日常~世界を考える~
――人間が住んでいたり行って見たりすることが出来る全ての場所。
言語索引ソフトで世界の意味を調べてみた。地球上はどこでも宇宙だって当て嵌まる。本や夢の中は入れないから、違うみたい。
――確か……。
図書収蔵ソフトを起動して前面に窓が出るや探して、日本の著者は宮部みゆきの英雄の書を開く。話は大きいけど、自分に影響を与えた一つだ。
――他にも……。
小説を閉じては漫画を探して、日本の著者はCLAMPのxxxHoLiCを開く。願いを叶える店主の言葉を受けて、考えや重さを感じるようになった。
――作文に取り掛からないと……。
画面を右にスライドして正面に三つ目を現して、文書処理ソフトを起動する。原稿用紙を手書き設定で机上に敷かれ、右手にタッチペンを持つ。
――世界と物語について。エッセイを。
僕が生きて存在している世界とは、広いのだろうか。それとも、狭いのだろうか。今も見て、触れて、感じて、自分が活動している範囲こそが全てなのか。知らない土地や観光したことのない国は、多い。時間や費用などの問題だってある。旅行家と比べればあまりにも、外の文化を知らないと感じた。
誰だって初めは、家の中だけ。四つん這いができるようになって、部屋を自由に巡る。歩けるようになれば、庭で遊び、公園で遊ぶ。小学校に通い高学年になれば、地域の図書館や市民プールへ友だちと行く。中学校に上がれば、一人で出来ることが増えてゆく。成長と共に活動範囲は広がっていった。普段は行けない所にも旅行で訪れ、見聞きする度に何かを感じてきた。楽しくてあそこもそこもと、思いが溢れるほど得るものがあった。
良いことばかりが続くはずなくて、悲しみや辛さを感じる時がある。何もかも切り離して部屋に閉じ籠もり、独りで泣くことだってある。人だもの。誰かに笑われたって構わない。心の弱さから、関わられたくないからと、負の思考で世界を狭めてゆく。家の窓から見える範囲が活動域となり、壁に当たるような感じでそれ以上は行けない。怖さもあって、越えられない。
明かりを点さぬ部屋から連れ出してくれるものがある。本の物語、音の調べ、色の輝き。それによって、夜の夢旅は楽しい時間になる。記憶を駆け抜け、友だちと冒険して、有り得ないほど幸せに、笑って過ごす。起きたら忘れてしまうようなものだとしても、暗かった気分は嘘のように晴れていた。誰かが願う。目を覚まさないで、終わらせないで、と。
物語が数多に紡がれる過程で、人々は過ちを犯してきた。歴史は繰り返していると知ってなおも、痛みを与え続けた。戦争で多くの命が失われて、国土が血の海と化すを目の当たりにして、やっと。日本から折り鶴と共に平和思想が広められるも、願いは叶っていない。人は争う定めを持った生き物だという、一つの考えを聞いたことがある。そうした足跡を後世へ残していくために書物は存在する。娯楽の中にも教訓を込めて。
現実世界とは宇宙空間の果てまでで、人々が共有できるものだ。対して、夢想世界とは存在が認められず行けない場所で、思い出を留めて置ける。忘れない限り遠き人よ、声や姿がここにある。色褪せずにいつまでも。世界とはこう考える。母より生まれ出でてから歩んできた場所も。人の手によって紡がれた物語の中も。全ての集合体こそ、呼べるだろうと。信じる者にとってはどちらも存在し、目前には美しい景色が広がる。それは、大切な宝であり自分の願いでもある。出逢いや別れ、喜怒哀楽によって、広げも狭めもできる。自由に解釈して、様々な形で行き見れる全てが世界だと、結ぶ。




