 仮初めの地とはいえ、帰るべき場所であるバロン城下に火の手が上がっていた。

「遅かったッスね……!」

 苦虫を噛みつぶしたような顔をして、リヴァスが城下を睨んだ。

「城下にいるのは……エルドス達か? アイツラ風情がバロン様に勝負を仕掛けるなんて、馬鹿ッスね」

「違う」

 ケートスがリヴァスの言葉を否定し、指で指し示す。

「ペルセウス達……ロアン族もいる」

 首元で揺れる銀の首飾りと、一角獣の角の装飾品。間違いない。迫害され、エデス紛争末期の掃討戦によって散りじりになった少数民族――ロアン族の伝統的な出で立ちだ。

「手を組んだんだ、あの険悪だった二人が」

 怖れ続けていた最悪の事態だ。ついにそれが、現実のものとなってしまった。

 これで、これまで優位を保ち続けていた数の利を奪われたことになる。

 リヴァスが「馬鹿な!」と叫んで首を振る。

「政略戦争で身を落としたとはいえ、ペルセウスは高潔で知られた英雄ですよ? 犯罪者と手を組むなんてありえないスよ。そのことは、これまで前線で彼と剣をぶつけてきたケートスさんがよく分かってるでしょ?」

「心変わりしたのかもな」

 ケートスがつぶやく。喋りながらも、頭を高速で回転させ続けていた。

「身を落としても、高潔さを保ち続けていただのにッスか? いったいどうして」

「可能性の話だ。一番分かりやすいのは……集団を動かす「脳」が入れ替わった可能性だろうな」

「ロアン族の首脳陣から、ペルセウスが転げ落ちたってことスか?」

 ケートスが頷く。

「ペルセウスは少なくない期間の間に、俺達とエルドスを倒すことができなかった。……そのことを重く見たロアン族の上層部が、焦ってエルドスと同盟を組むことにしたのかもな」

「焦ったからと言って、あんな奴らと手を組むなんて、ちょっと考えられないッスね」

 リヴァスは顔をしかめて、ペルセウス達の決断を否定した。だが、ケートスはそんなリヴァスの考えを否定する。

「ロアン族はこれまでの迫害と掃討作戦で、大きく数を減らしてしまった。僅かな生き残りの多くも、この犯罪者だらけの島に閉じ込められてしまっている。――手負いの獣は、手段を選ばない」

 それでも、これまで決して劣勢では無かったし、ペルセウスという希代の英雄を抱えているから、彼らがエルドス達と手を組むことはないとケートスは踏んでいた。

 思わず、臍を噬む。経験から分かっていた筈なのに。


 ――これまでそうだったからと言って、これからもそうだとは限らない。


 戦いばかりだが、安定した日々。だがその裏で密かに、密約は交わされていたのだ。

 ケートス達、バロン軍をひっくり返すために。

「突撃だ。形勢は最早変えられないが……加勢するぞ。バロン様とフェン様をお救いせよ」

 城下町は既に敵の支配下にあると見ていいだろう。これまでの戦闘と諜報で入手した情報から、ペルセウス、エルドス軍の兵力はそれぞれ百を少し上回る。合計すれば、バロン軍の総数を少し上回ってしまう。

 城下町は切り捨てる。――そう、せざるを得ない。

 火事の中、広大な範囲を寡兵で敵と戦いながら人命救助……なんてことが、どれだけ馬鹿げたことかなんて誰にでも分かる。

 所詮犯罪者によって構成された町だ。それに、同じ犯罪者同士なんだ。どうせ命乞いでも何でもして、俺達がいかなくてもある程度は敵に情けをかけられて生き残るだろう。……こんな時だけそんな考えが頭を過ぎり、無意識のうちに罪の意識を軽くしようとしてしまう。

 人間はどこまでも身勝手だ。そして、悲しいことに自分も人間なのだと、ケートスは思った。

 深呼吸し、揺れ動く意識を刈り取り、心を殺そうと努める。

「……行くぞ」

 炎を切り裂き、ケートスは最前線で馬を駆る。敵兵をなぎ倒し、城に向かって突き進む。

 燃え上がる城下町を、一直線に。

「助けて!」「死にたくない……」

 そんな声が爆ぜる家々の隙間から聞こえたような気もするし、聞こえなかったような気もする。守れなかった罪悪感から来る幻聴なのかそうでないのか、もう何も分からない。

 心を殺すように何度も自分自身に言い聞かせ、ケートスはあえて前だけを見るように意識を集中し、敵兵を押し倒し、馬を駆り続けた。

 精錬され、炎の中でも統制のとれた動きを見せるケートス率いるバロン軍は、燃えさかる町でロクな陣形も作らずにいるペルセウス・エルドス両軍に錐のように穴を開け、城へと突き進んだ。

 すぐに城が見えてくる。城も既に突破され、城内に敵の侵入を許していた。

「ケートスさん、これじゃあ……」

 悔しそうに、リヴァスが顔を歪める。

 おそらく、奇襲を受けたのだろう。周囲に転がっているバロン軍兵士の死体には、鎧すら着ていない者がかなり混ざっていた。

 エルドスが予め城下町の住人を懐柔し、武器を横流しして兵士にしたのか、もしくは自分の兵士を城下町に潜伏させていたのだろう。ケートスはそう考えた。……今さら分かっても、どうにもならないが。

 しかし、当然ながら全ての兵士が奇襲で死んでいるわけではない。寡兵ながら、まだ戦っている兵士もいた。

「仲間の兵士達と合流し、城を奪還する」

「ケートスさん、でももう……!」

 城には、既に火が上がっていた。戦況は劣勢どころか、殆ど敗走状態だ。バロン、フェンともに生存は絶望的だろう。

「……俺一人で城内へ確認に行く。この火ならあいつらも、もうすぐ撤退するだろ。生存者を助けて、お前らは輸送部隊の待つ森へ逃げろ」

「……分かりました」

 逡巡した後に、リヴァスが頷く。

「行くぞ」

 仲間達と合流し、城から這い出してきたペルセウス配下の兵士を切り捨て。……その場をリヴァスに任せて、ケートスは単身、燃える城に乗り込んだ。

「邪魔だ」

 敵兵の首を斬り飛ばし、誰かの死体を踏みつけ、血と炎で深紅に染まった城を走る。

 燃えていく――。

 バロンから座学の教育を受けた、既に何度も読み、愛着のわいた本達が眠る書斎が。

 幾度となくフェンと言葉を交わし、バロンの懐刀となるべくリヴァス達と何度も何度も剣を振った鍛錬場が。

 バロン、フェンと言葉を交わした、温かい思い出の残る食堂が。

 全て、全て燃えていく。

 あっけなく、余りにもあっけなく、灰燼に帰そうとしていた。

「……」

 無言でケートスはひた走り、守るべきバロンが座すであろう執務室へ向かう。

 指揮を執っていたなら、今もそこにいるはずだ。

「クソ、もどかしい」

 階段を駆け上がりながら、思わず焦りが口から漏れる。焦りを自覚できるくらいには冷静だとケートスは思ったが、そんな自分を褒める言葉を咄嗟に思いつくこと自体、普段のケートスではありえないことだった。……ケートスは、冷静さを欠いていた。

 炎。家族同然の人間に迫る死。

 この二つがケートスの心を蝕み、普段の冷静さは失われていた。

「バロン様! ご無事ですかっ!?」

 執務室の扉を蹴破り、珍しく焦った声でケートスが呼びかける。


「――遅かったなぁ?」


 そして、バロンに代わり返事をしたのがエルドスだった。

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