足跡~界希の願いで~
――どれだけの……。
時間が過ぎてったのだろうか。起床したら朝食をとり、風起の教えの下で鍛錬する。四大行は、座で集中を高め、視で気配を感じ、呼で意志を集め、現で行動を起こす。僕の属性が風で全能型なのは、風起の影響を強く受けているからだと思われる。空腹になったら昼食をとり、神霊たちと遊んで運動する。体力も気力も付いたから、楽しめるようになった。
――このままでいいのかなぁ。
聖なる樹の幹に凭れて真っ暗な天を仰ぎつつ、自分に問い掛けた。元居た世界に戻りたいと思わず、暮らしに慣れてしまっている。木立の中で妖異に遭遇しても、対処できるほどに強くなってきた。
――初めて続きだったからなぁ。
彷徨い、出逢い、独りではなくなり。助けられ、弄られ、力は大きくなり。自分にとって悪しきものから命を守るために、自分の意志で力を行使することを認められるまでに成長した。厳しさに泣いたことや倒せたと喜んだことも、思い出になった。一枚一枚の写真が映されてゆく。
「界希、遠くを見ながら何を考えて居る?」
「聞くまでもないでしょ」
風起は心を読めるのだからと付け加えて、気配のする方へ視線を移した。僕の隣りで腰を下ろし、立てた右の膝に腕を乗せ、幹に凭れた。
「今でも、死にたいと願っているか?」
「ううん」
「気付いているはずだ。最初の頃とは違うことを」
「……そうだね」
「私たちの心を変えたのは、貴方なのよ」
水流の声がして振り向けば、何だか悲しそうな目をしている。元気さはどこへ行ったのか、静けさを帯びていた。空気が重く感じて、言葉が出ぬ。
「俺も同感だ。他の奴等も同じ思いだろう」
正面で発生した炎の渦が一瞬で消えると共に、火群は歩み寄りながら言った。十二神霊の全てに会っていないけど、認めてくれてるらしい。
「界希、これからどうしたい?」
「え……」
「一人で生きれるようになった、強くなった」
元居た世界に戻りたいんじゃないかと、尋ねられて驚いた。可能なのと訊き返す。僕を転移させた魔女が見守っているかもしれないと風起は答えた。
「私のことは心配しなくても良い」
本当の願い、生きたいということ。思い出した今なら、次にすべきは何か決まっているはずだって、迷うなと厳しく言い放った。
「置いては帰れない、だって……」
目に涙を浮かべて溢れる思いのまま、掛け替えのない過ごした時を巡りつつ、力になりたいと心から伝えた。頬を伝う涙ひとつに願いが籠もって、地面に落ち弾けた瞬間に光の波が広がってゆく。足元から白黒だった景色は鮮やかに染められ、暗闇を奥へと払って天さえも明るく変える。
――――!
青空に太陽の眩しさが、木立を美しく輝かせる。風が吹けば緑の葉が音を立て揺れ、磯の香りをどこから運ぶ。神霊たちも信じられなさに声も出ず、場に居る誰もがただ眺めていた。僕にとっては久しく懐かしさを覚える。生命の放つその色を見て、嬉しさに笑うんだ。希望に満ちてる世界よ。




