日常~治療が済んだ~
「治ったわよ」
母親はそう報せるや傷口に近付けていた両手を膝の上に置く。居住まいを正して座るを僕は見つつ、有り難うと礼を述べた。一時間ほど前にじいちゃんに負わされた貫通の跡さえ、綺麗になくなっている。現在地は根宮家の居間で、朱夏寮から帰宅したのが十時過ぎだ。衣服は血染めとなりしことには驚かれたが、迅速な判断と対応によって今に至る。
「魔法が使えたらなぁ……」
「いつかできるわよ」
特殊技能と言われる道術と魔術は使い手ごとに異なり、戦闘や支援や治癒と様々だ。皇帝はそれらを使えなければならぬようで、民を護るためと聞いたことがある。自分も習得したいと思うけど、十五の歳からだって首を振られている。
「昼御飯まで何をするつもりなの?」
「疲れたから休むね」
身体は治っても精神は治しようがなく、流血したこともあって、倦怠を感じている。気丈に笑顔を見せ、居間を出た。自室に入るやベッドの上へ。
——敵わない。
最高位の座に就き、最強の称号を持つだけあった。分かってはいても、差を思い知らされた。自分の内に秘められし力の一部が僅かに醒めただけで、始祖が行使した影繰は悪夢の爪を創り出せるとは信じられなかった。消耗は大きくも命中すれば、一矢を報いれたはずだった。憎悪の心意を向けた事実は恥ずべき所だ。感情のまま力を振るうなって、教えられたからだ。
「日々の幸せ壊されて
一人になった少年は
力を求め黒く染め
恨みし者へ牙剥くよ
道塞ぐなら断ち切りて
何人たりも許さない
世界をゼロに滅ぼすよ
武を以て民を抑えして
苦しみもがく姿見る
復讐するも収まらず
闇に溺れて暴れるよ……」
題は、力ヲ制ス。昔々のお話で、愛され育った子はある夜に襲われる。九死に一生を得るも悲しみは大きく、脅威を与える存在になってしまう。今歌ったのは二番だ。現実的じゃなかろうも、教訓として語り継がれて来た。憎悪とは負の連鎖しか生まないんだ。愛に始まり愛に終わる。平和への願いが感じ取れた。
——本当に。
情け無いなぁと溜め息をして、右の腕を瞑った上に乗せる。光は遮られ真っ暗になった。傍から見れば泣いてるように見えて、心配や笑いの目を向けられるだろう。涙することはないけれど、悔しさはあった。
——このまま。
寝ようと思い、体を動かし、横たわりすれば底へ引っ張られるように眠りへ堕ちる。意識が沈んでいくに任せて、上映と杜絶を繰り返した。
——…………。
記憶の再生はいつしか夢へと繋がる。自分が作り出した世界で誰かと過ごし始める。時間の流れが遅くゆったりなれば、記憶に残らぬ暗い海の底へ至る。




