足跡~傍観の果てに~
――限界、か。
風を司るモノの私は、鷹の姿をとり、大枝の上で止まっている。目線の先には男の子が、奈落と崖の近くで仰向けに倒れていた。
――子供にしては……。
恵まれた環境で育ち、生きるための力も無い中で、良く耐えたものだ。予想とは違って気持ちに負けず、留まり続けることを良しとしなかった。
――評価はしよう。
誰かを頼り、涙しながらも、自分だけの力で木立を抜けた。私は距離を置いて、手助けもせずに、見聞きしているだけだった。向かうべき所は違うけれど、一つ改めようと思った。
――死んではいない。
空気の動きから男の子の、呼吸を感じ取った。弱々しさから命の期限は、近いだろうと思った。私は必要としないけれど、人間は食わず飲まずでは持たない。
――選ばなければ……。
男の子は長いこと冷気に晒されてきた。力尽きた今では熱を生み出せずに、少しずつ体温が低下しているはずだ。
――助けるべきか?
死にたいというのは、生きたいの裏返しに思える。男の子の心境と行動の矛盾が、それを物語っていた。魔女が言う通り、本当の願いではないようだ。
――うぅむ……。
希望と成り得るかは分からないが、感心させられたのは事実だ。考えを変えるとまではいかなくとも、興味を引くには十分だった。
――どうしようか。
今ばかりは変動という、私の性状が恨めしい。他の神霊ならば、先のことで迷ったりしないだろう。悩んでいる間にも男の子は、死へと近付いている。
――助けることは、容易だが……。
姿を現す必要がある。それによって、何らかの影響を与えるだろう。力を得た先に戦いが待つのなら、避けなければならない。私は慎重になっていた。
――行く末を信じてほしい、か……。
魔女にそう頼まれたことを思い出し、思わず苦笑した。どこまで見えているのやらと、心理的な面では敵いそうになかった。おかげで、吹っ切れた。
――さて、と。
私は大枝の上で翼を広げ、地面へと飛び降りる。空中で鷹の姿から人の姿に変えて、軽やかに足を着けた。一枚の長い薄布を纏って、右肩ゆ出す。裸足で男の子の元へ向かいながら、土の冷たさを快く感じた。
――……。
木立の青白い明かりを背中に受け、真っ暗闇でも視えるようにした眼を頼りに、直線で歩み寄る。細かい砂は擦れるたび、音を立てた。
――生きているな。
男の子の傍で足を止めて、見下ろした。呼吸の間隔はあれども、大丈夫そうだった。思ったほどに弱っていないのは、眠ることで生命を維持していたからだ。
――気付いているのだろう?
顔を見れば瞼がピクピクして、目を開けないようにしていた。頬には涙の跡が残っている。服を見れば土で汚れている。努力したことが分かる。
――死んだ振りなんかしていないで。
起きろと、怒号と共に男の子の脇腹へ、蹴りを入れた。