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一章05 出発

 明朝、少なくない軍勢を率いてケートスはバロン城を出た。バロンの命令を受け、本国から来る物資を積んだ船を迎えに行くためだ。

 ペルセウス、エルドス陣営とは異なり、バロン陣営は食糧問題において深刻な問題を抱えている。

 そのため、本国からの物資はバロン陣営にとって生命線であり、これを奪われるわけにはいかない。

 今、ケートスがこれだけの兵力を率いているのは、それが理由だ。

 馬車を持たせた輸送専門の部隊を、ケートスが直接指揮をとる五十の歩兵で守っている。

 バロン陣営の総兵力は常時で二百。襲撃に備え、それなりに思い切った数の兵力を市街地の外まで送っていることになる。

「敵影なし……か」

 林の中を先行する斥候からの報告を聞き、ケートスは部下にバレないように、一先ず安心しそっと息を吐いた。

「全く、いい加減この危ない橋を渡り続ける状況も、改善したいですぜ」

 隣にいた青年が愚痴を漏らす。

 リヴァス・イサア。ケートスより四つ年上の二十一歳の青年で、一応腹心の部下になる。初対面ならまず軽快そうな印象を受ける、金髪の男だ。

「仕方ないだろ。俺達には、本国からの援助が必須だ。慎重に行くしかない」

 ケートスがそれを窘める。すると、リヴァスは鼻を鳴らして首を振った。

「そりゃそうスけど。俺が言ってるのは、もっと根本的なことッス」

「根本的なこと?」

「俺達兵士と、罪人達の間にある壁のことです。それさえなきゃ、エルドスのゴミみたいな、あんな人間以下の奴らに手こずる事なんてないってのに」

「随分と彼らを差別するな。人殺しの、犯罪者だからか?」

 ケートスが問うと、リヴァスは大きく頷いた。

「当然。俺は名門イサア家の人間ですからね。そこんじょそこらの奴らとは格が違いますよ」

「……」

 リヴァスはバロンの元に預けられた、名門イサア家の四男だ。あまり政治的な権力を持たない立場の人間だが、名門に生まれたという自負は持っている。……とは言っても、あくまで多少は、といったレベルだが。

 いくら上司とはいえ、元戦争捕虜であり、年下のケートスに曲がりなりにも忠誠を誓っていることから、ケートスはそのことをよく知っていた。

 だから、特に何も言わなかった。冗談だと理解しているからだ。


「俺達兵士と、罪人達の間にある壁か」

 ペルセウスとエルドス達は、形は違えど結果として住人達が結束している。それに対し、バロン陣営は結束しているとは言いがたい。寧ろ、その対極と言っていいだろう。

 バロン陣営の上層部はフラウ王国の軍隊だが、それに対し下層部は軍隊に連行されてきた犯罪者と戦争捕虜達だ。連携がとれる筈も無く、寧ろ条件次第では他勢力へあっさり寝返りかねない連中ばかりだ。

 バロン陣営が食糧問題に大きな問題を抱えている理由も、このことが起因している。

 バロン軍の兵士は、全てバロンの本来の領地から呼び寄せた私兵だ。兵士と罪人では連携など取れるはずもないから、バロン軍では罪人を兵力として採用していない。そのためペルセウス、エルドス達と対抗するために、大規模な兵数を本国から輸送する必要が生じ、結果として食糧問題が噴出してしまう事態に陥っている。

 練度においてはただの犯罪者よりも兵士の方が遙かに優秀だが、こんな辺境の地で、罪人達を守るために戦う羽目になっている兵士達の士気は高いとは言えず、食糧問題という大きな問題を抱えている上にペルセウス、エルドスのような精神的柱となる英雄も存在しないバロン軍は、この数年常に苦戦を強いられていた。

 だがそれでも、兵士達には士気は低くとも牧歌的安心感があった。

 なぜか。


 ――それは、バロンが前王の弟だからに他ならない。


 このような闘争なぞ、所詮児戯。バロンが全力を出せば、今の数十倍の兵力さえ用意できる。そうなれば、どれだけ強かろうと瞬殺だ。

 その、老いたる老兵「バロン」の「地位」への信頼が、兵士達を支えていた。

 逆に言えば、最早バロンに「戦士」としては期待していないということになるのだが。


「バロン様が俺を登用したのは、その辺も理由だろうな。罪人達のこちらへの不安感を払拭し、兵士達との距離間が多少なりとも縮まることを期待していたんだろう。できているかと言われれば、難しいがな」

「そればかりはしょうがないッスよ。ケートスさんみたいに、こっちの話を信頼して聞いてくれる罪人なんて少数派ですし。それに、あっちからすれば支配者が変わるだけで、一生もうこの島から出られないことに変わりはないんですから」

「俺は出られるぞ。バロン様が保釈金を払ってくれたからな」

「ケートスさんが特別なんスよ。普通、罪人や敵国の戦争捕虜の保釈金なんて払いませんよ」

「やはり、そうか」

 溜め息を吐く。やはり難しい問題だ。

 顎に手を当て、問題を解決する術を考え始めたとき――前方から鋭い笛の音が聞こえた。

「敵襲、敵襲ーー!!!」

 森の中に、襲撃を知らせる声が轟く。

「行くぞ」

 一瞬で思考のスイッチを切り替え、ケートスは戦士の顔になって剣を突き上げる。

 雄叫びを上げて、ケートス達は襲撃者の元へ向かった。

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