一章03 鍛錬
一。二。三……。
正確に数を数え、呼吸を意識的にコントロールする。
足を動かすと同時に、重心をスムーズに、滑らかに移す。
そして、流れるままに一振り。
脳内でイメージしていた敵兵が、一刀両断される。
素振りは基礎中の基礎だが、基礎だからこそ、無下にはできない。
型がズレてきていると感じたとき。敗戦が続いている時にこそ、今一度熱心に取り組むべき作業だ。
一般兵を相手にした動きのイメージは確認できた。次は、ペルセウス、エルドスを相手にしたときの動きをイメージする。
「……」
ピタリ。と動きを止めて、目を瞑る。
ペルセウスの堂々とした戦いぶりを、エルドスのずる賢い動きを。
できうる限り脳内でイメージし、こちらの動きを判断する。
目を見開く。
少しぎこちない動きで、駆けながら剣を一閃する。
空を切った一閃が、二人の英傑を切り裂く……そんなイメージが脳内を一瞬よぎり、すぐに霧散する。
力量の差が分かっているからだろう。ケートスには、二人を倒すイメージが上手に持てなかった。
「心で負けているね」
窓辺に座りながらケートスの鍛錬を見ていたフェンが、実に的確なコメントをした。
「やかましい」
フェンを睨みつつ、ケートスは思わず溜め息を吐いた。
「経験も不足しているのに、二人を相手にここまで戦えている時点で十分凄いと思うよ」
「慰めなんていらない。結局、勝てなきゃそれまでだ」
「……相変わらず、自分に厳しいね」
「当然だ」
素振りを再開する。
「……そんなに熱心に訓練するのは、拾ってくれたバロンに報いるため?」
フェンが問いかける。フェンはこの城にいる人間の中で唯一、バロンに敬語を使わない。執務室や食堂にいるときは周囲の目を意識して敬語を使うが、バロンやケートスしかいないときは呼び捨てだ。
フラウ王国現王の叔父であるバロンを呼び捨てにしていることから、フェンの身分もある程度想像できた。
「違う。俺が鍛えるのは、俺自身のため、俺の目的のためだ。バロン様には感謝しているが、鍛錬はバロン様と会う前から変わらない習慣だ。恩義を感じて始めたことじゃない」
ケートスは、そう言って否定した。
「自分のため、ね。でも、今はバロンのためにも戦ってくれるんでしょ? 鍛錬は、そのためのものでもある」
「それはそうだが。何が言いたいんだ?」
「……来たるべき日には、私のためにも戦って欲しいってことかな」
彼女なりの甘えか、それともいずれ自分の陣営に引き抜くための、勧誘の言葉だろうか? ……ケートスは、ひとまず後者で解釈した。
高貴な身分の生まれなら、私兵は当然少しでも多く欲しいだろう。武力は政界や貴族間の力関係に作用するし、身を守るにも役立つ。あるに越したことはないものだ。
「来たるべき日っていつのことだ? 明後日の魚釣りのことか?」
事情も知らないのに、深入りするのは良くない。下手をすると、覚悟もないままにロクでもないトラブルに巻き込まれることになる。なので、ケートスは適当に誤魔化すことにした。
「……。ケートス、ジョークが下手。それに似合わないよ」
フェンが苦笑しつつそう言った。その笑顔はどこか寂し気な印象を受けたが、こればかりはケートスにはどうしようもない。一度言ったことは取り消せないし、取り消すつもりもないからだ。
「だがお前のため……というのが、バロン様のためとイコールで繫がるときは、動くだろうよ」
答えて、素振りを再開する。何だか運動以外の、妙な汗までかいてしまった。
「うん。……せめてそうしてくれると、ありがたい」
少し間が空いて、フェンが頷く。
「ああ」
それで、話は終わった。