日常~一木を傷付け~
「フゥ〜」
現在地は天樹の下で幹に凭れ、聖域の内側で空気の冷たさ清らかさを感じて居る。風は吹いてなく静かだからこそ、心も休める。
——…………。
先程に着替えたことで汗の臭さは感じ取れず、乾いた服によってか爽やかさを感じ取る。息を吸う度に肺も洗われて、笑みを浮かべた。
「森が…………」
騒いでいると、思うや根の上で立ち上がった。何か良くないものが踏み入れたと、声なき声の報せを受けて戦いの構えを取る。妖異ではなさそう。
「あっちか?」
東の方角に目を遣り気配を探り、未熟ながらも位置を特定してみる。聖域は猿戸から出て駆け行けば、黒い霧の如く虫が群がっている。中には人が振り払おうと手を動かし足は逃げていた。
——雀蜂に……。
襲われるなんてと、久し振りさやハテナに首を傾げてしまう。死に繋がるアナフィラキシーショックになられてはと、持ち歩いている笛を優しく吹く。自然素材は木のみで作られた小さな筒で、縦は十ミリに横は五ミリの物だ。森守は他に数えるほども、僕だけに与えられているんだ。
——ピィイィィッ。
金属製とは違った温かみのある音が低く響き渡って、空気の振動により雀蜂の怒りを鎮めて巣に帰らせる。黒い霧が晴れた所に残りしは息を荒げる男の人で、顔や腕に刺された跡が赤く腫れている。見るに耐えぬ痛ましさだ。
「大丈夫じゃなさそうですね?」
「…………」
「立てますか?」
「…………」
「傷付ければ今のようになりますよ」
「うるさい!」
俺は(おれ)は俺が遣りたいようにやる。何が悪いんだ。どいつもこいつも。口を開いて飛び出た声を聞いて、助けなければと思ってしまった。警察を呼ぶか救急を呼ぶか考えながらモバイル端末をポケットから出す。前者に要請を入れた。
——十分位で警察官が到着するだろう。面倒事は押し付けるに限ると、近くの木に寄り掛かり待つ。不満を絶えず呪文のように言い続ける男の人を良く見ると、四十から五十の歳で要職に就いていたらしき風貌があった。
——思い通りに……。
人を動かしてきたとすれば言っても届かない。上へ上へ昇るも切られたことで、失った多くの物を取り返そうともできない。差し延べる手はあるが渡せる金はあらず、他を責めるしかできぬ者の行く末はさよならだ。
「こっちです!」
「酷く刺されたものだな……」
警察官の一人がそう言うと一人が立ち上がらせようとする。男の人は余りの痛さに呻きを上げ、歩くこともままならぬほどだった。
「悪くないんだ!!」
「話は署で聞かせてもらいますから」
地森の外に停めてある白黒のパトカーへと協力して運び込む。対応や取り調べは任せて、損傷の程度を確認する為に戻った。殴打の跡一つあった。




