足跡~暗闇に潜むは~
――耐えろ、耐えるんだ。
自分に言い聞かせながら息を潜め、白木を背に座って居た。不動の姿勢で音を立てないように、通り過ぎるのを待つ。しかし。
「……ミツケタ」
聞いたことのないおぞましき声が、耳に届いた。叫ぼうにも喉が、逃げようにも体が、絡め取られたようにできなかった。
「……オイシソウダ」
僕の左側で進みを止めた何かが、顔を覗いてくる。暗闇に溶けて姿は見えないけど、赤い目が二つ動いていた。恐怖で顔さえ逸らせずに、息苦しさを感じていた。震えが大きくなってゆく。
――これが、妖異というものか。
必死に頭の中でどうすれば良いのと、考えるもできるとは思えなかった。戦う力を持っていないし、何より動かないことにはと、悔しがった。
「……オマエ、クウ」
妖異は赤い口腔を現して言うや、怖がれとばかりに笑うんだ。嫌だ、止めて、お願いだから、動け、動けと、死に抗った。
「界希――――!!」
叫ぶ声が聞こえた後に、迫っていた赤い口が掻き消え、風が強く吹いた。離れた所でぶつかる音と木の倒れる音がして、何が起きたのかと思った。続いて誰かが目の前で足を摺り止め、頼もしい背を向けて守るように立った。
「大丈夫か、間に合ったな」
振り返りながら声を発したのは、男児姿の風起だった。話は後だと言うように正面を見て、戦闘態勢になる。少しも経たずに鼓膜をつんざくような叫びがした。暗闇の中から妖異が襲って来る。
「邪悪なるものよ、刃向かうか」
「グガアァァッ!!」
理性がないのが赤い口を開けて、怒りのままに突き進んで、止まろうとしない。風起は言っても無駄なことだったかと、右手の五指を真っ直ぐ伸ばして、刀のように空を切る。何をしたのが知れずに、消えゆく声と木が倒れる音を聞いた。
――瞬殺かよ。
戦う様子を見たのは初めてだけど、余りにも弱すぎたのか。半分も力を出していないと思われる。僕は終わったのかなと立ち上がると、背後からおぞましき声がした。竦んでしまう。風起に手を引っ張られ、背中に付いた。
「失せろ」
「ケケケ……」
「ヒャハハッ……」
白木の裏から二体の妖異が現れただけではなく、無数の赤い目が周りを取り囲んでいることに気付いた。命を何とも思わないものが、いつのまに、こんなに。
「私の力を見せてやろう、恐怖せよ!」
風起の目が煌めいて、残忍な感じの笑みを浮かべた。空気が急に痛くなって、極度の緊張から息苦しくなる。何かを合図に妖異が一斉に仕掛ける。
「…………え?」
霧散してゆくのを見て、予想外の状況に言葉が出なかった。目を瞑っていた間に何が起こったのか、信じられない早さで決着した。
「積もる話があることだし、一先ず帰るぞ」
言いつつ手を差し述べてくれたけど、体が動かなくておぶさる。木立の中を風のように運ばれながら、懐かしさを感じた。疲れが、揺れが、眠たくした。




