日常~宿題は自力で~
「頼むから。なあ。前だって見せてくれたやろ」
「あ、あれは、仕方なく……!」
僕は少なからず動揺して、思うように言い返せなかった。剛が必死にしつこく頼んでくるから、投げ遣りにだってなる。
「どうしたの?」
後ろから聞き慣れた声がして、振り向けば。幼なじみの小枝栞さんが、立って居たんだ。今の状況を尋ねられて、隠さず話す。
「それがね。数学の宿題をやってないんだって」
「はあ!?」
「言うなってば……」
「隠しても、どうせすぐにバレるんだから」
「旒の言う通りよ。二年生になってから、何度目かしら?」
「ううっ……」
「全く、学習能力がないわね。運動が出来るのなら、体で覚えなさい」
栞の口から放たれる正論によって、剛は見る見る小さくなる。何も言い返せずに項垂れている様子から、可哀想だと思ってしまう。
「終わってもうた……」
「終わってないわ。今の内に少しでも進めたら?」
「一問でもやっておけば、先生も強く言うことはないよ」
「……分かった」
「宿題が出来てないくらいで、大袈裟なことはやめてよね」
「……すまんかった」
「ま、頑張って」
最後に栞はそう言い捨てて、自分の席へと踵を返した。僕は凜とした後ろ姿を見ながら、気まずさを感じていた。大声を出した覚えがあるから、他人事とは思えなかった。
「言われてもうたからには、やらんとな……」
「急げよ。二分しかないんだから」
「分かっとる。できるものを、やろ?」
「ん、頑張れ」
僕も応援の言葉を送ったが、聞かずに行ってしまった。剛は背を向けて早足で、近くの席に向かった。慌ただしくタブレット端末を机の上に出し、数学の宿題に取り組む。右手にタッチペンを持って、器用に回しながら。
「ふう……」
一人にようやくなれた。一息ついては気付く。窓から差し込む光の角度が、変わっていることに。
――疲れたなぁ……。
何だか帰りたい気分になるも、本日最後の授業が残っている。嫌になるのは、苦手意識があるからだ。数学担当教師は生徒指導室の一人で、色々と細かい。
――サボりたい。
思いつつ教室の中を見回せば、栞は真面目に座って待ち、剛はせっせかと宿題を進めていた。今更チャイムを聞かなかったなと、首を傾げた。電子黒板の上に掛けてあるアナログ時計を見る。針は午後二時四十四分から五分になった。教室のドアを開ける音がして、視線を移せば。眼鏡をした女性教師が、鋭い目を光らせ、無言で入って来た。群れていた仲間は恐怖を感じてか、半分自主的にそそくさと席へ戻る。誰もが口を閉ざすほどに、おっかない。




