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一章06 奇襲

 現れた襲撃者は、希代の犯罪者エルドスとその一味だった。

 正規の兵士とは明らかに異なる装備をした集団が、林の中に突如現れた。

 人が入れるほどの深い穴を掘り、姿を隠していたのだ。

 数は多くない。ざっと二十人くらいだろう。エルドスを除いて全員歩兵で、短弓を装備している。

「殺れっ!」

「機先を制しろ」

 エルドスとケートスの命令が、それぞれの兵士達に響き渡る。

 エルドス陣営は高所を陣取り、風上を取っている。その地の利を生かし、雨の如く矢を降らした。ただ幸いエルドス側の陣地の方が少し高い程度で、風も強くない。誤差の範囲内だ。

 負けじとケートス側の弓兵も次々と矢を射る。数で劣るケートス側の弓兵だが、練度はエルドス側に勝る。

 闇雲に射るだけのエルドス側の兵士とは異なり、ケートス側の兵士はある程度狙いを定めて射っている。とはいえ数の差はどうしようもないので、ケートスは消耗する前に次の指示を出した。

「前線部隊はできるだけ盾を構えつつ木の裏に隠れろ。槍から剣に持ち替えて、俺に続け。弓兵は援護しつつ後退しろ」

 軽装の部隊を下げ、重装で、かつ盾を構えた前線部隊を前に出す。

 部隊を組み替える間、エルドス側が必死になって弓を撃って妨害しようとするが、ケートス側の弓兵が的確な射撃でそれを防ぐ。

「突撃。これより殲滅する」

 ケートスは命令し、何よりもその身をもって自らの命令を示す。

 咆哮を上げ、盾を構え、ケートスと共に前線部隊が突撃する。

 そして驚いたのが、エルドス陣営だ。

「エルドスさんっ!?」

 たった一人、エルドスだけが馬に乗り、尻尾を巻いて逃げ出したのだ。

「裏切ったのか!?」

「俺達は、捨て駒だったのか!?」

 次々と響く悲痛に満ちた叫びを、剣で断ち切る。断末魔の悲鳴が次々と上がった。

 将が逃げたせいで、あっという間にエルドス陣営は崩壊してしまう。

 すぐに戦闘は終わった。エルドス側はほぼ全滅。ケートス側の被害は軽傷者が七人。死者はゼロだ。

「弱兵ばかりだし、全員まともな鎧すら着ていないな。ほんとに捨て駒らしい。……どういうことスかね?」

 番えた弓を仕舞いながら、リヴァスが首を傾げる。

 弱兵どころではない。ほぼ一般人といった塩梅で、まともな戦闘訓練をしたのかすら疑わしいレベルだ。

「エルドスは悪辣な手を平気で使うが、そこにはかならず利がある。今回も何かあるはずだ」

「誰か捕まえて聞いてみますか? 半殺しくらいで、まだ死んでねぇ奴も一人くらいはいると思いますよ」

 ケートスは首を振った。

「奴はイチイチ捨て駒に真実を伝えたりしない。伝えていたとしても、それには嘘が含まれている。聞かなくていい」

 ケートスがそう言ったことで、憐れな捨て駒達の運命は決まった。

 しかしそれを気にするものは誰もいない。長い戦いで、誰もが命の奪い合いに慣れきっているのだ。

「となると、手がかりは何もないスね。ケートスさんはどう思いますか?」

「……」

 ケートスはすぐには答えず、黙り込んで思考を巡らせた。

「……エルドスの目的は何だったと思う?」

 まず、ケートスはそう呟いた。それはリヴァスに尋ねているようでもあったし、虚空に呟くことで、自身の頭の中を整理しているようでもあった。

「足止めじゃないスか?」

 ケートスは首を振る。

「足止めにしては、余りにも弱すぎる。装備も弓ばかりで妙だしな」

「そりゃそうですけど。じゃあなんなんスかね?」

「意識をこちらに向けさせること。たぶん、それだけが目的だ」

「そんなことして、どんな意味があるんスか?」

「……」

 確かに、これだけだと意味はないように思える。

 この場に止める事が目的ではない? ……もしくは、そうすることができなかった? それだけの兵力を確保できなかった。他のところに、主力の兵士を送るために。

 では、それはどこか。輸送された食糧が手に入る船着き場か、それとも……。

 ケートスは一度、自身の軍を見渡した。そのうち、空の馬車を引っ張っている部隊を目に止めた。

「輸送部隊だけここに残す。それ以外の部隊は、一度引き返そう」

「はっ!?」

 リヴァスが素っ頓狂な声を上げた。

「どうしてそんな結論になるんスか。せっかくここまで来たってのに」

「敵兵が貧弱だったのは、まともな兵力を用意できなかったからだと推測できる。足止めするには兵力が不足していて、こちらの気を引くためだけの捨て駒を配置し、そいつらの士気を上げるために最初だけエルドスがいた……と考えられる」

 リヴァスも馬鹿ではない。そこまで説明されると、ある程度ケートスの言いたいことが分かった。

「陽動隊が不足していたのは、本隊が今まさに別の所で動いていて、そちらに多くの兵力を割かざるを得なかったから……って言いたいんスか?」

 ケートスが頷く。

「陽動隊の目的は、理想は俺達の足止めだが、基本的にはこちらの混乱を巻き起こすことだろう」

「攻められているとすれば、兵力が減って手薄になっているバロン城か、食糧を運んでいる船がこれから逗留する船着き場ッスね。船はここに残る輸送部隊に信号を送ればいいから、俺達は一旦戻るってことッスか?」

「そうだ」

 問題が起こったときは、赤みがかかった煙が出る特殊な薪を燃やすことになっている。それを見れば、船は次の信号が出るまで船着き場から離れ海上に待機する。船が無いこの島では、海上に出さえすれば攻撃されることはない。

 伝令が兵士達に伝わる。動揺が兵士達の間に広がるが、「静まれ」と鋭くケートスが声を張り上げて一喝した。

 この軍は、本来ケートスの軍では無い。彼らが忠誠を誓っているのはあくまでバロンだ。だがそれでも、この一喝である程度ではあるが動揺を沈めることができた。それは多少なりとも、ケートスが兵士達から信頼されている証に他ならない。

「行くぞ」

 ケートス率いる軍勢は、一旦帰路に着く。

 ――そしてすぐに、ケートスの考えが的中していたことを、兵士達は知った。

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