日常~西尾も疲労す~
「うおぉおぉぉっ!!」
「そおぉりゃあっ!!」
木刀を全力で振りては瞬敏に躱すこと、対人の特訓らしくなってきた。本気で命を奪うように剣技を繰り出していると、身体や精神の疲れが動作や集中を鈍らせてゆく。呼吸を少しでも整えつつ相手より先んじようとする。
——中級剣技《トライアングル》!!
三角形の頂点を狙い高速で突くようにと、三連撃を胸の中央へ打ち込んだ。命中に因り剛は蹌踉け呻きもと、片足を引いて倒れなかった。僕は一瞬の硬直が解けるや後方へと跳躍すると、秒後に其処を貫く様を目にした。着地するや制動してと、追い討ちに備え気を緩めない。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
息は乱れ、服は濡れ、足は重く、手は力が入らず、目も何か翳んでいる。限界に達しつつあること、互いに同じようだった。何故なら攻めてくる様子が見られぬと、木刀を正面に構えた姿勢で動きを止めていた。僕は地に縫い付ける糸を切る思いで前に踏み出すと、亀の歩みから走りへ速めてゆく。忍者の如く上体を低く倒して両腕を風に乗せてと、器用に指を使い逆手に柄を回した。更に勢い上げ横を通り過ぎると、直ぐ向きを転じて首の後ろを狙う。下級剣技《リープ》。
暗殺者が獲物の不意を突き鎌で刈るようにと、木刀の反りを内側に向けて襲い掛かった。緑色の軌跡が遅れて空中に現れるほど、斬撃の速きも大振りに因って躱されてしまう。体勢を崩し前へ転ぶと、即座に跳ね退いた。上方から槍でも降ってきたようにと、地面を刺す様を見ては慄きを覚えてしまう。無理な動きをしたのか太股に痛みが走ったこと、着地の際に踏ん張れなかった。尻餅つく恥ずかしさも笑いせぬこと、手を差し延べられて掴み立ち上がる。脚の裏が固くなっていた。
「なあ、ここまでにせんか?」
「剛がそう言うのなら……」
疲労や損傷を考えれば已む無しかなと、提案を受け入れて合意により引き分けとなった。審判の巌さんにお礼を申し上げると、体を休めるべく座り込んでしまう。木刀を静かに置いて漸くと、緊張を解けて長めの息を吐いた。隣に目を向ければ剛も腰を下ろして楽にすること、息を整え脈を落ち着けようとしていた。視線を外して天井を仰ぐと、上体を少し傾けて腕を支えにする。空気や床の冷たさを肌で感じて体中に巡らせてゆくと、自然に鼓動の高ぶりも鎮まってゆく。十分後には回復により話せること、姿勢を正したんだ。
「今日は有り難うございました」
「おう、こちらこそや」
「巌さん、見ていて思うことはありましたか」
「剣技の豊富さには驚かされた」
身近な人に教わるだけではなく、自分の目で動きを憶えて物にすることができている。積極的に技を吸収する良さは続けるべきだ。如何なる状況でも対応できるし、戦略の幅が広がってゆく。自分が得意とするを鍛練や実戦の積み重ねにより極めれば強みになるはずだ。一番の問題はやはり、体力と筋力の足りなさ。自転車を使わず足で通うのも手だろうと、アドバイスされた。
「祖父に相談してみます。門限が定められていますので……」
「私からも話しておこう。力に成れそうにもないがな」
地下施設を出る前に剛が着替え終わるのを待ちつつ、人生談を聞かせて貰った。三人で玄関へ戻りのち、母親と共に見送れば影が東に伸びていた。




