日常~地下の施設で~
「土足のままで結構です。どうぞ」
漆塗りの扉を左に引き開けると、暗闇に慣れた目を刺すようにオレンジの光が迎えてくれる。板張りの部屋は奥も広さも、学校のグラウンドくらいで教室の天井より少し高いんだ。西尾家の二方を先に入らせると、自分も跡に続いて入りゆく。丁寧に扉を閉めると、静けさを覚えた。
「……いつもここで、やっとんのか?」
「はい。そうですね」
「敬語を使われると変な感じがしてな……」
「分かったよ。フレンドリーにだね」
僕は当主の立場に在ると意識していて、剛が親友だろうが失礼の無いようにと言葉を選んできた。堅苦しさに不慣れなのかと笑えてしまった。
「息子よ。見習わねばならぬ。気持ちの切り替えが出来ている証なのだ。精神力の強さが有ればこそ、誰に対しても同じように接していけるのだ」
巌様の話を聞き恥ずかしさで、僕の顔は熱くなってしまう。今きっと鏡を見たなら考えたことで、赤いだろう顔を見られまいと俯いた。
——本当は弱いんだよ。演技で見せてるだけ。
——妖異に出逢えば立ち竦むくらいに。
誉め殺しにされては堪らないと、話を終わらせるべく意を決して声を上げた。対人戦の特訓を行わないと、時間は限られているんだ。
「すまん、すまん」
「木刀の準備をしてください」
「旒、泣かせてやるよ」
「逆に泣かせてあげるから」
親友に笑みを向けつつ言い返すと、距離を置いて床に座った。自室を出てから木刀を握り続けていたこと、柄を乾いた布で入念に拭き取りする。無口で居るも心臓の音は聞こえそうなほど、神経が高ぶってゆく。
——楽しみ。
学校の体育の授業で競い合うことはあるけれど、武器を持ち戦うのは初めてだ。祖父には劣りしても油断は冒さないと、日々の鍛練を信じて立ち上がる。
「では。始めましょう」
「おう。手を抜くなよ」
一つ、生命を奪わない。一つ、重傷を負わせない。一つ、審判に逆らわない。一つ、体術と武術は行使を認める。一つ、決着は宣言か不能と定める。
「ルールはよろしいですか?」
「抑止力として、加えさせてもらう。危険な状態と見れば介入して止める」
感情的になり暴走する例を聞いたことがあって、万一の場合を心配されて居るようだ。十二柱の発言は重みがあって、圧伏を頼みますと頭を下げたんだ。
「両者、位置に着け」
「はい」
審判を努める巌さんの声に応えて、東側に立ち木刀を構える。正面には真剣な表情の剛が対峙していて、瞳の奥にスパークを見たんだ。距離は大股の三歩くらいで、最初が遅れると劣勢に陥ってしまう。間合いに入る早さはどちらが上なのかと考えてみて、様々な状況をシミュレートした。
「気を引き締めろ。手や足の動きを良く見ろ。遊びと思うてはならん。真剣と真剣を打ち合え。全力を尽くして。堂々と正しくあれ。——勝負っ!!」
緊張を感じつつ火蓋を切る一言を聞くや地を蹴り前へ跳びして、木刀を左腰の鞘に収める如き型を取るんだ。




